15:はじめまして貧乏公爵領 01
「ギース様、これは視察としては普通なのかしら」
「当然だろう。これなら、レダが疑問に思ったことを、すぐに教えてあげられる」
今私は、馬に乗っている。
一頭の馬に、私、そしてそのすぐ後ろにギース様という状態でだ。
これはあれだ。前世でママチャリの前部分に、子どもが乗っていたような状態。だが、あれよりもずっとこう……密着している。
そう!
密着しているのよ!
ギース様が、めちゃくちゃ私を後ろから抱きしめているから、すごく密着している。
まぁ、馬の上なのでそんなに離れることもできないし、そもそも私は一人で乗馬なんてできないので、こうして二人で一緒に乗るしかないのかもしれないけれど。
でも、なんというか……。
正直少し、恥ずかしい。
ギース様が格好良いから、照れてしまうのよ。早く慣れないとなぁ。
イケメンは三日で慣れるって言うけれど、あれは嘘ね。
全然慣れないもの。
そうして、私たちは領地の端に来た。まずは領地全体を把握するためだ。
フォルティア公爵領は、海も山もある、本来であれば風光明媚な場所。ただ、冷害で起きた不作でお金がない状態で、崖崩れが起き、様々な復旧が後回しにされているのだ。
「ここの辺りでは、魚の漁はしないのですか? 良い漁場に見えますが……」
タウンハウスで学んだときには、魚の漁の話は一切出てこなかった。海はあるけれど、漁には向かないのかと思ったが、なかなかどうして、良い漁場に見える。
──前世の私の出身が、宮城県の三陸の方なので、その辺はなんとなく分かるのだ。
「魚の漁? 魚を捕ってどうするのだ。貝は育てているが──」
ギース様のその言葉に、衝撃を受けた。
確かに、実家はともかく、公爵家のタウンハウスでも食事に魚が出てきたことがない。
私の体力をつけるために、肉料理ばかりなのかと思っていたが、どうやらこの世界では魚を食す文化がないらしい。
貝が出てきたことがあったから、油断していた。
「これは……鬼が出るか蛇が出るか」
「どちらにしろ、出てくるものは怖いものだな」
「ふふふ。ギース様、海岸に近付きたいです。馬を降りても?」
「ああ。シュクリム!」
「は。奥様失礼いたします」
「えっ」
今度はシュクリムに抱きかかえられて馬を降りることに。
いや、確かに私一人では馬から降りることができなさそうだけどさ。
私が降りた後、ギース様は「そこにいてくれ」と一声かけると、馬を近くの杭に近づけて留め置く。すぐにこちらに走ってくると、またしても私を抱き上げてしまう。
「ギース様?」
「海岸は危ないからな。俺にしっかり抱きついていろよ?」
その言葉に、周りの従者はやっぱり良い笑顔。もうこれ、呆れてるんじゃないのかなぁ。
「まぁ……良っか。とりあえず海辺まで連れて行ってください」
「任せろ」
考えてみたら、海辺って砂浜で歩きにくいから今日はこれで良いかな、なんて打算的になってしまう。あれ? 私だんだん慣れてきてない?
海辺の様子を見るに、貝も捕れそうだし、故郷で見たことのある海の感じだ。きっと魚も捕れるだろう。この辺に関しては、公爵邸に戻ったら、改めて意見交換が必要だ。
「海辺にうち捨ててある貝殻。これも理想的ね」
「理想的?」
「ええ。シュクリム、あの貝殻を袋一杯に拾って貰って良いかしら?」
「かしこまりました」
これでこの後農地の見学に行ったときにも、肥料の話をしやすい。
ベタベタだけれど、土地の改良はやはり必要だからね。
元々は温暖な気候のこの土地だ。冷害の被害のあと、しばらく涼しい気候が続いてしまったのは、不幸だった。
とはいえ、いままでのような気候がまた戻るかもという希望もあるから、育てる作物の種類を、一気に変えることもできない。
それが、この土地のジレンマだった。
「大雨で酸性が強い土壌になったのも、理由の一つだろうなぁ」
「大雨になると、何か変化が起こるのか? この領地は今まで、大雨になったことがなかったんだ。だから、あまり領民にも我々にも知識がない」
私が学園で学んだ限り、この国自体あまり大雨の被害にあったことがない。だからこそ、その被害の影響がこんなに続くとも思っていない国が、税率の軽減をあまりしていないのだろう。
とにかく情報がないのだ。
私もそんなに詳しいわけではない。
でも、前世では災害大国日本で生きてきたのだ。テレビやニュースで得た情報くらいはもっている。別の世界なので、どこまで役に立つかはわからないが、試してみることに無駄はないだろう。
「オッケーです、ギース様。今度は村の方に……ってちょっと!」
ギース様が私の頬に、自分の頬を寄せてくる。一体何?!
きれいな顔がくっつくだなんて、いくらなんでもやり過ぎですよ。あの……あの本当に……私もうダメかも。
「旦那様!」
「なんだ、シュクリム。今レダを堪能して」
「その奥様が、気を失っています」
「えっ」
頭に血が上りすぎた私は、遠ざかる意識の中、二人の声を遠くに聞いていたのだった。




