16:はじめまして貧乏公爵領 02
「……私、意識失ってました?」
「ああ。済まない。そんなに嫌だったか?」
海から少し離れた草の上に、ギース様が座り、私はその膝に頭を乗せていた。
目を開けたらギース様が心配そうにのぞき込んでいたから、びっくりしてしまった。目覚めたらイケメンのアップ、ってもう再び意識失うかと思ったわ。
「嫌じゃない──です。ただ、私はあまりその……男性とのスキンシップに慣れてなくて……」
「婚約者がいたじゃないか」
「あの男が、私とスキンシップをしたと思いますか?」
「ああ──そうだったな。でも、そうか」
「……なんでちょっと嬉しそうに口の端を緩めてるんですか」
「レダの初めてや、慣れない、を俺が独り占めしていると思うと」
「もう! 言い方! 恥ずかしいから!」
きっと今私は真っ赤になっているだろう。
恥ずかしい。でも、イケメンが言うと様になるのねぇ。
これが、ただしイケメンに限る。略して『ただイケ』なのね。
前世ではイケメンなんてテレビの中にしかいなかったから、こんなに近くで見てしまうと、ドキドキが止まらないのよ。
それに、ギース様は顔だけではなく、知性もあるし、領民思いだし、とても優しいし……やだ、私の旦那様完璧じゃない?!
そこまで考えて、思わず自分の事を鑑みてしまう。
気風が良いことを買って貰っただけの、十人並みの女なんだよねぇ。
まぁ、転生特典としてチート能力はないものの、どうにか少しは役立ちそうな知識と、多少のことには動じないブラック企業出身のメンタルは持っているから、領地を盛り立てるには役に立ちはするかな。
領地が無事に復活したら、もしかしたらギース様は他にもっと美しい貴族令嬢をお嫁に貰うのかも。
……なーんて最初はちょっと思ったけどね。
もう、ずっとこう、これは多分溺愛ってやつよね。出来合いじゃないわよ。お惣菜じゃない。
溺愛、ね。デキアイ。
溺愛が突然消える可能性もあるけれど、それでも粗末には扱われないとは思う。溺愛が消えて、もし別のお嬢さんを嫁に迎えたいと言われても、まぁ第二夫人か、場合によっては使用人として生活させて貰えば良いかな、なんて思っている。
「レダ? 何を考えてる?」
「ギース様のことよ」
正確には、ギース様との今後の事だけど。
でも、私のその言葉に、あからさまに嬉しそうに顔を明るくさせるんだから、もうかわいいじゃないの。
がっちりした体でイケメンでかわいいとか……それはもうご馳走様、って感じです。ありがたや。
「さて、お待たせしちゃいましたね。私どのくらい意識飛ばしてました?」
「三の分刻くらいだな」
三の分刻とは30分くらいのこと。説明めんどうなので、とりあえず30分ってことで。
「結構皆さんをお待たせしちゃいましたね。ごめんなさい」
「レダが無事なら良い。どうする? 今日は視察はやめておくか?」
「まさか! 次の村に行きましょう!」
*
次の村は農村だった。
見るからに土が荒れている。近くにいる農民達が、私たちに近付いてきた。
「領主様……あと」
「ああ、私の妻だ。正式なお披露目は、もう少し領内が落ち着いてからと考えているが、皆には近々通達しようと思う」
「奥方様! おお、領主様おめでとうございます」
「ありがとう」
ギース様が私を下に降ろしてくれる。改めて、私は農民達に挨拶をする。
「初めまして。ギース様の妻となります、レダと申します。皆さん、一緒に公爵領を盛り立てましょうね」
「! 奥方様……なんてすばらしい……領主様、なんと良い方が来てくださったことか」
「そうだろう? 私の自慢の妻だ」
優しい瞳で私を見るギース様。そんな私達を、農民達も優しい瞳で見る。そう、いつもの……あの瞳よ。もう慣れてきたわ。
「今、土の肥料は何を混ぜているのかしら」
「動物や人間の屎尿類を堆肥にしてます」
糞などはそのまま土に混ぜても堆肥にはならない。
きちんと発酵させ、それなりに処置をする必要があるのだ。
「なるほど。では、その堆肥と共に、今度この貝殻を砕いたものを一緒に混ぜてみてください。これは、有機石灰といって酸性の土をアルカリ性に──えぇと簡単に言うと、大雨の影響で今までの土と性質が変わってしまったものを、元に戻す力をくれるのです」
酸性だのアルカリ性だの言っても伝わらないが、こう言えば、彼らのような農業のプロフェッショナルは、すぐに理解してくれる。
「全部を一気に試すのは不安だと思うから、一部の土で良いわ。それと──植えるものと植え方を少し変えてみて欲しいの」
これは、馬車からこの領内を見たときに思ったことだ。
山と海があるので、実は風の影響を受けやすい場所だと思う。今までは、それでも広大な領地の収穫で問題がなかったのだろう。
ハウスのようなものを簡易的に作れれば、天候の影響を受けにくい。
そして、ハウスやトンネルの外で育てる作物は、寒気にあたっても強いマメや高原野菜のようなもの、それにネギ類を植えれば良いのだ。
連作は障害を生みやすいから、その辺も調整が必要ではあるが。
私は、ギース様の護衛のタルティに頼んで持ってきて貰った棒を組み合わせてみせる。そこに、ネット状に編まれた布をかける。
本当は不織布とかビニールがあれば良いのだけれど、さすがにこの世界にはない。そこで、この世界では高価ではない麻を編んだものを使ってみたのだ。
「こうしておけば、霜に当たることも少なくなりますし、急な天候の変化にも対応しやすいと思います。大雨はどうにもなりませんが、それでも、少しはマシかと」
私の言葉に、農民達はもちろんのこと、ギース様達まで目を丸くしている。
「……レダ!」
「えええっ」
そうして、ギース様はまたしても私を抱きしめ、今度はついに高い高いをされてしまう。
「ちょっ! 私は子どもじゃありません」
「子どもなわけがあるか! こんなに素晴らしいアイデアを出してくれるなんて」
「そうですよ奥様! いえ、女神様です」
農民までがそんなことを言い出す。
ギース様は私を高く上げたまま、くるくるとまわる。
「ギ、ギースさまぁ……」
「うん?」
「め、目がまわ……」
「おっと」
ふらふらになりそうな私を抱きしめ、そうして頭頂部にキスをする。
ちょっと! そこは汗臭いかもしれないじゃない。
「レダ。私の──いや、我が領の宝」
「オオゲサですよ」
「そんなことがあるか」
「そうですよ。大げさではありません、奥様」
「結果! 結果がでたら、褒めてください。ね、皆さんも!」
私の言葉に、皆が全然納得していない顔で、笑っていた。




