The Dove’s laces.
聖女は彼女を守り続けた騎士と想いが結ばれ結婚した。
王立第二騎士団の面々は聖女の回国の旅を手助けし、その幸運の花婿とたびたび関わり合った。それで彼らは式の参列を許された。聖女の護衛としてではなく、招待客として。彼らの結束は固い。
冬が近づけば、聖女は夫とともに王都を訪れた。夫婦は騎士団の寄宿舎まで挨拶に立ち寄る。
「ご無沙汰しております」
「ノウドさん、ご健勝ですか」
「はい」
聖女には一礼し、騎士同士では肩を叩き合った。
「みなさんに差し上げたいものがあるのですが、見てもらえますか?」
「……全員に、ですか?」
「ご家族にでも、友人にでもたくさんどうぞ。ちょっと手元にありすぎて困ってるんです」
「欲しいかどうか見てから判断してくれればいい」
彼女の夫、シャーロの言葉にわかった、と返しておく。
聖女が腰袋を開くと、色とりどりのレースが詰められていた。聖女にしか扱えない小振りの聖杯が埋もれている。いつも持ち歩いている袋に入れればいいや、とまとめたのだろう。多少大雑把なところは旅をしていたときと変わらないな、と笑みを漏らす。
聖女の持つ聖杯は世界唯一の秘宝ではあるが、窃盗の心配がないので扱いが雑になってしまいがちだ。
「ロバーツ家のレースですか?」
聖女が嫁いだロバーツ家の興りはレースによる。技術職人として会社を立ち上げ、子どもには糸巻き棒レース編みを習わせた。その流れで、嫁であるカリナもレース編みを習得しつつある。
「いいえ、私が個人的に作ったものです。リリ師匠によれば、売り物にはできないけれど友人に贈るぶんにはいいと許可をもらったので。おまじないも込めたんですよ」
ぴらりと引き抜いた色が、どうしてか見過ごせなかった。レースのほうから私を選んで、と訴えているようで。これとそっくりの、深い蒼の瞳をした人が知り合いにいなかったか。
「こちらは、どのようなまじないが?」
広げると、日に透けて見える。聖女は記憶を探ったうえで、夫に正解を尋ねた。
「ごめんなさいなんだっけこれ、シャーロ読んで?」
「 ……『覚醒』?」
夫婦が覗き込むレースのどのあたりが文字になっているのか、ノウドにはわからない。
「ああ、そうそう! 朝にすっきり起きられるようにって込めたんだった。逆の『安眠』とかもありますし、よかったら他のも見てくださいね」
次に黄みの強い緑色のレースを取り出す。これはノウドの瞳の色に近い。
「それは、……『勝運』だったかな」
いかにも騎士らしくていい。
「正解だ、カリナさま」
褒められて額にキスを受ける妻は微笑む。結婚して何ヶ月だったか。まだ結婚直前の恋人のような親密さは抜け切らない。
「ありがたくいただきます」
「こちらこそ、もらってくれてありがとうございます」
他の団員たちも群がっているなかで、ノウドはその場を離れた。
ノウドは遠巻きにしているスティーフに話しかける。
「キャルメリア殿に贈り物をしたら迷惑でしょうか?」
「いや、すればいいだろ。なぜ俺に訊く?」
「どう贈ったものか、どこに送ればいいのか。直接家に行くわけにも……」
「なら、あいつの職場に送ればいい」
親切にも屋号を教えてくれた。出版社のようだった。住所は自力で調べろと投げられたけれど。
翌日、プレゼント用の箱を選びメッセージカードを書き込んでインクを乾かしていると、スティーフが目ざとくやってきた。ノウドが選んだ青色のリボンを見られる。
「ふぅん。なんでこの色なんだ。ろくにキャルメリアの顔は見ていないんじゃなかったっけな」
「目を見れたのは一瞬であまり自信はなかったんですが、この色で合ってますか?」
動体視力は訓練と実戦で鍛えられただけある。
スティーフは無言で口角を上げた。
****
変わり映えのしない通勤路を歩いて着いた会社。いつもの顔ぶれと働いていたお昼だった。
「あなたにお届け物だよぉ、キャルメリア」
手渡ししてくれた同僚に礼を言って受け取る。業務の手紙などではなく、かわいらしい小箱だった。
先にメッセージカードの封筒を開いて、目を疑った。
ーー『目覚めがよくなるまじないの込められた品です。
朝に弱いと聞いた気がするので、使っていただけたら
と思いました。勘違いでしたらすみません。
よい一日をお過ごしください。
ノウド・スシュッテルト』
間違いではないかと、差出人を何度も確認した。
震える手で箱を開ける。
壊れ物でもないのに、クリンクル・ペーパーの敷かれた箱に収まっているのは、レースのリボンだった。
まじないの込められたレース、というのはよくわからないが、ノウドの手書きのメッセージに感動した。あの、キャルメリアがさりげなく話したことを覚えていてくれて、このようなプレゼントをくれた。
話しているなかで、優しくはしてくれるが恋愛として向き合ってくれることはないと感じていた。でも、これなら友人くらいにはなれるのではないだろうか。
終業時間までほんのり顔を赤くしていたせいで、同僚から熱があるのでは、と心配されてしまった。
目覚めのよくなるまじない、というので、寝るときに髪につけるべきなのか、枕元に置くべきなのか迷う。身につけたほうが効果はありそうなのだけれど、結び目でシワをつけたくない。決め切らないうちに、手に握ったまま寝てしまった。
ごろごろごろごろ。
振動とともに、重い石が転がるような音がしている。
ざり、と手の指を鮫肌で撫でられた。にゃあお、と猫が鳴く。
「……にゃーお?」
キャルメリア個人も、この家の誰も猫を飼っていない。ぱちりと目を開けると、足の先が銀色の猫が見下ろしている。
バネのように体が起き上がる。こんなに素早く目覚めたのは、何年振りか。
「猫なんてどこから?」
窓を開けたままだったらしい。
時間に余裕ができたので、レースを髪に編み込んで仕事に出た。猫におもちゃにされてボロボロにされてはかなわない。かわいい侵入者を家から出すことも忘れず、バイバイと手を振った。
****
ーー『綺麗なレースをありがとうございます。
使ってみた翌日に、枕元に知らない猫がいたんです。
びっくりしたおかげですっかり目覚めました。
おまじないってすごいですね!』
ノウド宛ての手紙には、嬉しそうな文字が踊る。
「……そういうことじゃないと思うが」
喉の奥で笑う。
たまたまレースを持って寝たときに、野良猫が部屋に入ってきたことなど、おまじないの範疇とは思えない。その猫が結果的にキャルメリアを眠りから起こしたとしても。
ーー『さっそく役に立ったようでよかったです。
戸締りにはどうか気をつけて。』
という返信をしておいた。
The Dove’s laces.
(聖女のレース。)
補足。
この作品では「聖女」に “Dove”という読みを当てているためにこういうタイトルになりました。
舞台を同じくする別の作品では意味がありますが、この作品ではあまり絡んでないので「せいじょ」読みで大丈夫です。
【Dove】純潔、(平和の象徴の)ハト
を語源にしています。