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3.一日の終わり

 夕食前に不動産会社に顔を出すため、シュウと葉茅は家を出る。今日のうちに話しておけばその後も早くなる。


「どんなやつなんだ?」

「いかつい親父さん」

「わかりやすい解説をありがとう」


 裏社会の人間をすんなり受け入れる人間が幼い子供というのも違和感を覚えるのは先入観込みなのだろうか、そこそこ年をとった男と言われるとなぜだか安心してしまう。


「どういうツテなんだ?」

「同じ穴のムジナですね」


 その言葉に頷いて足を進める。その手の事情を全て把握しているわけではないが、そういうことなら話は早い。

 歩いて十分ほどで目的の場所にたどり着く。「祖沖そおき商会」という看板が掲げられている。


「祖沖……?」

「入りますよ」


 首を傾げる葉茅に構わずシュウは扉を開いて中に入る。待っていたのは立派なあごひげを生やした中肉中背の男性。


「シュウ、また面倒事を起こしたな」

「僕のせいじゃない」

「冗談だ。しかし今回はずいぶん早いな?」


 男はそう言ってから、今度は遅れて扉をくくってきた葉茅に視線を向ける。


「おや、新しい連れとは」

「道に迷っているようなのでお節介をしてみました」

「本当に余計なお世話だったよ」

「なるほどな」


 男は頷くと「私は祖沖(ゆき)。よろしく頼む」と自己紹介し、葉茅も名乗り返しながら頭の隅に引っかかるものを覚えていた。それが何なのかと頭を働かせていると、彼の方から答えが返ってくる。


「君もあそこにいたのなら、賢人のことは知っているだろう」

「まさか……!」


 目を見開く。組織の主要幹部たちは己のことを賢人と名乗っているが、離反した者がいるとは聞いたこともなかった。


「君みたいな末端の構成員にはわからないかも知れないが、ああいう組織の幹部ともなると競争は苛烈を極める。私はそれが嫌になってな」


 ちょうど座を狙っていた奴がいたからわざと敗れて死んだふりをしたと祖沖は回想する。


「あんたはそれで良いのかよ」

「構わないさ。どのみち狙われるのならば少しでも自由が効く立場の方がいい」


 言葉に未練は全く感じられない。葉茅の感覚からするとそこまで達観出来るものなのかとも思うが、権力争いのさなかにいるというのも疲れるだろうな、とは思う。


「それはさておき居所が探られてしまった以上、物件が傷ものになる一方だな」

「不始末をお許しください」

「仕方がないよ。ただ、これ以上君を集合住宅に置いておくのは限界があるな。今までは大目に見ていたけど、こうまで狙われては他の住人に迷惑をかけるだけだ」


 祖沖は肩をすくめる。脱走以後、シュウの身柄を預かってきた男でも商売まで損なうのは良いとは言えない。ただし、その代案についてもちゃんと用意していた。


「最近郊外に空き地ができてね。住宅用地だからそこに家を建ててみてはどうかな?」

「……流石に大工まではかけらにいませんよ」

「図面は私が引けるし、建材も手配はできる。あとはその通りに組み立ててくれれば良いさ。少なくともいちいち違う物件を手配するよりは楽だ」


 気軽に言いますねとぼやくシュウに、今まで楽をさせ過ぎてたからなと笑う祖沖。葉茅もにやりとしたが、自分もその一員であることを思うと笑って良い立場でもなかった。

 結局祖沖の案を受け入れた二人は店をあとにして家に戻り、ヌェジェの作ってくれた夕食を食べつつ今後の展望について会話を交わす。


「とりあえずその土地を見ないと始まらないな」

「そうですね。明日早朝に現地へいきましょうか」

「なんで朝なんだよ?」

「車を使えませんし、公共交通機関も通ってない場所ですから」


 車がないのはともかく公共交通機関を使うつもりがあるのかと本気で呆れる葉茅であったが、そうなると徒歩以外の代替案があることになる。何となく想像がついた。


「空を飛べる奴がいるってことだな」

「御名答。アイネ、出てきてください」


 すぐにシュウの背後から二対の黒い翼を生やした黒衣の女性が姿を見せる。黒一色の容姿ではあるが、これまでのかけらたちとは違い穏やかさを感じさせる。


「葉茅さんですね。私は翼の祈子アイネ。戦いや力仕事は不得手ですがよろしくお願いします」

「雰囲気からして荒事には向いてねえし、無理強いはしねえよ」

「助かります」


 穏やかに微笑む。遠い記憶の中にしかいない母親の姿を思い起こしてしまい、葉茅は慌てて首をふってそれを退ける。


「どうしましたか?」

「……なんでもねえ。だが、それならシュウも?」

「ええ、出せますよ。ただしアイネの翼を借りる形になりますから、出力は変わりありません」


 翼の浮力自体は変わりないが、シュウはかけらたちの力がある分持ち運びがしやすく、効率が良いらしい。


「そういうわけで明日は早いから早く休むと良いよ」

「わかりました……ときに葉茅さん、ちょっと疲れていませんか?」

「ん……? まあな、ここしばらくろくに休んでなかったし」


 そう言われてしまうと一気に疲れが押し寄せてくる。なんだかんだでシュウに迎え入れられて以後環境が良くなったからか、それまで抑え込んできた疲労が体に浸透し休息を要求し始めていた。


「無理は良くないよ葉茅。今日はもう寝たらどうかな?」

「シュウ、年頃の女性に入浴も勧めず寝たらいいはあり得ませんよ」

「風呂なんぞ後でいい……」

「駄目です。しっかり汗を流したほうが疲れも早く取れます」


 穏やかな態度を一変させて強く迫るアイネに面食らった葉茅は言われるがままにバスルームに連れ込まれてしまう。シュウはその間何処かで時間を潰しに行くと称して姿を消していた。

 翼を体内に引っ込めたアイネは手早く服を脱ぐと、葉茅の服も脱がせてシャワーで体を清める。


「刺客という身分では致し方ないのは分かりますけど、これからはもう少し気を配ってくださいね」

「また刺客に戻るかも知れねえぜ?」

「……嘘つきですね、本音ではもうあそこには戻りたくないのでしょう?」


 くすりと微笑む。そう言えばかけらたちも組織の中で存在を認知されていたはずである。


「そうですね。あそこに捕らえられていた間は良い記憶など全く無かったです。ただただ力を吸い上げられ、挙句の果てに無数の同志たちと残骸としてひとつに合成させられてしまいました……」

「合成?」

「シュウから聞いていないのですか? 私たちはデモンクルスを作るための材料にされただけです」


 組織の理想たる永遠の円環(ウロボロス)を体現する不滅の人造悪魔。それを作るために人も魔も区別なく力あるものを片っ端から材料として捕え、一つに凝縮し合成する狂気の実験は成功し誕生したのがデモンクルスである。


「ですが私たちも黙って材料にされたわけではありません。力を合わせて組織の傀儡として与えられた仮想人格を認めず、合成された皆が共通して意志を委ねられる一つの人格を生み出して主導権を握りました」

「それが、シュウか」

「ええ。そして彼を支えるために、余力を残していた十三のかけらが意志を表せない他の者を代表して顕現しているのです」


 アイネは手早く葉茅の体を洗って湯船に入れると、今度は自分の体を洗い始めた。


「お前は今に満足してるのか?」

「不満はありますよ。でも、それ以上にシュウはいい子ですから」

「子供扱いだな」

「彼は嫌がりますけどね」


 世話焼きが過ぎるとセレフトーからは文句を言われますけど、と笑うアイネにつられて葉茅も笑みをこぼす。少しずつ、こういう環境に馴染み始めている自分にはまだ気が付かない。


「着ていた服は洗濯機にかけましたから、あとで干してくださいね」

「それまで素っ裸かよ」

「私たち用の女性服がタンスに入ってますから、適当にサイズを見てください。肌着については後日ちゃんとしたものを買いに行きましょう」


 言われたとおりにタンスを開けると女性服がしまってあるところを見つける。自分に近いサイズの服を見繕って着て一息つくと、なんだか眠気がして横になりすぐにぐっすりと眠ってしまう。

 アイネが湯から上がって葉茅にブランケットを掛けたところでシュウが外から帰ってきた。


「ようやく落ち着いたみたいだね」

「相変わらず、はらわたの煮えくり返るようなやり口ですね。あの組織は」

「全くだね。利用できるものは全て利用する」

「……どうするつもりですか」

「変わらないよ。火の粉は払うけど火の大元を消すつもりはない」


 シュウは前と同じ言葉を繰り返したが、アイネはもう一言だけ添えた。


「言うべきことを言うべき機会に言えないと悔いを残しますよ」

「……戻っていいよアイネ。君の正論は今聞くと耳が痛いだけだ」


 シュウはそこで会話を打ち切り、アイネもそれ以上追求せずに影へと戻る。残された男は少女の頭をそっと撫でる。


「ゆっくり休むと良い。今までずっと耐えてきたんだ」


 シュウはそう言うと黒き翼を召喚し、自分と葉茅を包み込みそのまま眠りについた。


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