10:公爵家の嫁のはずが公爵家の娘に?!
「あなたはこの後、スジューラク公爵家の養女になるから、問題ないよ」
……はああああああああああああああああああああああ?!
なんて、声を上げられれば良かったんだけれど。
「それはどういうことで?」
「どうもこうも、レダ嬢の言ったとおり平民が公爵家に嫁ぐのは、なかなか大変でね」
うん、それはわかる。
「なので、私がなかなか結婚をしないことを心配していた、旧知の公爵にあなたを養女にすることをお願いしたんだ」
「いやそもそも、一体いつの間に?」
「あの公園から馬車で移動した後、あなたの家に行っただろう? あの馬車の中で、おそらくあなたは家族と決別をするだろうと思ったし、そうでなくとも、おそらくあの家と公爵家が縁続きになること自体を、あなたは嫌がるかと思ってね」
大・正・解!
はぁ、さすがは公爵やってるだけあるわ。頭が良いのねぇ。
数歩先を読む力というのは、きっと領地経営をする上で必要なことなのだろう。
でもまぁ、ご用意いただいたオイシイ伝手やらコネってのは、使わせていただく方が良い。これは、そうした伝手の一つもなくて、就職活動に大敗北した氷河期世代の本音だ。
あの時代、まっとうな就職ができたのなんて、コネのある人だけだったからね。
「で、でもそれからわずか数時間ですよ? よくもまぁこんな手筈を」
「私の周りは皆優秀だからな」
それで済ませて良いのだろうか。まぁ、良いか。きっと公爵家の力って言うヤツだ。
私も今後その公爵家の一員になるのだから、変な力の使い方をしないよう、重々気を付けねばなるまい。
「ただ、まぁそれは名目だけで、レダ嬢はこのまま我が公爵家に来てもらうよ」
「ギース、それなんだが、せっかくだし彼女は少し我が家に」
「セルディオス小父上、それはダメだ」
あら、お二人ってば本当に仲が良いのね。さっきまで家名で呼び合っていたのに、こういう話になると、名前呼びになっている。
セルディオス様はイケおじだし、私は別にしばらくあちらのお家にお邪魔しても良いけど。
「でも、すごい……かわいいじゃないか! せっかく義娘になるんだ。家族として過ごしたい」
「かわいいからダメなんですよ! あなたのとこの三男、レダ嬢と同い年! しかも、女好きじゃないですか!」
その言葉に、それはダメだな、と一気に冷静になる。
「あの……」
私が二人に声をかければ、言葉を止めて一斉にこちらを見る。
「あの、先ずはスジューラク公爵閣下、私を養女として迎えて下さるとのこと、本当にありがとうございます」
「いやいや、問題ないよ。そもそも君は歴史あるルイジアーナ伯爵家の正当なる令嬢だ。公爵家へと迎え入れることに、障害になることはない」
言われてみれば、確かにそうだ。
まるで使用人の如くこき使われていたし、虐げられてきたけれど、私の出自に疑うべきことは何一つないのだものね。
「そして……、一緒に生活をしたいと言っていただけて本当に嬉しいのですが──その、同い年の異性がいらっしゃるとなると……」
ハッキリ「チャラ男だかヤリピーッだかがいる家で生活したくない」とはさすがに言えないので、貴族令嬢らしくぼかせば、スジューラク公爵閣下も、素直に頷いてくれた。
「確かに、年頃の淑女とアレを一つ屋根の下にというのは酷なのかもしれないな」
酷、と言われるほどなの? それは父親としてきちんと指導しなさいよ。公爵家の息子に手を出されたら、下級貴族なんて断れないわよ。
「お気持ちだけ、いただきますわ」
しっかりと猫を被って微笑めば、義父となる彼はデレッとした顔を浮かべる。……チョロいな?
「では、さっさと手続きをしてしまおう。こちらが婚約破棄の書類、それから慰謝料の請求。はい、ここ印を付いて、そちらの台帳に登録して。そう、早く早く」
「ギース殿、急ぎすぎだ」
「うるさい。ヒローク殿は口を開く前に手を進めてくれ」
二人のやり取りに思わず声を出して笑えば、スンデルネ卿──つまりヒローク殿ね──はウインクを一つこちらに飛ばしてくれた。
「こら! 彼女に色目を使うな」
「ちょっとギース様……」
「良いんだ。ヒローク殿とは付き合いが長い」
「私の長兄とギース殿が友人でね。小さい頃から、一緒に稽古をしたり遊んだりしていたんだ」
「なるほど」
つまりこの二人自体も、ほぼ友人ということか。
気安くもなるわね。
私もそういう友人をこの世界で作りたい。
哀れみや蔑みの視線を含まない友人を。
「よし、台帳に記載と、スジューラク法務卿の確認印が押されたな。これで成立だ。あとは、こちら」
ギース様の手には、貴族家離脱届けと貴族家縁組届けの二枚が見える。
「レダ嬢。縁組み届けの方、ここにサインを」
「はい」
書類を丁寧に確認し、問題がないのでサインを入れる。その様子を見ていた法務卿が、ふむと一つ声を出す。
「良いね。そこらの貴族令嬢と違って、きちんと契約書の内容を確認しているのも好ましい」
「そうでしょう? 学園では成績優秀なんですよ、彼女」
「ますます我が家の養女として相応しいな。お前も一緒に日帰り、なら呼んでも構わないだろう?」
「それは大歓迎ですね。まぁ領地が落ち着いてからとなりますが」
「結婚式も、それからにすると良いが……あぁ、学園はどうしようか」
法務卿が不意に私を振り返り、問う。
そうだった。その問題があった。
「あの、私はすでに卒業に必要な単位は全て取っているので、あとは卒業を待つだけなのですが」
「レダ嬢は、卒業式に参加――は、したいよな、もちろん」
ギース様が少しだけ言いにくそうに、私を見る。
「え、別に卒業した証書さえいただければ、どうでも」
「えっ」
これは法務卿の声。
「学園では友人はおろか、まともに私を扱ってくれる人はおりませんでしたから、未練とかは一切ありません」
私の言葉に、部屋の中が少しだけ重くなる。
いや、全然そんなシリアスなことを言ったつもりはないんだけどね?!
「それに! 私としても領地を優先したいですし! 証書を別途貰いに行くとかでも問題ありませんか?」
「レダ嬢がそれで良いなら、取り寄せておこう」
「良いんですか?! 嬉しいです」
「嬉しい……のか」
法務卿は少しだけ寂しそうな顔を浮かべつつも、すぐにその表情を笑みに変える。
「よし。学園での交友関係なんて、大人になればどうとも変わる。これから、楽しいことを私とたくさんしよう」
「レダ嬢と楽しいことを重ねるのは、私の仕事ですが?」
「ギース、心の狭い男は嫌われるぞ」
「レダ嬢は、心の狭い男は嫌いなのか?」
えっ、ちょっと法務卿とギース様のやりとりから突然話を振らないで!
「いえ、その、ギース様なら……」
――と、言うしかないでしょ! この流れっ!
「……まぁ良い。とりあえず卒業証書の件はそれとして。こっちの婚約破棄が先方からのサインも入ったら、婚姻届を出しに来い」
話がとりあえず、先に進んだ。よ、よかった……。
ギース様が、少しだけ嬉しそうに口を開く。
「先に預けておいても?」
「義父になる私が預かろう」
法務卿としてではないのであれば、問題がない。
――という言い訳だろうな。
かくして、伯爵家からの離脱が受理され、私はレダ・スジューラク公爵令嬢に生まれ変わったのである。




