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9.迷想の葉茅

 祖沖の家に預けられた葉茅はすぐに回復して退屈な日々を過ごしていた。出来れば建設の手伝いをしたがったが「君から狙われてばかりではシュウも疲れるだろうね」と言われてしまうと何ともし難い。

 それならここは安全なのかと言いたいところであったが、今のところ敵に襲撃されたことはない。かつては組織の幹部だっただけに、祖沖が何らかの細工をしている可能性はある。

 日毎に現場におもむき進捗を聞いているアイネの話では依然として敵の襲撃はあるものの作業自体は進んでいるらしい。自分がいなくなったことで作業が進んでいることに葉茅は複雑な思いを抱く。


「そう思い詰めるのは良くないわ」

「……ったってよぉ」


 ナナシの遊び相手をしつつアイネは葉茅を励ますが、ぼやきは止まらない。非力なのは十分に思い知っているがただ居るだけ、守られてばかりという立場に居心地の悪さを覚えてしまう。


「お前はどうなんだよアイネ」

「私? たしかに私に力はないし空を飛ぶしかできないけど、出来ることをやらせてもらっているから不満はないわ」

「……」

「自分では充分に戦うこと、動くことが出来るけど、思うようにさせてもらえない、ね」


 その言葉に黙って頷く。そもそも組織の中では素数連にこそ及ばない存在ではあったが、人間としては最高に近い戦闘能力を買われてシュウ抹殺の役割を仰せつかったはずの彼女は、その力がまるで通じず格の差を思い知らされてばかりで内心では鬱屈しているのを翼の祈子は敏感に察知する。

 本来ならばもう少し自由に動ける環境を用意し彼女自身に道を選ばせ成すべき道を切り拓かせるのが良いのであろうが、未だ宿る家を持てずに状況は整っていない。元々が活動的な彼女のことであるから、満足に体を動かせずじっとしているのも辛いだろう。

 ここは祖沖に相談するのが良いかもしれないとアイネは店の方に歩こうとするが、その前に「葉茅くん、ちょっと来てくれるかい」という声が響く。


「……ろくな用事じゃなさそうだな」

「大丈夫?」

「祖沖のおっさんの目の前で殺されはしねえだろう。ナナシと待ってろ」


 ぎらついた雰囲気で葉茅はその場をあとにする。残された二人にも店の方からただならぬ気配を感じ取れ、アイネは今にも泣き出しそうなナナシの体をしっかりと強く抱くとともに、最悪の場合に備えていつでも翼を広げられるよう意識を集中させた。

 店先に顔を出した葉茅が目にしたのは祖沖と、彼を威圧するように正面に立つ若い女。滑らかな生地の赤いワンピースに身を包んでいる。

 相手は葉茅に気づくと軽く目を合わせるが、その瞬間に少女は大きく体を震わせた。


「うぉ……っ!」

「ふふふ、そんなに震えちゃって……かわいいわね」

「それ以上するなら出ていってもらおうかな。愛弟子の預かりものなんでね」

「あら、元々は私達の持ち物よ?」


 祖沖は冷静にたしなめるが相手は余裕を崩さない。からかうような言葉に今の事態を理解する。


「てめえ、組織サークルの……」

「そう、私はアンティフォン。円の賢人のひとりと言ったほうが分かりやすいかしらね」


 涼やかな声で話すが、言葉の底は涼しいどころか氷に閉ざされて凍死しそうな寒気に満ちている。


「全くもっていい迷惑だな。君のせいで商談を一つ落としてしまった」

祖沖之スーチョンチー、あなたも何時まで愚民の真似事をしているのかしらね」

「大きなお世話だ。私は今の立場がお気に入りでね」


 君たちみたいに足の引っ張り合いで研究もろくに出来ない環境のどこが良いんだ、とぼやく。葉茅にはとりあえず祖沖が自分を売り渡すつもりでないのは理解できたが、何故わざわざここに呼び出したのか分からない。

 戸惑いを隠せない彼女にアンティフォンはにこやかに笑顔を作ったまま「ちょっとしたお手伝いよ」と話す。


「手伝い……?」

「私がここに来たのは単なる挨拶のつもりだったけど、あなたがかけらと一緒にいると聞いたから、さぞかし鬱屈を溜め込んでいるんじゃないかなってね」

「てめえ……!」


 思わず背中の短刀に手を伸ばす。先程視線を合わせてから手足が大きく震え、まともに立ち回れ無さそうなのは自分が一番良く理解しているがそれでも眼前の脅威を倒さなければ、という意志だけは失っていない。

 何とかにらみつけようと相手の顔を見たとき、不意に視界が歪んだ。


「えっ……?」


 その場にいるはずの祖沖やアンティフォンの姿が見えなくなり、慌てて目をこする。しばらくすると二人の姿が見えるようになったが、少しでも気を抜くとまた見えなくなりそうだった。今その目には違う光景が映し出されている。光さえ届かない暗闇の中で悲鳴を上げることもなく消えていく姉の姿。

 祖沖は退屈そうに「これで満足かい?」と言い、アンティフォンも「今日はここまでかしらね」と応じる。


「彼のところに贈った供物も倒されてしまったようですし」

「倒されていたら、私も始末するつもりだった、か……」

「あなたの罪は円環に残ることさえ許されない……もっと上等な殺し方をしなければ気が済みませんわ」


 ごきげんよう、と最後まで上辺を崩さずに悠然と外へと歩み去っていったアンティフォンを見送った祖沖は、涙を流しながら座り込んでしまった葉茅の肩を軽く叩く。


「大丈夫だったかい、葉茅くん?」

「俺……おれは……違う……菜々……ねえさん……なんで……消えて……嫌だよ……」


 混乱し、うわ言を繰り返す葉茅を何とか落ち着けて奥の座敷に連れ込むと、そこに居たはずのアイネとナナシの姿は消えていた。

 祖沖はため息をつく。


「純粋なのは良いが少々せっかちなのがあの娘の悪いところだな。まぁ、あのままナナシくんを置いておくわけにもいかなかったが……」


 気力を失い逃げるように眠りについた葉茅の様子を確認した祖沖は、店に施しておいた結界を修復する作業に入る。強引にこじ開けられたためほころびが目立つものの、葉茅をこれ以上危険に晒すわけにもいかない。

 しばらくあと、もう少しで完成する見込みの家の前に姿を見せたアイネとナナシの姿に、珍しくシュウは声を荒げた。


「アイネ、本当に止められなかったのかい!?」

「ナナシをあの場に放っておくわけにもいきません」


 アイネは目を伏せなかった。祖沖がいる以上敵も迂闊に手は出せないが挟撃される可能性は否定できず、そうなったときに自分の力ではナナシも葉茅も守れない。彼女としても苦渋の決断だった。

 腕の中にいるナナシは逃げている間中泣き続けたせいか、疲れ果ててぐったりと眠りこけている。


「……まあ、ナナシを守れただけでも良かったよ。君も少し影で休んでいて」

「はい……」


 どうにか自分を納得させるように慰労の言葉を贈るが、アイネは悲しげな顔をしたままナナシとともに影へと消えていった。

 そんな彼にエナが声をかける。


「どうするよ? あたしが迅雷アストラピーでひとっ走りしてきても……」

「いや、ここまで来たら何が何でも家の完成を目指そう。そのためには一人でも多く手が欲しい」

「あいよ」


 肩をすくめて引き下がる。普段はこんなに感情的にならない彼なのだが、事態がどんどん悪化していることに焦りを隠せないらしい。だが、誰一人としてシュウを責めたりしない。シュウの意志は全員の意志であり、葉茅をどう守るべきかを全員で模索していた。


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