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“Good bye” and “Hello”.

 ノウドがはじめに訪れたのはキャルメリアの実家だった。

 なにか置き手紙らしきものでも、と期待したが何もない。玄関の鍵はしっかり閉じているし、中に人の気配もない。

 当人からではない『さよなら』の重みがじりじり増してゆく。


 次はーー教会。

 聖獣の心配がなくなった今、キャルメリアが行く理由もないはずだが、彼女が行ったことのある場所を確かめずにはいられなかった。

 これも無駄足だった。教会の中は静かで、彼女のかけらも残っていない。


 ノウドはポケットに入れっぱなしの黄緑色のレースを取り出した。聖女のまじないが込められた、自分の瞳の色をした細長いリボン。込められたのは「勝運」だという。

 ーーキャルメリア殿に力を与えたのなら、俺にも。


 彼女に関係のある場所を連想する。

 生活の基本は仕事と家の往復だと言っていた。そこから考えられる行動範囲は。


 彼女の勤め先に行けばなにかわかるだろうか。出版社はここからほど近い。

 受付に座った女性がにこりとする。


「すみません。こちらにお勤めだったキャルメリア・ファン・ホルン殿についてお聞きしたいのですが」


 ノウドが騎士制服を着用しているのも、信頼を得るのに役立った。この際権威だってなんだって利用してやる。


「キャルメリア・ヴァン・ホルンですか?」


「そうですが、そうではなく……。キャルメリア・ファン・ホルン殿を探したいのです」


 主張する男の額から汗が伝う。

 対応した受付は困惑している。


「ヴァンではなく、ファンだと教えられたんです」


 なおも言い重ねる。


「訛りの違いでは……?」


 そこで静かな声が割り込んできた。


「ヴァンとファンでは意味が変わってきますよ。スカエ・クロア王国ではヴァンと読みますがね」


 机に向かっていたひとりの男が、異議ありとばかりに手を挙げていた。眼鏡をかけて、細身で威厳はないが、口を挟まずにいられないほど知識に自信を持っていた。


「スナイク・スコス連邦国内、オプレアリア小国の一部地域で、名前に使われる『ファン』とは所属を表し、『どこそこ出身』という意味があります。例えば僕がタトロック・ファン・ペリベイルと名乗れば、『ペリベイル出身のタトロックという人物』となります」


 ノウドも、それまで話していた受付女性もきょとんとした。


「ホルンはオプレアリアに実在した都市ですよ」


「ではつまり、『ホルンという町出身のキャルメリア』であって……、スナイク・スコス連邦国にいる、のか?」


 天の啓示だった。男性の手を取って握手しながら頭を下げる。


「助かりました、ありがとうございます」


「古いけれど、この地図を持って行くといいでしょう」


 小さく畳まれた紙をノウドの手に乗せる。


「……お預かりします。必ず返しにきます」


 突然すみませんでした、と受付にも一礼していった。


「タトロック社長、いまのは……?」


「あの美男のなりふり構わない必死な形相見ただろ? 親戚になるかもしれないと思ったら、ついねぇ」


 頬杖をついて、彼の行く先を見送った。二十年前からお守りのように持ち続けていた地図も、さらっと渡してしまうほどには同情した。息子のスティーフが無茶振りをしているだろうから。





****





 国境をいくつか越えて、キャルメリアは父母とともにスナイク・スコス連邦国内のオプレアリア小国にやってきていた。


「やっと会えたな。わしがアルドゥールじいさんだ。キャルメリア、ああ、美しいなぁ、わしの孫は」


 初めて会う祖父の背筋は伸びていて、とても老人らしくはなかった。しかし髭をたくわえ、刻まれたしわが年齢を感じさせる。歩くのはゆっくりで、杖をつきながらの一歩を踏み出すたび固い音がする。魔に汚された怪我を繰り返した後遺症だと聞いた。

 父とそっくりの顔のため、初対面の気がしない。


「アルドゥールおじいさま、はじめまして」


 にこにこと頭を撫でるので、キャルメリアは小さな女の子に戻った感覚がした。

 父に送られてくる手紙で祖父の人となりは知れていたが、目の前にすると輪をかけて柔和だった。つい三年前まで魔を相手に剣を振り回していたというから傑物をイメージしていたのだが、これではそのまま好々爺だ。


 父と母は数日滞在して、キャルメリアが馴染めそうだと判断したのかスカエ・クロア王国に帰ってしまった。次はスティーフたちが来るらしい。部屋の空きが少ないから、一度に呼べなかったと祖父は悲しそうだ。家の世話をしてくれる手伝いが定期的に来てくれるとはいえ、祖母も亡くしているので人恋しいのだろう。


 祖父は毎日のようにキャルメリアを散歩に誘う。


「ミス・キャルメリア。デートに出かけよう」


 なんて、片目をつむりながら、毎回違う場所へ連れ出してくれる。祖母にもきっと日常的にそうしていたのだろう。スティーフのウィンク癖はここからきていたのか、と新発見だった。彼は七歳くらいまでホルンにいたから、祖父と過ごす時間も多かった。


 祖父と孫娘はのんびり歩いてホルンの跡地へ辿り着く。


「わしはちょっと向こうを見てくるよ。すぐ戻るから、キャルメリアはここにいてくれるかね」


 やんわりとした拒絶を感じて、キャルメリアは頷いた。伯父の一人、つまり祖父の長男はホルンの町に留まり魔と戦っていたという。おそらくその伯父が倒れた場所を見に行くのだ、と勘が働いた。だから引き止めることをしない。


「こんなところ誰も来ないとは思うが、もし男に声をかけられたら『デートに来ている』と答えなさい。わしのことはプラチナ・ブロンドのハンサムだと言うんだぞ」


 片目をつむりおどけているようで、心配している。すっかり色が抜けて、ブロンドの面影もない白髪をプラチナだと言い張った。


「おじいさまったら」


「ここいらはわしの古い家の庭だった。野草だらけになってしまったが、気に入った花があったら摘んで持って帰ろう。キャルメリアが家に飾ってくれるかね」


「はい。選んでおきます」


 祖父はしっかりした足取りで目的地へ向かっていった。

 風がひんやり冷たい。キャルメリアは大きなスカーフを頭からかぶって風避けにした。


“Good bye” and “Hello”.

(別れと出会い。)

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