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5.悪魔の本性

 不意に葉茅は殺気を感じた。一気に距離を詰めてくるそれに対し、背中に忍ばせていた短刀を取り出し戦闘態勢を取る。

 相手は正面にその姿を見せる。青いパーカーを着た長髪の男。


「余計な手間が要りそうですが、まあ良いでしょう」

「名前くらい言ったらどうだ」

「そう焦らないことですね。シュウを倒してからでも遅くはないでしょう?」


 それまであなたが生きていればの話ですがね、と嫌味たっぷりの言葉を吐く相手に内心で舌打ちしつつも表情を変えずに相手を睨み続ける。見たところ相手は素手であるが油断は出来ない。シュウと同じような存在かも知れないからだ。

 男は酷薄な笑みを彼女に向けつつ組織の合言葉をつぶやく。


「永遠なる円に侍りし御使いに祝福あれ」


 同時にその姿は揺らめき消えるが、葉茅は直感に従いシュウのそばに駆け寄るとその背後の空間をなぎ払う。手応えはなかったが何かが遠ざかるのを感じた。

 再び元の位置に男が現れる。


「流石だね。少し舐めていたよ」

「そいつはどうも」

「けど、それがあなたの限界でしょうか。見えてはいなかったはずです」

「御託は良いから早くやれよ」


 相手にしない。気を抜いたら隙を突かれて終わってしまう。男も無駄だと悟ったのか何も言わずに再び姿を消す。今度は気配が二手に分かれた。


「ちっ!」


 葉茅はとっさに足元に転がっていた石を蹴り飛ばし片方の動きをけん制すると、もう片方の正面をとって刃を突き立てる。石を蹴った方の気配はその場で消えたが正面の相手は更に二手に分かれて葉茅の背後を突くと同時にシュウの真横を取る。


「しまった」


 葉茅はそう悔やむ暇すら与えられずに背中から衝撃を受けて叩き伏せられ、更に踏みつけられて動きを封じられる。


「なかなかいい動きでしたね。しかし、それだけでは及びませんよ。彼の死に様すら見えぬようにとどめを刺しましょうかね」

「畜生が!」

「それはあなたのことですよ……」


 言葉は最後まで続かなかった。


「はっ!」


 鋭い呼吸とともに剣撃が放たれて、男はその場から姿を消して距離を取る。圧力から解放された葉茅は素早く起き上がり体勢を整え直す。

 その前には鋼の胸当てを身に着け長剣を構えた茶髪の男がいた。


「危うかったな」

「あんたは……?」

「剣の騎士、ヴィーア」


 ヴィーアの名乗りと同時に背後から「大丈夫かい、葉茅?」と声がかけられる


「遅えぞシュウ」

「一度影に目を向けてしまうとすぐには動けなくてね……ヴィーアに先行してもらったんだ」


 そう弁明するシュウの影から更にフェムが現れて、葉茅を守るように盾を構える。


「おいおい」

「お前さんはよく頑張った。後はわしらに任せておけ」

「そういうこと」


 人造悪魔はかけら二人に葉茅を預けると、男と向かい合う。


「よくもまあ飽きずに刺客を差し向けてくるものだね、組織も」

「余裕ではないですか、シュウ・マドカ」

「名乗ってもらいたいね、素数連プライムナンバーズ


 組織に固い忠誠を誓う悪魔の一人はくっくっ、と体を震わせて嘲笑う。


「ヴェンティトレ、ですよ。お見知りおきを」

「いい名前しているね」

「光栄ですよデモンクルス。でも残念ですね、それが最後の言葉になる」


 男の姿は再び揺らめき消えていく。葉茅が感じる気配は四つだが、うち三つは囮に違いない。


「シュウ!」

「君はフェムから離れないで。ヴィーア!」

「承知した!」


 ヴィーアは応じると迷うことなく本命とおぼしき気配の前に立ち虚空を切り裂く。同時にシュウが手に呼び出した弓で残りの気配全てに矢を射掛けた。

 悲鳴とともに矢に貫かれたヴェンティトレが姿を表す。葉茅に本命と思わせた方には小さな枯れ枝の束が転がっている。


「空蝉?」

「そういうことだね。気配に敏感な人ほど引っかかりやすい」

「くっ!」


 あっさり仕掛けを見破られて焦るヴェンティトレは矢を引き抜くと姿を消し、今度こそ気配を完全に断つ。しかし、ヴィーアは何かを感じ取ったのかフェムのすぐ近くにある木に斬撃を加える。

 木はそのまま倒れてしまうが、フェムの真正面に飛沫を上げてのけぞるヴェンティトレが姿を現し、盾の門番はその体を盾で弾き飛ばす。


「今じゃ!」

「分かってる!」


 応じる言葉もそこそこに、シュウは雷迅の速さで敵に接近すると手刀でヴェンティトレの頭を貫く。


「……!」


 悲鳴すら上げられずに貫かれた相手は絶命し、その体はいくつもの枯れ葉へと分解され、シュウの中へと吸い込まれて消えていく。

 葉茅はその様を呆然として見つめていた。


「何なんだよ、一体……」

「奴は枯れ木を依代にしていたようだね」

「そうじゃなくて……お前は?」


 震える声で語りかける少女の姿にシュウは目を伏せる。


「永遠に己の体を喰らい続ける円環の蛇の如く、僕は魔性をくらい続けなければ自分を維持できない。ウロボロスに囚われた、とはそういうことだよ」

「……」


 何も言えずに震え続けるしか無かった。分かったつもりでいた相手のことを、実は一割も理解出来ていなかったのを思い知ってしまった。

 ヴィーアとフェムが影に戻ったあとも、葉茅は動けない。シュウも彼女が心を落ち着けるまでの間、ただただ見守るだけに留めている。

 日が西の空へ沈もうかというところで、ようやく少女はシュウのそばに歩み寄った。


「……好きにしてくれ」

「置いていっても良いのかい?」

「それをお前が望むなら」

「……帰ろう、葉茅」


 シュウはアイネを呼び出すと以後は黙ったまま空を舞い、アイネも何も言わずにアパートまで送り届けると静かに影へと帰る。

 部屋に戻った葉茅は一言も話さないままシャワーを浴びると逃げるように深い眠りについた。ただただ、敵を喰らう悪魔の面影から離れたくて。

 シュウは何処にも行かずに一晩中彼女の傍らでその姿を見守っていた。



 翌朝、赤ん坊の泣き声で少女は目を覚ます。ぼんやりとした頭で声の方へ視線を向けると、エナがナナシを泣き止まそうと悪戦苦闘していた。


「料理はあたしがやるから、お前があやしてくれよシュウ」

「駄目だよ、今日は君が当番だろう?」

「ケチなこと言うな」


 口を尖らせて文句をつけるエナの姿に苦笑いを浮かべた葉茅はおはようと声をかけながら、ナナシの体を抱いてあやしつける。赤子はいくらも経たないうちに穏やかな顔に戻り、それを見ていたエナは口笛を吹く。


「やるなぁお前」

「コツがあるわけじゃないがな」

「葉茅、大丈夫かい」

「心配すんなよ」


 お前こそ自分の心配をしろと笑って言う。


「昨日は不味いもん喰って下痢でもしてるんじゃねえのか?」

「……ありがとう葉茅。気遣ってくれて嬉しいよ」

「まあ、いらねえ気遣いとは思ったけどよ」

「そうでもないぜ。シュウは寂しがり屋でよ」


 一人きりが嫌だから朝食だけは誰かを呼び出してる、とからかい半分の言葉を浴びせると「余計なお世話だよ」と返される。


「何だよ、葉茅とは態度が違うじゃねえか」

「君とは同格だけど、葉茅はお客様だからね」

「それはやめてくれよ……と言っても、お前らと同格にはなれそうもないけどな」


 苦笑いを見せる。自分は勝てない。悪魔たちには無力であるとはっきり理解した以上、変な気負いや焦りで先走ることもない。だが、エナからは優しい声が飛んでくる。


「そうでもねえさ。お前はあたし達の仲間だよ……ナナシの笑顔がその証だ」


 胸に抱いている赤子は無邪気に笑っていた。その姿に最後まで残っていたわだかまりも消えていく。


「ありがとよエナ……ほら、俺がこうやってあやしている間にちゃきちゃき飯を作れシュウ」

「現金だなぁ……でも早めに終わらせるよ」


 やれやれと言わんばかりに手を早めるシュウの姿に、エナと二人で笑いあう葉茅。その心からは暗い雲が払われて明るい兆しがあらわれつつあった。


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