12:かくして公爵家での生活の始まりが
「え? あの日どうしてキラキラした目で奥様を見ていたか、ですか?」
公爵家に入り一週間が過ぎた。
最初はふかふかすぎるベッドにも、良い香りのするお風呂にも、豪勢なお食事にも戸惑ったけれど、それもすぐに慣れた。人間、慣れるのって結構すぐよね。
侍女頭のマティは、私の筆頭侍女にもなった。
私があまり貴族令嬢ぽくないので、打ち解けるのにも時間はそうかからなかった。
彼女は子爵家の三女だそうで、結婚する気もないまま若いときに公爵邸に行儀見習いとして入ったそうだ。そのまま前公爵夫人に気に入られ、働いている内に、同僚でもある執事のソワと恋に落ちたとか。
「そうなのよ。なんだか使用人の皆さんが、やたらキラキラした目で私を見ていたから」
「ああ! それは旦那様が、あんなにも奥様にデレデレだったからですよ。女性なんて一切合切興味がないと言わんばかりの方でしたからね」
「とてもそんなギース様は想像できないわ」
「奥様に一目惚れだったと伺ってますよ」
「一目惚れ……というか。私の元婚約者への啖呵に惚れられたというか」
その言葉に、彼女は相好を崩す。
「初日にそれを聞いても信じませんでしたけれどね。今なら良くわかります。奥様の啖呵は想像がつきますわ」
「自分で言っておいて何だけど、啖呵という言い回しは良くなかったかしら」
マティが淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、窓の外を見る。
貧乏公爵家だと聞いていたけれど、とても穏やかに過ごしているので、とてもそうとは思えない。
食事も、ギース様は豪勢でなくて済まない、なんて言っていたけれど、これまでの私の食事を考えれば贅沢すぎて目を回しそうなものだ。
──実際初日は、胃を慣らすために軽くして貰った。
「来週にはいよいよ領地に向かうし、私も今日からは領地の勉強をしなくちゃね」
「執事のソワに資料を用意させてあります」
「ありがとう」
この一週間は、まずはこの公爵邸の人たちのことや、ルールなどを学んだ。女主人として、皆のことを知らないと、管理できないからね。
「皆、奥様が優しくて聡明な方で、感謝しております」
「感謝だなんて。まだ何もしていないわよ」
「それでも、私たちの話を一人一人聞いて下さったでしょう?」
そう。私はこの一週間、公爵邸の人たちと一対一の面談をしたのだ。
この辺は、前世の記憶が役にたった。クソみたいな上司を反面教師としてやっていけば良いとわかっているからね。こっちが相談しているのに、自分の苦労ばかりを話して、マウントをとるような人間にはなってはいけないわ。絶対。
「そんなの、女主人として当然だわ」
私の言葉に、マティはゆっくりと首を振る。
「そうそうできることではございません。前奥様もとても良い方ではございましたが、さすがに下働きの洗い場メイドやガードナー見習いまでに声はかけませんでした」
正直、元実家の伯爵家にはいないほど細分化された使用人がいることに、興味津々だったのだ。それに、自分が似たような仕事をさせられていたので、彼ら彼女らの仕事の大変さは多少はわかるつもりでもある。どうせ働くのであれば、気持ち良く働いてもらう環境を整えるのは、雇用主の最低限の義務だ。
……これは前世で私が、呪詛のように呟いていたことでもあるけれど。
それにしても、貧乏公爵家というから使用人も少ないと思っていたが、さすがに雇用を簡単に切ることは躊躇したのか、使用人の中でも経験が浅く転職が難しい者や、逆に年齢が上の者を残していたそうだ。
この辺の倫理観が、やはり公爵家はきちんとしているのだなと思う。そうした考え方をしている家に嫁げたのは、本当にラッキーだ。しかも実家とは無関係で、というところも!
「皆に気持ち良く働いてもらいたいからね」
「奥様……!」
おっと。最近打ち解けたけれど、逆に妙に信者っぽくなってきたのよねマティ。でも、侍女頭というものは、味方に付けておいた方が絶対良いので、これはこれで良しとしよう。
「さ、お茶もいただいたし、公爵領の勉強を始めましょうか」




