11:公爵邸の使用人たち
美しいアーチを象る門がゆっくりと開く。そこから先が見えないように木々が配置されているアプローチを馬車で抜けると、少し色の黒い石が詰まれた大きな建物が現れた。
フォルティア公爵家のタウンハウスだ。
貴族は王都にタウンハウスを持ち、領地にカントリーハウスを持つ。
タウンハウスはいわば別荘で、普段は登城の必要がある者以外は、社交シーズン以外皆カントリーハウスに暮らしている。
我が家は──いえ、元我が家のルイジアーナ伯爵家は、領地に前伯爵夫妻、つまり私の祖父母が暮らしているので、常にタウンハウスで生活をしていた。
祖父母には一度も会ったことがない。彼ら彼女らから誕生日にカードを貰ったこともなければ、お兄様には届くプレゼントも、私にはないので、やはり同じように疎まれているのかもしれない。
因みに母方は同じく伯爵家ではあるが、どうやら母は跡を継いだ兄と折り合いが悪かったらしく、こちらも一度も会ったことがない。つまり、私は周りに助けを求める相手もいなかったわけだ。まぁ、レダはあの状況を抜け出す方法なんて、考える思考能力も残っていなかったんだろうけれど。
「すごい……」
石積みの美しい建物を前にすると、我が伯爵家の貧相さを痛感させられる。
公爵家との格の違いを改めて感じてしまうのだ。
「今は貧乏公爵家だから、手が回らないところがいっぱいなんだ。許して欲しい」
「大丈夫ですよ! その為の私ですから」
「レダ嬢、言っておくがあなたが自ら掃除をする必要はないからな?」
「え? 嘘でしょ」
「はーっ、やっぱりそのつもりだったか」
下働きの仕事はだいたいできる。
もちろん、あの公園で求婚してくれたときは、そんなことは知らなかっただろうけれど、我が家でのやり取りで、それはギース様もご存じの筈。
であれば、使える者は親でも使え、まして他人はこき使え、だ。
「レダ嬢──いや、もうレダ、と呼んでもよいだろうか」
「あ、はい」
「もう少し恥じらいながら、了承を貰いたいのだが」
面倒くさいな。
「やり直しますか?」
「それはさすがに」
じゃあ黙っておいて欲しい。
「あの公園では多少猫を被っておりましたが、あの家でのやり取りをご覧いただいておりますので、私の性格はもうおわかりかと」
「ああ。それに、そんなレダが俺は愛おしいんだ」
「い、いとお……っ」
「今度は照れてくれた」
そう言いながら、私の頬に唇を寄せる。わざとらしくリップ音を立てたそれは、一瞬触れただけなのに、私の頬を熱くさせた。
「お、俺って……」
「うん。外ではさすがに言わないけれどね。レダの前では良いだろう?」
「それは──ちょっと特別な感じで悪くないですね」
少しだけ首を傾げ、彼を見る。
今度はギース様が顔を赤くする番だった。
どうだ。私だって、このくらいのことはできるのだ。
──なんて、調子に乗っていたのが良くなかった。
「きゃっ」
「あんまりかわいいから、離したくなくなった」
しっかりと抱きしめられたかと思うと、止った馬車の扉があいたら、私を横抱き──つまりお姫様抱っこっていうやつよ……!──にして、降りていくじゃないの。
入口の前にぞろりと揃った使用人たちは、事前に私が来ることを伝えられていたのだろう。私に対して何か驚くことはなかった。
いや、この抱かれっぷりには驚いたのかもしれない。端にいるメイドは目を丸くしているじゃない。近くにいる執事や侍女頭は、さすがに表情を抑えている。プロフェッショナルだわ。
「皆、事前にウォーリズから連絡が入っていると思うが、彼女が私の妻になるレダ・スジューラク公爵令嬢だ。今後我が家の女主人となるから、そのつもりで」
「……ギース様、私きちんと皆さんにご挨拶がしたいのですが」
「あなたを降ろしたくない」
「ギース様……。皆さんに失礼ですよ」
「……どうしてもダメだろうか」
「ダメです」
少々語気を荒げてみれば、しゅんとした表情をして私を丁寧に降ろしてくれた。頭に犬の耳が見えそうだわ。そうね、大型犬かしら。あら、そう考えるとめちゃくちゃかわいいわね。
おっと、にやけそうになるわ。
「初めまして。レダ・スジューラクです。本日からお世話になりますわ。皆さんにはいろいろと教えていただくことも多いと思うけれど、どうぞよろしくね」
「奥様、ようこそフォルティア公爵家へ。執事のソワにございます。こちらは妻で侍女頭をしております、マティです」
「マティにございます。これから奥様に誠心誠意仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
二人とも、妙にキラキラした目で私を見ているけれど──一体何を期待されているのかしら。




