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8.お祈りの主張

 焼肉の翌朝、葉茅は近くにある水場に行って水を飲む。水道はあるのだが流石にそこまで工事は出来ないため、当分は貯水タンクに水を貯める方式で乗り切り、落ち着いたら改めて施工業者に依頼する事になっている。当然下水道も無いのでその点は気がかりであった。

 何となく付近を散歩して回る。人里離れた地とはいえ少し行けば舗装された道路もあり、決して車通りすらない場所でもないはずだが、朝早くということもあり霧が立ち込め鳥のさえずりが聞こえてくる。

 しばらくして彼女は先客と出会った。明るい水色の髪をした牧師服の青年。


「これは葉茅様。おはようございます」

「ムビリか。朝の礼拝でもしてるのか」

「そんなところですね」


 霧の司祭を名乗る男は朗らかに笑いかける。最後に彼をシュウから紹介された時には肩書だけで面倒な相手だと身構えていたのだが、いざ話してみると非常に分かり易い軽妙な話を聞かされて驚き、肩書だけで判断するのは良くないと改めて思っている。

 そんな彼が開口一番、話した言葉が「私は神を信じてはいませんよ」だった。


「最初はなに言ってんだこいつ、って思ったがな」

「悪魔だから信じないのではなく、人も興味を持てないものに祈ったりはしないでしょう?」

「全くだな。先入観ってやつは怖えな、って感心したよ」


 祈りを捧げたい相手がいるからこそ祈るのであるが、その相手は必ずしも神である必要はどこにもない。祈るというのはフラットな行為なのに、それを故意に神へと誘導している、と悪魔司祭はおかしそうに話す。


「祈りイコール信仰などといういい加減な思想のせいで人も悪魔も自ずと苦しんでいるのです。私からしたら馬鹿げた話です」

「この国だと割と自然に神頼みする印象もあるけどな」

「日本くらい自然に神頼みしていると神もかわいそうですよ。当選確率は何京分の一くらいですかね?」


 大真面目に確率論を展開するムビリに葉茅は吹き出した。そう言われてしまうとどんどん信仰心が薄れてきそうだが、一方で彼は神に祈ること自体を否定してもいない。


「祈りたければ祈ればよいのですよ。人であれ悪魔であれ、その気持ちを届けたい相手に祈れば心の平静に近づくことができます。ただ、見返りを期待してもリターンは少ないですよ……というか普通そんなものはありえません」

「祈るとは個人的な行為であり、他人を巻き込む話ではない、か」

「そういうことです」


 そういうことで私は祈りに戻ります、と告げて彼は立て膝で手を組み彼は祈りに戻る。もっとも信ずるべき己の心へと。葉茅も軽く目を閉じ居なくなったままの姉にその無事を祈ると、工事現場に戻ろうとして立ち止まる。


「ムビリ?」

「はい、どうやら不心得者がいるようですね」


 怪しげな様子を感じ取った彼は警戒して彼女の横に立つ。かけらの一人として、彼女を守らなければならない。

 敵は頭上から襲いかかってきた。ムビリはとっさに飛び上がって相手を迎撃するが軽くあしらわれてしまう。しかし、その隙に短刀を抜いた葉茅に刃を突き立てられた相手は無理をせずに後方に下がる。

 現れた姿は一匹の手長猿。もちろん、見た目通りの相手ではない。甲高い声で人語を話す。


「ケケケ、そっちの子供のほうが怖そうね」

「何だあ、てめえは?」

「キッキッ、あたしはサムスィセト。昨夜はバカがお世話になったねえ」


 昨夜現れた相手は名乗りも聞けないままシオーに倒されてしまったために良くわからないままだったが、この猿の仲間となると人型ではなかったのかもしれない。


「てめえも笑えねえだろ。あっけなくバレちまっただろうが」

「少しくらい遊んでやっても構わない構わない……ねっ!」


 言い終わるよりも早く相手は動いていた。体を丸くすると背中にいがを出現させ、鋭く回転しながらふたりに向かって来る。素直に散開してかわそうとするがすぐさま次の攻撃が飛んできて元の位置に戻される。サムスィセトの言う通り、遊ばれてしまっている。

 少女は司祭に耳打ちした。


「逃げられそうにねえな」

「祈りはしませんよ。そんな暇もありませんから」

「粘るか」

「手はまだ出し尽くしていません」


 そう言うとムビリは鋭い杭を握り、葉茅も短刀を握り直し敵に備える。キッキッ、と嘲るように笑う猿は丸まったまま跳躍して再び頭上を取る。


「調子に乗ってんじゃねえ!」

「甘い甘い、甘すぎてゲップが出そう!」


 サムスィセトは笑い声を上げて考えなしに突っ込んでくる葉茅を大きく弾き飛ばし、続けて杭を打ち付けようとするムビリの手を圧し潰そうと回転を早める。


「……甘いのはお前だ、知恵なき獣よ」

「キィッ!」


 司祭は体を霧と化す。彼の体は霧や霞の集合体であり、人型になるため様々な苦労を重ねた末にたどり着いたのが司祭という姿だった。

 体の半分を霧と変えながら残り半身の人型を維持したムビリに杭を打ち込まれ、更に素早く立ち直った葉茅から追撃を受けた手長猿は悲鳴を上げて大きく下がった。


「キィッキィッ! 生意気、生意気ぃ!」

「お遊び上手じゃねえかよお猿さんが」

「お前ぇ、転がしてやるぅ!」


 むきになった猿は怒りのおたけびを上げながら、葉茅の脚を狙って突撃する。動きさえ止めてしまえばそれで終わりである。

 それに対して右横にかわす葉茅であったがサムスィセトは空中で軌道を変えて執念深く狙いを続ける。するとそこに霧のムビリが割り込んで少女をかばうが、相手は限界まで回転を早めて強引にそれを払う。


「ぐうっ!」

「ムビリ!」

「ギッギッギッ! 終わりぃ!」


 勝利を確信した猿は快哉を叫びながら残った葉茅に迫るが、その時風を切るように鋭い矢が背中に突き刺さった。


「ギャッ!」

「そこまでだよ素数連……こんな朝っぱらから騒々しい」


 慌てて後退し背中の矢を引っこ抜こうと悪戦苦闘するサムスィセトを、弓を携えたシュウが冷ややかに見下ろす。


「うるさいうるさい! 矢さえ抜ければお前なんか!」

「無駄だよ。その矢はお前の体を影に縫い付けた……まあ分からないよね、そんな猿頭じゃ」

「ギィギィギィ! 猿って言うな、言うな! 私だって猿なんか嫌なの! ギィギィ!」


 恥も外聞もなくわめき散らす手長猿を見て葉茅は言う。


「だとよ。なにか言うことはあるかい、司祭様?」

「愚かな獣よ、お前の神に祈るが良い……そんなものはいるはずもないがな」

「ギギギィーッ!」


 司祭の言葉に反発する鳴き声も虚しく歩み寄ってきたシュウに体を貫かれたサムスィセトは、無数の樹の実となって崩れ去りシュウに喰われていった。


「大丈夫かい葉茅?」

「俺よりムビリの心配をしてやれ」

「お気遣い感謝します葉茅様……少々ふらつきますが大丈夫ですよ」


 そう言って苦笑する彼だったが、体が人型を維持できずにあちこちが霧に戻ってしまっている。受けたのは生半可なダメージではない。


「それじゃ無理はさせられないよ。良くなるまで影で静養していてくれ」

「ご迷惑をおかけします」

「気にすんな。お前の分まで俺が頑張るからよ」


 そう言ってムビリの背中をたたき影へと送り出した葉茅は、その場でしゃがみ込んで「きっつぅ!」と弱音を吐く。先程猿に弾き飛ばされたダメージはやはり大きく、あと少し打ちどころが悪かったら命の危険すら感じるところだった。


「ごめんよ葉茅。すぐ近くにいたのに遅れてしまって……」

「気にすんなよ。どちらかが逃げてたら両方とも終わりだったしな」

「いや、そうじゃなくて……」

「……信じるものを信じ、やれることをやって結果が出たんだ。悔いるわけねえだろ」

「ありがとう……」


 シュウはその場でアイネを呼び出すと祖沖の家まで葉茅を送り届け、ナナシをつけて世話を任せると自身はタクシーを使って工事現場に舞い戻る。少しでも安心するためにも、家の完成を急がねばならない。


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