Awaken.
翌朝にキャルメリアはまた変な目覚め方をした。栗鼠が髪の毛に絡んで巣を作るようにもぞもぞしていた。尻尾の縦縞に銀色が一本走っている珍しいリスだった。枕元では昨日の猫が丸くなってごろごろ喉を鳴らしている。
ーーなんか増えた。
また次の日には、兎が腹の上を飛んでいた。おかげで目はばっちり覚めた。これも銀色を身にまとっている。
偶然では片付けられない。
狐、狸、犬や鳩。毎日増え続ける銀色に、キャルメリアはどこからが夢なのかと混乱した。そのうち、動物たちはキャルメリアのそばを離れなくなっていった。
家を出るときについてきてはいけない、と言い聞かせるも、時間が経てばまた集まってしまう。
副社長、兼キャルメリアの父親に会社で注意されて、しまいには追い払ったりもした。彼らは愛らしいが、なによりも歩いていると道ゆく人に凝視されるのがとても苦痛だった。もともと注目を集めるのは苦手なのに。
しかも他人から聖獣だと指摘されてしまえば、引き連れている人間のキャルメリアが拝まれることすらあった。ひとりが両手を合わせれば、なんだなんだと後に続く。毎回脱兎のごとく逃げる。
キャルメリアが助けを求めたのは従兄のスティーフ。自分では動けないので、両親が彼を家に連れてきてくれた。
「よく集めたな、これだけの聖獣を……」
スティーフが銀毛皮の中から片腕でキャルメリアを釣り上げる。
「この子たち、聖獣なの? ほんとに?」
聖水と同じ色をその身に持つものが聖獣だ。聖女が世界各地にある聖杯を満たす。野生の獣が聖水を体に溜め込むことで聖獣へと変化する。聖水の性質をその身に宿すことでこの世の魔を打ち破り浄化する、世界の要だ。
スティーフは聖女との旅で何度も聖なる動物たちを目にした。しかし一度にこれだけの数というのはなかった。
「どれも聖獣にしか見えん。いまの状態のお前に会いたいとおっしゃる方がおられる。支度しなさい」
スティーフが丁寧にならざるを得ない相手が来るというのか。
従兄に引っ張られながら王都中央教会に着く頃にはもう、キャルメリアには銀の結界もしくはもふもふのイグルーができていた。
家にいてはどんどん聖獣が集まってきてしまい、キャルメリアの両親も困らせてしまう。
キャルメリアは王都教会にて保護された。
聖職者の寝床へ、と連れられたが聖獣を纏っているために個室では狭すぎる。
王都教会の聖杯を置いた部屋は普段ならば民衆に開放されているが、部屋を閉めることもできるということで一般人を締め出しそちらに移動させられた。
身廊や聖壇には人が入ってこられる。ここまで来る間に、キャルメリアは好奇の目に晒された。こそこそ声を潜める者も、騒ぐ子供もいた。それは多くの反応があった。もし聖獣を呼び寄せる状態が改善されないのであれば、この生活が続く。憂鬱でしかない。
「お家帰りたい……人がいっぱいいるの、見られるの嫌」
弱音を吐けば、スティーフには呆れられた。
「ほら、手でも握っとけ」
銀のもふもふの中に突っ込まれた手は、どこを探ればいいのか迷っている。だからキャルメリアのほうから大きな手を掴んだ。あたたかい。向こうはキャルメリアの指の冷たさにぴくりとしたが、ゆっくりと力を込めてくれる。呆れは表面に出しても、結局は歳の離れた従妹に甘い。
騎士服の袖から伸びる男の手。王都を離れたこともない軟弱に育てられたキャルメリアとは似ても似つかない。性差もあるが、一部の胝は割れてボコボコの手のひらが、壮絶な騎士の半生を表していた。
聖女の旅の護衛もしていた、戦いを知る手なのだ。
パレードの翌日にしっかり労ってあげればよかった、と反省する。
「もーっ、その子が困ってるでしょ? ほらみんなお家帰って。聖水あげるから」
数匹キャルメリアから剥がれたおかげで、薄くなった銀の壁の隙間から部屋の様子が見える。
聖女カリナは自前の聖杯を取り出し、垂れ流れる聖水を掲げた。床に染み込んでいるように見えても、透過しているだけで濡れたりはしない。
そんなペットにオヤツあげる、みたいな気軽さで聖水振り撒いていいのか。
しかし聖獣たちは一目散に聖水に集り、きゃっきゃと楽しんでいる。聖水なら聖女が持っているものとは別の、部屋に備えてある聖杯からも流れているはずなのだが、何かが違うらしい。
あっという間にキャルメリアに静寂が戻ってきた。
銀の壁がほろほろと崩れて、真っ先にパッと黒が見えた。
キャルメリアが泣きそうに見えたのか、すぐそばにいたノウドはふわりと微笑みかけーー真正面で見つめ合う。しかしこの距離はおかしくないだろうか? 手を握れと言い出したはずの当人はあっちにいて、腕組みしていた。
では抱き寄せていたのはノウドの手。
確かに、スティーフは「俺の手を握らせてやる」などとは明確にしなかった。キャルメリアの勘違いもありながら、「役得だろ」とでも言いたげなスティーフのウィンクが鼻につく。反省の気持ちが半減した。
スティーフから押しつけられたであろうノウドは被害者なのに、黙っているとはなんと優しいことか。
頬を染めて、そっと一歩下がる。頭を下げて手を離した。
「ありがと、う、ございます……」
「いいえ。俺が贈ったレースが原因かと思いますので、この場に呼ばれました。すみません、大変なことになってますね」
「このレースが……?」
キャルメリアの手がレースに触れる。髪を飾っているレースのまじないが聖獣を引き寄せるのか。目覚めをよくするレースが? と首をひねる。
一組の男女が近寄ってきた。
黒髪の女性がぺこりとしたので、キャルメリアもぺこりとした。
「はじめまして、カリナ・ロバーツです。私が作ったレースで迷惑をかけてしまい、申し訳ございません」
隣の男性はにこっとして「夫です」とだけ告げた。
従兄を見る癖そのままに隣を見上げると、ノウドが少し戸惑っていた。胸がきゅっとなる。しまった、ついやってしまった。
「あ、いえ…… キャルメリア・ヴァン・ホルンです。はじめまして」
いくらキャルメリアが人見知りだからといって、子ども時代より克服したのだ。初めてでも挨拶くらいは交わせる。ただ、ノウドのときは一目惚れした相手ということで緊張が限界を突破してしまっただけで。
「あなたに贈ったレースをお作りになったのは、こちらの聖女カリナさまです」
「聖女さま」
言葉を反復した。
「聖女さま?! がレースを……」
下手したら王族よりも重宝される存在が、なぜ平民と会話しているのか。
「はい。早起きのおまじないのつもりだったんですけど、選んだ言葉がよくなかったみたいで」
「おまじないとは、目覚めがよくなる効果……でございましょう?」
「そのレースに込めたのは『覚醒』です。……おそらく、あなたの眠れる力を覚醒させたのだと思います。力というか、『聖獣に好かれる』気質とかそこらへんかも……」
カリナは小柄な体をさらに縮こませた。
「それで、レースを一度回収したほうがいいかな、と思うんですが……」
ノウドからも謝罪されて、いいえ、と返事した。
「……かしこまりました」
髪にゆるく結わっていたレースを引っ張ると、するりと解けた。両手でカリナに差し出す。
「埋め合わせの品は、ええと……スティーフさんーー」
従兄は首を振って、親指ひとつでノウドを示していた。従ってカリナの言葉も移りゆく。
「ーーじゃなくて、ノウドさん? に、預けますね?」
スティーフが「はい」と先に答えて、ノウドが遅れて肯定した。従兄が「辞退するなよ」と視線を送るのでキャルメリアは反論しなかった。
「私は聖獣……おまじないから解放されたんでしょうか?」
カリナは自信なさげだ。
「こんなことは初めてなので、……わかりません。またなにかあったら来ますから、いつでも呼んでください。私は王都のロバーツ男爵家にいます」
カリナは夫に肩を抱かれた上で、含みのある笑みを向けられる。
「次からは快眠起床とか内容を具体的にしましょうねカリナさま」
「はいごめんなさい!!」
床から飛び上がって謝る姿は小動物のようだった。
騎士団の制服となんの変哲もない街娘では、断然騎士服のほうが目立つ。ノウドはキャルメリアを庇うようにして、家まで送ってくれた。
一時的に聖獣たちのまとわりつきから解放されても、近所の人々はキャルメリアを噂の的にした。彼女の姿形が広まってしまったから。
Awaken.
(目覚め。)