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テキコン参加短編

もみじの便箋

作者: 牧田紗矢乃

 お久しぶりです。

 こうして手紙を書くのはいつぶりでしょう。

 あなたは相変わらず元気で過ごしているでしょうか。


 暑中見舞いの季節なのに紅葉の便箋なんて、あなたは笑うでしょうか。

 あなたに手紙を書こうと思い立った時に手が伸びたのがこれだったのです。




 あなたと出会ったのは、木々が燃え上がるような赤に染まる季節でしたね。

 紅葉(もみじ)の綺麗な神社の境内で、偶然見かけたあなたに声を掛けたのが最初でした。


 あなたは一冊のノートを手にして、そこに夢中で境内の景色を写し取ろうとしていました。

 美大生志望だった私はその姿に過去の自分を重ねてしまったのです。

 自分の夢は叶わぬまま(つい)えましたので、代わりにあなたに夢を叶えて欲しかったのかもしれません。


 あなたは秋が好きだと言いました。

 燃えるように赤く染まった紅葉が好きだと。


 それには私もまったく同意しました。

 青々とした生命力に満ち溢れた季節も良いですが、秋の彩りの豊かさとそれに相反する寂しいような悲しいような空気が何とも言えず心を掴んでいたのです。


 あの日から私たちは連れ立ってスケッチに行くようになりましたね。

 身近な学校や公園から、紅葉が綺麗だと有名な渓谷まで。

 世間一般ではあれをデートと呼ぶのでしょう。


 冬になっても、春が来ても、私たちの関係は変わりませんでした。

 夏を過ぎたころからあなたの口数は減り、秋が来る頃には私の姿を見るだけで涙ぐんで見えるようになりました。


 薄々嫌な予感はしていたのです。

 ところが、臆病な私はその理由を尋ねることができませんでした。


「わたしね、東京に行くことになったの」


 何も聞かない私に痺れを切らしたあなたがそう切り出したのは、出合った日と同じ紅葉の綺麗な神社の境内でしたね。

 燃えるような紅葉の並木道に立ち、私がプレゼントした紅葉色のベレー帽をかぶったあなたの姿は今でもはっきりと思い出すことができます。


 私にはあなたを引き留める術がありませんでした。

 かと言って一緒についていくという決断もできなかった。

 そのことは今でも悔やんでいます。


 あの日を境に、あなたはいつもの場所に姿を見せなくなりましたね。

 それでも、私は神社に通い、風景を描き残し続けました。

 いつかあなたに再会できた日に見せることができるように。




 私の絵がスケッチブック3冊ほどになった頃だったでしょうか。

 あなたは立派な角に燃えるような赤い葉をたっぷりと纏わせた牡鹿の絵で大きな賞を取りましたね。

 あの絵を見た日の衝撃は、今でも忘れません。


 あなたは随分と遠い存在の人になってしまったのだと哀しく思う反面、秋を描き続けていたことに深い喜びを覚えました。

 何度かあなたの個展にも行きましたが、ついに声は掛けられないまま、半世紀の時が流れてしまいました。


 つい先日、体調不良を感じて病院へ行ったところ、私の命は持ってあと三ヶ月との宣告を受けました。

 その時に頭に浮かんだのは、妻ではなく紅葉の並木道に立つあなたの姿でした。

 半世紀の時を経ても色あせないあなたの姿に、恥ずかしながら筆を執る決意をしたのです。


 三ヶ月後、紅葉の季節になるまでこの命が続いたならば、私はあの神社の境内に行こうと考えています。

 もしこの手紙があなたの元へ届いたのなら。

 もしあなたが良いと言ってくれるなら。

 もう一度だけ、あの並木道であなたに会いたいのです。

 

 赤いベレー帽の似合うあなたは、相変わらず元気で過ごしているでしょうか。

 今はそれだけが気掛かりです。

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