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She has a crush on you.

 飲み会の二時間前に家まで来いとの呼び出しに、なにも聞き返さずノウドは従った。


 スティーフの家に足を運ぶのははじめてだ。家屋を外から見かけたことはあれども、玄関を越えたことはない。招き入れられて部屋に案内されてからも用件を教えられず、置き去りにされた。


 やってくる足音は二人分。ノウドは顔を上げた。





 レディ・ファーストでスティーフが扉を開いてやったが、キャルメリアは彼の背後に移動する。

 部屋の中に待機していたノウドが立ち上がった。


「急に呼び出して悪かったな」


「いいえ、どうせ休んでいただけです。しかし酒を飲むのに先にお茶とは」


 騎士団の内でも副団長として中堅の部類に入るスティーフが、やや若年層のノウドに特別な相談があるとも思えない。


「俺の従妹がちょっとな」


「……そちらにいる?」


 男の体格に隠れていても、気配はだだ漏れ。真っ直ぐ前を向いたまま、スティーフは腕を組んで背後に忠告した。


「キャルメリア・ヴァン・ホルン。お前が話さないなら俺が言いたいように言うぞ、いいのか」


 おずおずと体を横にずらした女性は、目線をまっすぐ、相手の胸元あたりにとめてぺこりと頭を下げる。金髪が従兄よりも明るく見えるのは長さがあるからだろうか。


「ノウド・スシュッテルトです。キャルメリア殿? よろしくお願いします」


 ぱちりと目が合うと、一瞬で林檎色に染まる。のを確認できたのもわずかの時間。瞳の色は青だったようだが見間違えたかな、と思ううちにスティーフの背中に戻ってしまった。


「この通りだ」


「……どういう意味ですか」


「お前に一目惚れをした従妹は尋常でない人見知りだ。

 なんか知らんがずきゅーんだがばきゅーんだかどきゅーんだかキたらしい」


 ひた、とノウドの周囲の空気が固まった。


「〜〜〜〜!!」


 ーーすごく控えめに「きゅーん」と言ったのに。言ったのに!! 度の過ぎた誇張表現だわ!


 乙女心をこの上なく雑にぶちまけられたキャルメリアは無言でスティーフの背中をぽこぽこ叩く。悔しいことに彼の体幹はびくともしない。


「これほどやっても喋らないほどに内気なんだ」






 微妙な空気のまま円卓を囲んで座ったが、キャルメリアはスティーフの横にぴったりついて腕を掴んでいる。おかげで目の前の茶も飲みづらい。


 誰が誰に想いを寄せているのだったか、とスティーフの目も遠くなる。


「お会いしたことはないと思いますが、俺をどこで見かけたんですか?」


 ノウドからの質問にキャルメリアが隣を見上げる。わかっているだろう、と圧をかけてきた。


「昨日のパレードが初めてだろう」


 代わりに答えてやると、こくこくと頷く。普段王城のあるペリベイルと呼ばれる区画に建てられた騎士団寄宿舎で生活するノウド。キャルメリアがペリベイルまで訪ねることはなかったからノウドとも面識はない。


「もしあの群衆の中にいたのでは、ちょっと思い出せないですね……すみません」


 ふるふると頭を横に振る。


「聖女さまは見れましたか?」


 これを再び否定する。人の壁が厚くて。あと、ノウドのことしか頭になくて見れていない。


「それは残念でしたね。でもあの人混みでは仕方なかったでしょう。帰りは大丈夫でしたか?」


 今度は頭を縦に振る。意識はなかったが五体満足で家にいたのはそういうことだろう。

 はぁ、とこれみよがしに従兄のため息が聞こえた。


「キャルメリア。いい加減にしなさい。おまえは大人なんだから自分の言葉で話すんだ」


 腕からキャルメリアの手を剥がし、ぐいっと伸ばしたかと思えばテーブルの上に置かれていたノウドの手にかぶせる。両者にしびれが走った。


 ーー冷えてる。


 ーー?!?! ふゃぁぁ、あったか……い。


 正反対の感想が見えないところで交差した。


「がんばれよ黒髪フェチ」


 追加で一個爆弾を落として席を立つ。性癖がばれた。スティーフは彼女の歴代の片想い相手を把握している。好きになった男たちの共通点がそれだったのは彼には丸わかりだった。


「……っ……スティーフっ!」


 見捨てないで、とでも言う形相だったが、従兄は振り返りもしない。


「その声は覚えがあります。パレードでスティーフを呼んだのは、あなたでしたか」


 あのときは声が聞こえた後にスティーフが振り返り、列の一部の女性たちがひしめき合っていた。彼がウィンクをかましたせいだろうと苦笑いしたことがあった。従妹が見学に来ていたことまではわからなかったが。


 ノウドがふわっと笑ったので、呼吸が止まる。昨日の、大衆向けの作り笑顔と全く違う。こくりと頭を動かした。


「手が冷たい。寒いですか?」


 その一言でいまだに手が重なっていることに驚き慌てて引っ込める。これは、緊張しすぎて血流が悪いだけだ。

 ノウドがおもむろに上着を脱いで、「失礼します」とキャルメリアの背後から頭に優しく被せた。


「寒いのでしたらどうぞ。それから顔を見ないほうが楽であれば、それを使ってください」


「……お借りします。ありがとうございます」


 声が出た。視界が遮断されていると少し気が軽くなった。上着からの慣れない男性の香りにはドキドキするけれど。直接目を見てしまっては、石像になってしまう。


「スティーフは女性には優しいと思ってたんですが、意外な一面を知りました」


「私は女性ではありません。スティーフにとっては」


「いとこ同士よりも近しい身内だと?」


「はい。スティーフが年上なので、昔から私の子守りをしてくれてました。大きくなってからも朝は私が起きられないので、普通に寝室に入って起こしてくるし」


 妙齢の女性の寝室に成人した男性が立ち入ることは平民であっても家族以外では褒められたことではない。必然、キャルメリアからしても彼は男性ではない。


「あなたもスティーフには遠慮がなくいられる?」


「…………。ああ言うスティーフは、うなじフェチなんですよ。好きになる女の人はみんな肌が滑らかで首筋の綺麗な人ばっかり。足首にもこだわりがあるみたい」


「……ぐっ、……!」


 飛び出た暴露に、口に含んだお茶を喉に引っ掛けてしまう。こういう形で知りたくなかった先輩の性癖と過去の恋愛。


「そんなことまで話しますか……」


「聞いたことはないけど、首を出してる女の人の後ろ姿を、じーーって見つめてるからわかります。スティーフみたいなのを、むっつりっていうんですよね?」


 スティーフは女性に対して積極的で開放的なほうだとノウドは感じていたが、従妹の前だとこそこそしているのかもしれない。若い女性ならいやらしいと感じてしまうだろう。

 うなじ鑑賞をしてるだけで助平とは断言できないが。それだけでむっつりなのなら、世の男の何割が、女だとて変態になるのか。


 片目をつむるだけで軒並み女性の心をかっさらう男なのに、従妹にかかればすっかり形無しだ。


「ふっ……はは……!」


 笑うノウドを見たくて、キャルメリアは上着を彼の顔がみえるくらいまでめくる。この人の笑い声は好きだな、と襟を握っていた。キャルメリアの一目惚れだのフェチだのはいまの話で忘れてくれてますように。


She has a crush on you.

(お前のこと好きなんだってよ。)


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