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私も君色に

作者: エルキングダム

 私はこの春から新社会人になった。

長い長い学生生活が終わったのだが、だからと言って何か大きく変わることは無かった。

ほとんど毎日通っていた大学が職場になっただけ。

周りの人の年齢に多少のばらつきが出ただけ。

責任感だの社会人としての自覚だの入職初日のオリエンテーションでさんざん聞かされたがこれと言って心にとめるものは無かった。

 私は医療従事者になった。

単純に国家資格を取っていれば職に困ることは無いと思っていたからだ。

実際にそれは正しくて、就活もすぐに終わったし私の周りも採用試験で落ちた人なんて聞かなかったぐらいだ。

大学4年間はそこそこに忙しくて、実習やら大量の課題やらでいつもバタバタしていた気がする。

国家試験が近づくと学校内の雰囲気も変わり、毎日朝から晩まで友達同士で勉強した。

国家試験を終えた今ならあの当時の私たちにこう言うだろう。

「そこまでやらなくても受かるからいっぱい遊べ」と。

大学4年間で一度も恋人ができなかった私はあの当時を振り返ると何をそこまで頑なに恋人を作らなかったのか不思議でならない。

別に男の子とかかわりが無かったわけではなく、何なら多いほうだったと思う。

現に友達だと思っていた人から告白されたことは一度や二度の出来事ではないし、勝手に期待されて勝手に離れていった男の子もいた。

私は単純に恋愛というものに向き合う気が無かったのだろう。

 新社会人になってもその考えに大きな変化はなく、多分恋人なんてものは出来ないものだと思っていた。

そんなときある同期の男の子と話すようになった。

初日のオリエンテーションでは一言も言葉を発さずに黙々と資料を読み続けているような人だったがなぜか目を引いた。

特別顔が整っているかと聞かれたら別にそこまでではないし高身長ではあったがまず話しても目が合わなかった。

私は彼に声をかけた。

「さっき言ってた社内用のアプリの登録できました?」

「あ、できてないです。」

「これ、見ながらやって良いですよ?」

「助かります。」

1つも私と目が合わないまま彼は作業を黙々と続けお礼を言ってどこかに行ってしまった。

なぜか去り際の彼の背中から目が離せなかった。

 翌日のお昼に私は彼と一緒に昼食を取ろうとした。

昼休憩に入る10分前から彼を見て逃げられないようにしていた。

そして昼休憩に入るとさっきまでそこにいたはずの彼の姿は無くなっていた。

私は慌ててロッカーに向かい彼の靴があるか確認した。

彼の靴は無くて、外出したことが分かった私は何故かお弁当をもったまま外に出ていた。

ごちゃごちゃしている駅前の通りに出ると、お昼休みの時間もあってか人であふれかえっていた。

私はきょろきょろとあたりを見回しながら歩いていたがなかなか彼を見つけ出せなかった。

ふと、我に返った私は自分が何をしたいのか、お昼休憩に外に出た彼にあったとして果たしてどうしたいのかを考え始めて途端に何だか恥ずかしくなった。

私は来た道を引き返すべく踵を返すとコンビニから出てきた彼を見つけた。

ほんの3秒前に冷静さを取り戻したはずなのに私は気づくと彼の背中を追いかけていた。

「ねえ。なにしてるの?」

イヤホンをしてスマホを見ている彼は私に気づいていない。

私は彼の背中を強めに叩いた。

「、、うわ。びっくりした、、。」

彼は本当に驚いた顔をしていた。

つけていたイヤホンは片方だけ外してスマホをポケットにしまってこちらを見つめてきた。

「何してるの?」

「何って。昼ごはん買いに来ただけだよ。あなたこそお弁当持って何してるの?お弁当あるってことは外に食べに来たわけでは無いよね?」

「わ、私もちょっとコンビニに、、。」

「お弁当持ってコンビニね~。変なの。じゃあ。」

そう言うと彼はまたイヤホンを付けて歩き出した。

これが彼と私がまともに初めて話したときだ。

それから何かとお昼を一緒に食べることも増え、帰りも駅まで一緒に帰ることが増えていった。

というか出勤が被ればほとんど一緒にいた気がする。

ちなみに彼のお昼はオレンジジュースとおにぎり2つのみでいつもよく夜まで持つなと感心していた。

 ただそんな関係はすぐ終わってしまった。

急に彼の態度がよそよそしくなっていって、気づけばお昼の時間になると彼はどこかへ消えて帰りの時間も不自然なまでに被らなくなっていた。

私は彼から避けられていたのだ。

避けられ始めた当初はあまりの態度の変わりぶりに自分の行いを振り返り何か彼の気を悪くするようなことをしてしまったのか考えた。

ただ何も思いつかず、こちらが歩み寄っても離れていくため次第に私も関わりを断つようにした。

お昼になれば私も違う同期の女の子とご飯を食べて、退勤した後はさっさと帰るようになった。

 彼と関わらなくなってから数週間たつと1つ上の先輩とよく話すようになった。

優しいし面倒見がいい先輩だなと思っていたが、自分語りが多くて男の後輩によく先輩風を吹かせている姿を見かけていた。

どうやら彼女も年下なようだし、年下が好きなのかもしれない。

先輩とよく話すうちに距離感がだんだんと近づいていることに気が付いた。

心の距離では無くて物理的な距離の方だ。

話をしているとボディタッチを自然にしてくるし、そもそも話すときに距離が近かった。

退勤のタイミングも良くかぶるようになり、先輩は自転車で出勤していたがわざわざ自転車を押して私と駅まで帰り駅とは真逆の家に帰っていた。

帰り道は特に距離を詰めてきて正直そこまで心地の良いものではなかった。

 ある雨が降っていた帰り道の日の話だ。

梅雨入りしたが私は行きで雨が降っていなかったため傘を持たずに出勤した。

理由は単純で傘を持って満員電車に乗るのが面倒くさいと思ってしまったからだ。

結局帰りに雨に降られてしまい雨の中フードをかぶって帰ろうとしていた。

着替え終わり更衣室から出ると先輩がいた。

先輩はいつも通り「一緒に帰ろう」と言い断れるわけもなく一緒に帰ることになった。

私がフードをかぶると傘が無いことに気が付いた先輩は傘に私を入れて歩き出した。

私はさすがに恥ずかしいし申し訳ないし、何より同期や上司に見られて変な噂を流されたくなかったため傘から出て歩こうとすると先輩は私の肩に手をまわして出られないようにしてきた。

「雨だし、フード被ってるし見られても気づかれないから大丈夫。」

そう言うと先輩はお構いなしに歩き始めた。

駅まで何を話したか覚えていない。

とにかく誰からも見られたくないのと、距離が近くて不快だったことを覚えている。

駅に着きやっとの思いで傘から出ると、あの同期の男の子がいた。

彼はちょうど改札を通るタイミングだった。

私は先輩にお礼も言わずに改札に走っていった。

見られたかもしれない。

変な噂を流されるかもしれない。

そんなことよりも彼に勘違いされたくない。

いや、そもそも噂だのなんだのはどうでもよくて彼にとにかく勘違いされたくなかったのだ。

帰宅ラッシュの時間帯の駅構内を私は必死に走った。

とにかく彼に会いたくて。話をしたくて。

人混みをかき分け、肩が思い切りぶつかり舌打ちをされながらも必死に走った。

ホームに何とかたどり着いてあたりを見回した。

だけど、彼の姿は無かった。

私は来た道をゆっくりとただただ何も考えずに引き返した。

 それから数週間たった。

相変わらず彼とは話せず、先輩の距離は近いままだ。

ただ、あの日の噂などが流れていないことから誰にも見られていなかったのだろう。

お昼の時間になると彼と他の男の子の同期はどうやら先輩にご飯に連れて行ってもらうようだった。

彼はまだ業務が残っているようで先輩に「先に行ってください」と声をかけていた。

彼以外の人たちは楽しそうにまとまってごはん屋さんに向かって行った。

彼は1人でパソコンと向き合っていた。

私は声をかけようとしたが、あの日の出来事が脳裏をよぎり足を止めた。

距離を空けられている彼になんて声をかければいいのだろう。

私が考えている間に彼はパソコンの電源を落とし足早に去っていった。

彼のことになると自分が自分ではないような気がしてならなかった。

ご飯を食べ終えてゆっくりしているとごはんに行った同期と先輩たちが帰ってきた。

みんな口々に「あいつ今日午後やばそうだな」とか「また食わせたな」とか話していて何のことかと思っていたら、同期の子が彼が絶対に食べきれないであろう量のご飯を毎回無理やり食べさせられているという話を笑いながらしてきた。

何がおもしろいのかわからなかったし、彼のことが心配になった。

午後の業務に彼の姿を見るといつも通り、少し猫背で、一見無表情で怖い印象があるけど笑ったら優しい笑顔で、少し目にかかった前髪の間から見える彼の表情は何ら変わっていなかった。

 業務終わり、着替えを済ませると先輩に話しかけられた。

どうやら今日は相当な残業があるらしく一緒に帰れないと言われた。

そもそも一緒に帰る約束なんてしたことが無いし、いつも勝手についてこられている感覚だったため私は特に何も言わずにその場を後にした。

駅について定期をかざそうとしたが定期が見つからない。

どうやら更衣室に定期を忘れてきたようだった。

一瞬切符を買って帰ろうかと思ったが明日の朝も切符を買うのがめんどくさいため戻ることにした。

更衣室に戻ると何やら話し声が聞こえてきた。

「お前あの子と最近全然話してないじゃん。前は付き合ってるみたいに仲良かったのに。」

「いや、そんな感じで噂になると向こうに迷惑かかりますから。」

「俺、こないだ雨の日に相合傘して一緒に帰ったわ。」

「仲いいんですね~。」

「向こうが仲良くしたいみたいだからしょうがなくね。あ、締め業務よろしく~。」

「お疲れ様です。」

私は咄嗟に近くの荷物置き場にバックを置いて隠れた。

先輩が部屋から出てきて、そのすぐ後に彼が出てきた。

私は彼がなんで距離を取ったのか、先輩や上司から私を守ってくれていたことに気が付いた。

彼は締め業務を済ませてまた更衣室に戻ってきた。

私は定期とバックを持つと職員玄関に向かった。

今日は彼と帰りたい。彼と話がしたい。また彼の笑顔が見たい。

近くの自販機でオレンジジュースを買った。

私が壁にもたれているとほどなくして扉が開いた。

彼は私の姿を見るなり何やら驚いた表情を見せた。

私はポケットからオレンジジュースを取り出して彼に投げた。

夏の夜をオレンジジュースが駆けた。

さあ、あなたと話したいことがたくさんある。

また私に笑いかけてほしい。

私はどうやら君に染まってしまったようだ。



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