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Loving you was easy.

 ノウドに与えられた期間は二週間。片道だけで一週間以上はかかる道のりのうえ、人探しまでしなければならない。


 もらった地図を広げれば、折り目は掠れて白くなっているし、ところどころ割れてしまっている。角もとれて丸い。年代物というだけでなく、何度も開いて閉じて使用したのだろう。


 手当たり次第に聞いてもそんな街はない、わからないと答えられた。地図にはホルンの文字があるのに。しかし手にした地図は古いものだ、と思い直して年配に限って聞き込むと、ホルンという町は二十年以上も前に魔獣の群れに襲撃され壊滅したそうだ。近くの街に分割統合され、オプレアリア小国から名前を消した。時と共に地形は変わり町まちは拡大縮小して原型を留めていないという。

 もらった地図がなかったら行き詰まっていた。


 発見した元ホルンの町は残骸しかない。

 約束の二週間になって、ノウドは王立第二騎士団団長宛に手紙を書いた。


ーー『クビにしてください。』


 キャルメリアを見つけるまで、帰るつもりはない。




 雑草たくましい元ホルンの町へ日参しながら、近接した町をしらみ潰しに練り歩くことが一週間ほど続いた。そろそろ捜索の範囲を広げるべきだろうか。

 ホルンのあった場所で、瓦礫は町長(メイヤー)の屋敷らしき輪郭を残していた。


 白いレースつきのスカーフをベールのように被る女性の後ろ姿に釘付けになる。


「キャルメリア殿……?」


 ぱっと後ろを向けばレースがひらりと舞う。暗い金の髪が揺れて深い青の瞳がぱちぱちとした。


「スシュッテルトさま」


 ノウドは馬を降りて彼女の目の前に立つ。


「ここにいてくれてよかった。ひとりですか?」


「あ、えと、デートに来て……あの、違、アルドゥール……」


 かすかに眉間に縦じわを作った。


「デート? ……いえ、関係ありません」


 ぐっと距離を詰める。


「あなたに感じていた安らぎ。これが愛なのだと、他人に指摘されてやっと理解した。いまさら遅いかもしれません。愚かな俺ですが、あなたに愛を伝えたいのです。お願いです、聞いてください」


 信じられない、と立ちすくむキャルメリアはやがてゆっくりと頷いた。


「キャルメリア・ファン・ホルン。

 あなたに手を握られた瞬間から、あなたのことしか考えていません。愛しています。どうか俺を受け入れていただけないでしょうか」


 考えるまでもなかった。キャルメリアには、ノウドしかいない。


「好きです。スシュッテルトさまが大好きです」


「……ありがとうございます」


 目頭が熱くなった。間に合った。今度は、間違えなかった。キャルメリアもつられたのか目が潤んでいる。


「ずっと私の片想いだと思っていました……」


「あなたに恋するのは難しかった。

 恋を飛び越して愛してしまっていたから」


 冷たい手のひらを取って、ノウド自身の頬に押し当てる。





「キャルメリア!」


 おじいさま、と振り返った。

 顔を真っ赤にして男に寄りかかる孫に、邪魔をしているのは自分の方だと気づき、咳をして誤魔化す。


「とりあえず、その青年を我が家に招待しよう。それでいいね、キャルメリア」


 ノウドと手を繋いだまま、はい、としか言えなかった。祖父が杖をつきつつ歩く。その後ろでこっそり聞いた。


「……デートというのは?」


「祖父との散歩のことです。男の人に声をかけられたらそう言えと……ごめんなさい、とっさに口をついて出てしまって」


 笑いを抑えて、ノウドの肩は震えていた。キャルメリアではなく、焦って勝手に嫉妬した自分の馬鹿さ加減がおかしい。


「それは、とても茶目っけのあるおじいさまだ」




 野に咲く花でも集めようとしていたのに、キャルメリアは花よりも大変なものを持ち帰ってしまった。


「お客さまには失礼だが、足が言うことをきかんものだから座らせてもらうよ。改めて、キャルメリアの祖父のアルドゥール・ファン・ホルンだ」


 椅子に座る老人の握手に応えてから一礼した。


「ノウド・スシュッテルトと申します。キャルメリア殿とは……交際を先ほど了承していただきました」


 あの会話を聞いていたのか、見てわかったのか、アルドゥールはおおらかに笑った。


「きみはいかにも武人だな。わしと通ずるところがある」


「俺は、……王都を離れて以降、無職です」


「スシュッテルトさまは騎士です!」


 キャルメリアの訂正をノウドは否定した。


「あの、いえ。キャルメリア殿を探し当てるのに二週間もらってたんですが、とっくに過ぎているので除籍されていると思います」


 無断欠勤で。

 聖女護衛まで勤め上げた光栄の騎士が、職を捨てた。

 キャルメリアはヒッと息を呑む。


「彼にここに遊びに来ることを教えていなかったのかい、キャルメリア?」


「スカエ・クロアにいるときは、スシュッテルトさまのお気持ちは私にないと思っていたの……。長く離れるし、その」


 スティーフにも伝言を頼んだけれど、従兄がなにか裏でしでかした気がする。


「俺が自覚するのに時間がかかってしまったばかりに、申し訳ありません」


「騎士の誇りを捨ててまで、うちのキャルメリアを選んだと……?」


 祖父はしんみりとあごひげを撫でている。


「剣はいつでもどこでも握れます。ですがキャルメリア殿は世界に一人です」


 二人の世界を作りつつある孫とその恋人に、アルドゥールはむずむずとする片膝を掻く。


「ありがたいことだ。まぁ、なんだね。スカエ・クロア王国に一度戻って騎士として義理を通しなさい。キャルメリアを連れていけば納得する人もいるんじゃないかね」


 例えば、祖父に「黒髪の男がキャルメリアを攫いにくる」と知らせをくれた孫息子だとか。


「そうしたいのはやまやまですが、キャルメリア殿は事情があってこちらへ来たでしょう」


 ノウドは気遣う素振りでキャルメリアを見下ろす。噂が完全に消え去るまで祖父と過ごす予定だったのに、戻るには早すぎないか。


「おじいさまがよいと言ってくださるのなら、私はスシュッテルトさまと帰ります」


「いいのですか」


「大丈夫です。すでに一ヶ月は過ぎましたし、聖獣も私に集まることはないので」


「オプレアリアにずっといてほしかったが、数ヶ月滞在してキャルメリアがもしこの地を気に入ったら、の話だった。

 孫の心を引き裂くことはできんよ」


「おじいさまと過ごせて楽しかったです」


「わしもだよ、かわいいキャルメリア。またおいで」


 必ず、と孫は約束した。





****




 いられるだけここにいてほしい、とキャルメリアはノウドを自室に留めた。


「スシュッテルトさま」


「ノウドと呼んでください。呼び捨てで。いいでしょう、キャルメリア」


 可憐な唇が、ノウド、と呟いた。


「かわいい。……キスしてもいいですか?」


 目を閉じて、ノウドに委ねた。羽根で触れるようにキスを落とした。それから唇でキャルメリアの上唇を挟み込んで何度も食む。もっとほしいと願いは伝わり、小さな口は舌を受け入れた。

 キスを終えて、キャルメリアは不思議な感覚に包まれた。初めてのはずなのに、すでに体験したことを繰り返したみたい。


「私、この感じ……どうして。夢そのまま……?」


 あの夜をなぞらえたノウドは目元を赤くする。


「実は、俺たちがキスするのは初めてではありません」


「え! いつ?!」


「宿で食事をしたときです。キャルメリアが酔っているのに気付かず……俺がむりやり」


「夢の中では私から、してたんですけど」


「……触れるだけのものは、そうでしたが。その後は」


「じゃあやっぱり わ、私から……ふゃぁぁぁ」


 キャルメリアの赤面が治まるまで、抱きしめられていた。

 ノウドは予約している宿に帰ってしまったが、明日は荷物をまとめてキャルメリアを迎えに来てくれるという。二人でスカエ・クロア王国へ帰るため。


Loving you was easy.

(あなたを愛するのは簡単でした。)


実質完結ですが、あと一日だけお付き合いください。



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