14:ついに到着貧乏公爵領
王都から馬車で二日。
ゆらゆらと揺られ、途中簡易的な宿に泊まりながら、ついにフォルティア公爵領に到着した。
馬車の窓から見える景色は、とても長閑で美しいとは言えないものだった。冷害のあとも続く不作で、どこか領内がどんよりとしている。
私と一緒に来てくれたのは、女性騎士のシュクリム。訓練で日に焼けた肌が、とても美しい。その肌に、真っ黒の髪の毛が映えるのよね。ポニーテールだなんて、剣道女子っぽくて良い。
「シュクリム、長旅に付き合ってくれてありがとう」
「何を仰いますか、奥様。私は奥様の護衛。どこにでもついていきます!」
この二日間で、シュクリムはすっかり懐いてくれた。
騎士である彼女は、私の気質があうのだろう。おっとりお嬢さんと女性騎士だと、テンポも違うだろうけれど、前世の記憶を取り戻した私は、端的に言って庶民みたいな気質だからね。
「さぁ、まもなく公爵邸ですよ」
シュクリムの声と共に見えた門は、石造りの壁に続く、とても大きな鉄のもの。その脇には小さなかわいい小屋があった。
「門番小屋です」
「なるほど」
領地の使用人は、領地で採用している者達なので、できるだけ人数を減らさずに雇いたいと言っていたギース様を思い出す。
とはいえ、領民もこの状況をわかっているので、少しだけ給料を減らさせて貰っているそうだ。それでも、クビにならないだけありがたい、と領民と領主は持ちつ持たれつで、支え合っている。
広大な領地を持つ公爵家でありながら、そうした支え合いができるのは、やはり初代公爵である王弟殿下から連綿と続く信頼関係なのだろう。
「……ねぇ、いつ公爵邸につくの?」
「そうですね。あともう少々」
さっきからもう馬車で10分くらいは走っている気がする。10分、とは言ったけど、この世界ではもっと別の言い方をする。
面倒だから10分、って言っちゃうけど。
門を入ったということは、ここはもう公爵邸の敷地だ。それを10分も馬車で移動するとは。もちろん、王都から来るときのようなスピードではなく、ゆっくりとではあるけれど。
そこからさらに5分くらいかな。そのくらいの体感乗っていると、ようやく公爵邸が現れた。
「……おっきすぎない?」
「そうですね。私は慣れてきましたが、それでも大きいと思います」
お城か! と突っ込みたくなるような大きなお屋敷。
いや、これはもうお城でしょう。
石造りの建物は、王都と同じように少し黒ずんだ石。
これは、この領地でとれるゴレル石だ。硬く建物に使いやすいが、そのわりに扱いやすいそうで、一時期は石切場が大盛況だったらしい。
車寄せに噴水があり、その周りを馬車が回り込むようになっている。
「噴水から水がでていないわね」
「清掃の手間をおさえているそうです」
「そうよね。お給金減らしているなら、仕事も減らさないと割に合わないわ」
そう。給与を減らすなら仕事も減らせ。
それが仕事における鉄則だ。
逆もしかり。
仕事を増やすなら、給与を増やせ。
おっと、ブラック企業労働者の叫びが口から漏れそうになってしまった。
「レダ! ようこそ我が公爵邸に」
馬車が到着すると、まさかのギース様直々に扉を開けてくださった。え、公爵閣下よね。そんなことしちゃって良いの?
ちらりと御者を見れば、ちょっとあわあわしてしまっている。
「ギース様、御者の仕事をとってしまってはダメですよ」
「少しでも早くレダの顔を見たかったんだ。ほら、降りてきて」
「ちょっ、だからそうやってすぐに私を抱き上げるのやめてくださいってば」
「俺が抱きしめたいんだ。許してくれ」
「……公爵邸の人の前でだけですよ」
「ああ! ……善処する」
「そこは! 約束! して!」
私の言葉に、ギース様の後ろに並ぶ使用人達が、皆輝くような笑顔を私に向けてきた。
この笑顔、知っている……。タウンハウスの使用人と同じ表情だわ。
ギース様、あなた今までどれだけ能面で生きてきたのですか。
「疲れたろう? 今日はゆっくり休んで、明日から領内を回ろう」
ギース様の言葉に、空を見上げる。確かに、太陽が傾いている今から回っても、たいした視察はできないだろう。領民たちも、家に帰りたいだろうし。
「はい。では明日は朝早くから出かけましょう。一刻も早く、領民の笑顔を取り戻したいです」
「やっぱりあなたと結婚して良かった」
「そうですか?」
「ああ。ここに来るまでにきっと、華やかさのない領地を通ってきたと思う。そこを通って思ってくれたことが、領民の笑顔を取り戻したい、なんだ。ありがたいよ」
そんなに特別なことを言ったつもりはないんだけどね。
やっぱり、領民が幸せならこちらも心置きなく幸せになれるし。
別に世の中の人全員が幸せになって欲しいなんて思わない。
ただ、私はタウンハウスで美味しいご飯を食べさせて貰ったし、ふかふかのベッドで寝かせて貰った。
それは、領民がいるおかげなのだ。
で、あればやはり、恩には報いるべきなのよね。




