19:久しぶりの王城
今私は、頭にクエスチョンマークが飛んでいる。
「レダ、どうしたんだ?」
「どうして私が今王城にいるのかがわからなくて」
「そんなこと、簡単だろう。俺と一緒に大蔵卿にお会いするからだよ」
だから!
どうして!
私が一緒に!
そんな大物に!
会うことになった?!
私のそれが伝わったのだろう。
ギース様は笑って──その笑顔は本当に、私をメロメロにするからやめて欲しいのだけれど──髪の毛を一房取り口付けをする。
「ちょっ、そんな……貴族の愛情表現みたいな」
「貴族の愛情表現だからね」
そうでした。
もう、私は今冷静に物事を考えられなくなっている気がする。
「あの日、レダが俺に言ってくれたことで、目が覚めたんだ。それまでは、我が領の矜持を汚さずに復興をさせることしか考えていなかった」
そう。ギース様は、というよりもこの世界の多くの貴族は、領地の納税額が減ることは、領地の価値が下がることだと考えているらしいのだ。
領地の価値が下がるもなにも、今現在領内が大変ならば、すでにそうした意味での価値は下がっている。それでも、そんな価値など、一度下がってもまた上げれば良いだけだ。
領地の価値の上下なんて、所詮貴族の矜持でしかないのだから。
「本当に、あなたが私に嫁いでくれることになって良かった」
「あ」
「え?」
「そう言えば、すっかり終ったつもりになっていましたが、私の婚約破棄は成立したんでしたっけ」
書類を出したまま、領地に行ってしまったのですっかり忘れていた。とは言っても、まだ二週間程度だ。成立はしていなくても不思議ではない。
「そちらも、そろそろだと思う。王都に来たら、どちらにしろ法務卿には会わないとならないだろうし、帰りに立ち寄っていこう」
「そうですね」
法務卿は今現在の私の義父だ。レダ・スジューラクとなれたからこそ、ギース様ともこうして一緒にいられるのだし、本当にありがたい。
あと、スジューラク卿はイケオジなので、会えるならぜひ会いたいのだ。
「レダが用意してくれた資料も、バッチリだしね。こういう資料作りも学園で学んだの?」
「え、ええ……。あとは独学で少々」
独学は独学でも、前世で、ですが。入社したブラック企業はもちろん研修なんてなかったし、名ばかりのOJTでは、見せてくれないのに見て覚えろの連続だった。
私もムカついたから、見て覚えろというなら見て覚えます、と無理矢理資料を先輩から奪ってチェックしたっけな……。おっと、遠い目になりそうだったわ。
「レダはすごいね」
「ちょっ、ここ! ここ王城! キスしようとしないで!」
「でも人はいないから」
「います! 王城使用人の皆様がいらっしゃいます!」
高位貴族、本当に使用人をカウントしないから困る。
私は使用人の方々であっても、いちゃいちゃをあまり見られたくないというのに。
私の叫びに、近くにいた使用人の方々がニコニコと笑っている。うう、恥ずかしい。
それにしても、最初は堅物公爵様と名高いギース様が私にニッコニコで話しかけているのを見て、動きを止めていた皆様方も、流石のプロ意識で今はもうナチュラルに、ご対応くださっている。
ありがたや……。
「やぁ、待たせたね」
扉が開き、爽やかなイケメンと、少し疲れた顔をしたイケメンが入ってきた。
あれ、大蔵卿であるモネイーヌ侯爵ってたしか四十代の筈よね。
この爽やかなイケメン、どう見ても四十代には見えないんだけど。後ろの疲れた顔のイケメンは、疲れているけれど、さすがに二十代っぽいしなぁ。
あまりじっくり見るわけにもいかず、とりあえずカーテシーをして挨拶をする。
「モネイーヌ大蔵卿、お久しぶりです」
ギース様が声をかけた。あ、やっぱりモネイーヌ侯爵ご本人なのね。え、すごくない? 三十代前半に見えるわよ。
「こちらは婚約者のレダです」
「初めまして。レダ・スジューラクにございます」
「ああ! あなたが堅物公爵を柔らか公爵に変えたという」
え、なにその柔軟剤みたいな扱い。
「ちょっと、妻に変な二つ名を付けないで下さい」
「まだ妻じゃないでしょ」
「妻みたいなものです」
くだらない言い合いが始まってしまった。
困った顔をしていたら、疲れた顔のイケメンが笑いかける。
うっ、疲れた顔のイケメンもなかなか悪くない……!
「レダ? 俺が横にいるのに浮気かな?」
「何を言っているのかわかりませんね。それよりも、早く本題に入って下さい」
そもそも二人がどうでも良いことで言い合っているから、呆れてアイコンタクトをとるようなことになったのだ。
私の言葉に、何をしに来たのかを思いだしたようで、ギース様は一つ咳払いをする。
そうして、ようやく本題に入ったのだった。




