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4.朝食と下見

 翌日、部屋の中を漂う美味しそうな香りにつられて目を覚ました葉茅はキッチンで料理をするシュウの姿を目にする。


「おはようございます葉茅、良く眠れたかい?」

「まあまあだ。何でお前が料理してんだ?」

「ヌェジェはお休みだよ。三日に一回休みのところを四日連続で出てもらったからね」

「勤務表でもあるのか」


 冗談めかして言う彼女に「まさか」と苦笑いで応じたシュウはフライパンで焼いていたポークソテーを皿に移す。他に乗っているのは生野菜とスクランブルエッグ。パンやご飯の類は見当たらない。


「気を遣うとか何とかしねえのかよお前は」

「無いものは出せないよ」


 しゃあしゃあと言い放つのに不満いっぱいな葉茅であったが、向こうに乗って暮らしていかねばならない都合上やむを得ない。仕方なく席につくが、シュウの方は今度は小鍋で牛乳を温めはじめる。


「自分用か?」

「それもあるけど、もう一つ用意するのが朝の決まりごとなんだ」

「ふーん」


 興味深そうな声を上げる。テーブルの上の皿は三つ、葉茅の席には既にオレンジジュースのパックが置かれ、もう一つの席には緑茶。あと一人とは当然かけらなのだろうが、朝の食事がホットミルクだけの存在とはどんな奴なのだろうと思ってしまう。

 ちょうど牛乳が温まったところでセレフトーが赤子を連れて姿を現す。


「おいおい、まさか……」

「残念ながら、わたくしの子供ではありません。彼女はナナシ。仲間のひとりです」

「そんな赤ちゃんまで材料にされてた、って言うのかよ!?」


 つい声を荒げる。元々見境のない組織だと理解していたつもりであったが、そこまで下劣な連中だとは思いもよらない。同時に葉茅はシュウに確認する。


「俺にナナシを見せたのはてめえの策略かよ」

「君がいるから出さないと言うのも変じゃないか」

「疑り深いのもほどほどになさい……まあ気持ちそのものは理解します」


 シュウの言い分とセレフトーのとりなしを素直に受け入れた少女は席につく。まだ気を許した訳では無いが、こんな赤子の前でみっともないところを見せたくはないとも思う。

 全員が席についたところで食事をいただく。


「セレフトー、お前緑茶派なのかよ」

「本来は紅茶のほうが好みですけれど、日本では緑茶のほうが良い茶葉を手に入れやすいですから」

「そりゃもっともなご意見で」


 緑茶を飲む彼女に最初に会ったときほどの刺々しさは無い。あのときは状況が状況だっただけに神経質になるのも当然ではあるのであるが、それでもお行儀良く食事を摂る彼女の姿を見て葉茅にも思うところはあった。


「あなたこそ食事のマナーを思ったより弁えていらっしゃるのね」

「馬鹿にすんな。刺客だからって不味そうに食事するかよ」

「良いことですわ」

「楽しく食べるのも良いけど、ナナシのことも構ってあげてよ」


 その言葉にナナシの方を見る。シュウに抱かれてミルクを飲む、白い肌に白い髪の赤子は穏やかそうな表情を浮かべていた。


「今日は大人しいですわね」

「やっぱり夜泣きとかすることもあるのか」

「昨日は一日中泣きっぱなしでしたわ」

「あんまり泣くから、落ち着くまで外に出さなかったんだ」


 自力で外に出られない身ではあるのだが、泣いている中連れて歩くのも大変であるため朝食でミルクを飲むとき以外はほとんど影の中である。


「あんまり聞きたくねえが、こいつも力があるのか?」

「ある意味において最強の力ですよ」

「ですわね。彼女がいるから、わたくし達はシュウの中で一つにまとまっていられるのです」

「まとめる力か」


 そう言いつつ葉茅はポークソテーの最後の切れ端を口に入れる。やはり物足りない。


「金を貸してくれよ。ちょっと近くの店に行ってパンを買ってくる」

「良いよ。貸しにはしないから安心して」

「いいから貸しにしとけ。タダより高いものはねえ」


 小銭を受け取って外へと飛び出していく少女を見送ったセレフトーは宿り木に語りかける。


「これからはあやす手間が省けますかしら」

「あんまりくっつけておくのもどうかなと思うけど」

「これまで彼女には苦労をかけました。穏やかに暮らせるのならば、それを尊重するべきです」

「アイネたちも同じことを言いそうだね……善処するよ」


 その言葉に頷いた針の機織は緑茶を美味しそうに飲み干す。



 全速力で買い物を済ませた葉茅が戻ってきた時には既にかけら二人は影の中に帰っていた。


「なんだよ、もう帰っちまったのか」

「残念そうですね」

「ん……まあな。でも、これから毎朝会えるんだろ。なら良いさ」

「慣れてきましたか」


 シュウはそう言うと食器を洗い始め、何となく洗った食器を拭くのを手伝う。


「ゆっくりパンを食べていても良かったのに」

「そう言うな。進んで手伝ってやってんだから、感謝しとけ」

「これは貸し借りに含まないよ」


 大皿三枚とカップ三つなので瞬く間に片付けも終わり、ひと心地つけた二人はアパートの屋上に出るとアイネを呼ぶ。

 おはようございます、という言葉もそこそこにアイネは翼を広げシュウも合わせるように背に翼を展開させる。


「昼間に黒は目立ったりしねえか?」

「かなりの高度を取りますから平気ですよ」

「それよりもちょっと冷えるからそこは我慢願いたいね」


 そう注意を促した二人は葉茅の手を取ると空に舞い上がる。二人に支えられているとはいえ、どう考えても落ちたら助からない高空を飛んでいるのにはゾクリと寒気を感じてしまう。


「中々の眺めだな」

「意外に平気そうですね」

「本気かどうかは僕には判断がつかないけど」

「……そう言うなよ」


 無い足もとを見られているようで腹が立つが、だからといって怖さが消えるはずもない。むすっとした表情の少女に翼の主は仕方なさそうに微笑んだ。幸い目的の場所にはすぐに到着する。

 山間にあるその土地は緩やかな崖のそばにあり、前の所有者もそこが気になり土地を手放したらしい。


「大雨が気になるな」

「近くに商店もありませんね」

「それらを除けば悪くない立地だね。確かにここならあまり迷惑をかけずに済みそうだ」


 だから家を建てろと言われても困るけどね、と肩をすくめる。とはいえ、家を建てるにもリスクを伴う場所なだけに進んで工事をしてくれる業者を見つけるのも一苦労だろう。

 シュウはアイネに影の中でかけら全員に声をかけるように頼むと、自身も瞑想に入る。一度に全員を表に出すのは負担が大きすぎるため、討議するときは自らが影に意識を向けることにしている。

 その間の見張りを任された葉茅はぼんやりと周囲の山に目を向けていた。気がついたらすっかりシュウたちの中に溶け込んでしまっているが、そもそも彼女は組織からこう言われていた。


 シュウを殺せばお前の姉の居所を教えよう、と。


 葉茅には生き別れた姉がいた。菜々、という名前しか記憶に残っていない姉を追い求めて葉茅は組織に入り、厳しい訓練に耐えて暗殺者となり、汚れ仕事に手を染めていく。

 シュウと相対する前までしくじったことは一度もなかったが、あそこまで次元の違う強さを見せられてしまうと何も言えない。かけらもそうだが、それら全てを扱えるシュウの力そのものが底知れない。しかも、まだ表に出ていないかけらが七つもいるのだ。

 任務に失敗し組織に追われ、姉の手がかりも失ってしまったが葉茅は既に仕方ないと割り切っている。自分が死んでもきっと姉は喜ばない。ならば、シュウのもとで改めて姉を探すのも悪くないと。


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