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Playing Tag.

 聖女と出会ってレースを返却した翌日は何もなかった。

 さらに日を跨ぎ、仕事のために家から外に出ると、狐が足に絡んできた。例のごとく銀の毛が混じるやつだ。キャルメリアは狐を抱きかかえて、その場を駆け出した。聖獣が本来暮らすのは、自然奥深く。誰にも見つからないうちに、森へとこの子を帰そう。


 人間として並の能力を持つキャルメリアと、魔と戦える聖獣のどちらが運動神経がいいかなど愚問だ。

 キャルメリアが追い返そうと手を振っても、おそるおそるぽいっと投げても、ぽんと着地してすぐ戻ってきてしまう。


「森に帰っていいのよ。……むしろお願いだから帰って」


 ひらひらと視界を横切ったのは、蝶々だった。花があれば蝶々がいてもおかしくはない、ただおかしいのはその羽の色。小鳥やネズミもチチチ、チーチーと鳴きながらキャルメリアに寄ってくる。


「あなたたち、離れてよー!!」




 町の外まで走って聖獣たちを撒こうと努力したキャルメリアは体力を使い果たし、草の上に体を横たえた。


「はぁーっ、……も、動けない……」


 狐は物足りなさそうに首を傾げる。キャルメリアをつつく。もっと走り回りたかったらしい。遊びに付き合ったわけではないのだが。


 小鳥がキャルメリアの髪を一房咥えて飛び上がる。

 規則正しい蹄が聞こえて、今度は馬の聖獣かなぁと空を見つめた。


「キャルメリア!!」


 スティーフだ。誰か、死にかけてる人の意識を保たせるために呼びかけるみたいな、聞いたことない声。

 聖獣の何匹かはその勢いに()されて逃げた。行き倒れと勘違いさせてしまったのだろう。キャルメリアは片手を上げて無事を知らせた。


 彼女に銀色の聖獣たちが侍る。

 なにも知らない者が見れば、銀の小動物たちを体に乗せ蝶々が周囲を飛び回るその姿は神の御使いかと見間違いそうだ。キャルメリアを知るスティーフに限ってそんなことはない。

 膝をついて、がっくりと項垂れる。


「……何してるんだ、お前は」


「さっきまで、聖獣たちと追いかけっこをしててね、」


「ほら、立ちなさい」


 腕を掴まれて引き上げられるも、かくん、と崩れる。足から骨が抜けたみたい。

 凡人なのだから、スティーフのように鍛えてないキャルメリアが普段以上に運動したらこうなる。


「スティーフ、おんぶ。あとお腹すいたわ」


 薄目で睨まれる。

 しぶしぶながら、キャルメリアの体は地面と並行にして、スティーフの両肩に胸から腰まで体が沿うようにして抱えられた。荷物扱いにもはや文句を言う元気もない。

 揺れる目線で、黒髪を捉えた。ノウドがいることにすら気づかなかった。彼は咎めるようにしている。


「負傷兵を背負う真似をしなくても……」


「じゃあ教会までお前が運べ」


 簡単に青灰褐色(ブルーダン)の馬にころりと乗っけられてしまう。小さめの聖獣たちもわらわらと乗ってきた。


「教会に向かいます。座っていられますか?」


 支えがなくても馬の上でひとりで大丈夫か、と訊いた。キャルメリアは大丈夫です、と意地を張った。

 ほっとした様子で微笑む。馬につけられたサドルバッグから取り出した薄い箱をキャルメリアに差し出す。

 箱には “Timeless (朽ちない)Trinkets(装身具)” と刻印が入っている。これまた大きなお店でなんの買い物をしたのだろう。


「どうぞ、開けてください」


 中身は広げると上半身くらいすっぽり隠してしまえるほど大判のスカーフだった。絹を基本として端はレースで透け感もある。


「わぁ……」


 その一言と表情だけで、彼女の心に響いたのだとわかる。


「聖女カリナさまからのお詫びの品だそうです。俺も選ぶのを手伝わせていただきました。いまが使いどきでしょう」


 聖獣がまだ後をついてきている。町に入る前にこれを被っておけと。

 こんな貴婦人が使うようなもの、キャルメリアには分不相応だ、と思いつつも隠れ蓑は欲しい。贈り物であれば気になっても値段は聞いてはいけないだろう。


 頭に深く被ってもレース部分があるおかげで視界は良好だ。まるで花嫁のベールのようだとちょっとだけ思ってしまったのは失敗だった。顔が火照ってきてしまう。


「ありがとうございます。大事にします」


 それだけ言うので精一杯だった。

 ノウドが眩しそうに見上げてくる。馬に座る以上にどうしていいかわからず、スカーフを握っていた。


「馬のたてがみか、鞍の前の部分を掴んでいてください」


 たてがみを引っ張るのはかわいそうで、前橋(ぜんきょう)から生える突起(ホーン)に手を置いた。「歩きます」と前置きして手綱を引いてくれる。


「あなたがいなくなったと、ご両親がペリベイルまで駆け込んできたものだからスティーフも心配していたんですよ」


 両親は王城のあるペリベイル区画まで行き、騎士団寄宿舎にいるスティーフを頼った。彼は有無を言わさずノウドを捜索に連れ回した。強制されなくとも志願したが。


「すみません」


「これだけ聖獣が集まったのでは、町にいられなかったのはわかります。聖女さまにご協力を仰ぎましょう。そもそもは俺がレースを贈ったから起こってしまったことですし、申し訳ないです」


「レースは嬉しかったので、謝らないでください」


 弱々しく笑顔を作る。

 それきり、教会に着くまで彼は口を開くことはなかった。



 聖獣が町に現れれば人は騒ぐ。


「あれ、聖女さま?」


「はぁ? 聖女さまは黒いお(ぐし)だったろう」


 スカーフからこぼれる茶金の髪を見て人々は想像を膨らませた。


「でも、聖獣が……」


「護衛の騎士が黒髪だったということか?」


 聞こえてくる声には耳を塞いでやり過ごした。



 教会の一角で馬を止め、ノウドは手綱を離した。キャルメリアが馬から降りるべきなのはわかる。飛び降りるにも想像以上に馬上での目線が高くて、途方に暮れた。


「……どうすればいいですか?」


「俺の肩に手を置いてください」


 言われた通り伸ばした腕を、一本の道ができたとばかりに聖獣の一匹がぴょんと跳ねた。運悪く内肘に着地したうさぎのせいで、キャルメリアは突き落とされたように馬の上を滑る。スカーフが視界を邪魔して、地面に真っ逆さまかと覚悟

した。途中に顔をどこかにぶつけたと思ったが、定かではない。


 スカーフをめくる。かちりと合った黄緑の瞳。身を固くするキャルメリアの背中と膝裏に腕を回して支えてくれていた。


「すっ……すみません……」


「いえ」


 こちらは取り乱してばかりなのに、ノウドは不機嫌かと思うくらいそっけない。

 地上に降り立った。なけなしの体力で歩こうとしたが、強制的に開かれ続けた足が思う通り動かない。

 ふらついたキャルメリアに見兼ねてエスコート紛いのことをしてくれたノウドに失望されていないことを祈った。いつも優しい彼が、町の中に入ってからはガラリと雰囲気を変えて無表情だったので真意をはかれずにいる。

 話しかけてはいけないのかも。息が詰まりそう。でも悪かったと伝えるなら早いうちに。


「ほんとうにたくさんご迷惑をおかけしました」


「ーーは、いや」


 涙声の謝罪にノウドの心臓が跳ねた。

 ベールのように面を隠すレース越しでは細かい感情まで読めない。キャルメリアの伏せられたまつ毛が影を落として悲しそうに見えた。ノウドが片手で口元を覆い、その口角が下がり切っていることを自覚する。


「もしかして俺、怖かったですか」


「いいんです、怒るのも当然です……」


 怯えさせてしまった。キャルメリアの手を包むようにする。ノウドが冷やしてしまった。


「怒ってない。任務中はどうも仏頂面になってしまうようで……邪険にしているわけではありません、決して。要人護衛のつもりでいたら緊張でつい」


 青い瞳がきょろりと動いた。


「……なんの任務ですか? 要人ってどこに」


 ノウドがそばにいたのはキャルメリアだけだったはず。


「町では、聖獣を持つあなたは神の使いですから。羨望の目がすごくてお連れするにも気を遣います。あなたに危険があっては俺の責任です。スティーフにも言い訳が立たない」


 彼女を守るノウドだけがキャルメリアはただの町娘にすぎないことを知っているのだから。なにかあっても特別な力などで対抗できないことも。だから気を張りすぎて剣呑になってしまった、と言い訳をする。


「まさかそんな」


 キャルメリアがぽやぽや馬に揺られている間に、ノウドは誰も近づけさせないように警戒していた。


「俺が怒っていないことだけ、わかってもらえたら嬉しいです」


 きゅっと握られた指と氷も溶かしそうな笑顔で、キャルメリアはのぼせ上がりそうになった。


Playing Tag.

(追いかけっこ。)


聖女のパレードのときもノウドはキリッとしてましたが、キャルメリアが見た瞬間は苦笑いしたときだったので。

お仕事モードになると威圧出します。


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