表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

I have no clue.

「団長。押しかけてしまい、すみません」


 自身が所属する騎士団団長を務めるウクドリッド・ガウワーの邸宅に迎え入れられて、ノウドはしょんぼりとする。いつもは伸ばした背筋が侘しい。


「構わん。お前が憔悴するなどよっぽどだな。なにがあった?」


「既婚の団長にお伺いします。……俺は、これが恋なのか、なんなのか自信がありません」


 とくに政略ではなく、恋愛を経て結婚した彼に意見を求めたかった。ノウドが騎士になってから一貫して導いてくれている上司を。


「知り合った女性と、夜にいい雰囲気になったときがありまして。モノにできそうだからそう行動したのか、好きだから行為に至りたいのかわからずに中断して家に帰しました。彼女からは人伝(ひとづて)に別れを告げられてしまって」


 一歩ずつあゆみよりお互いを知っていこうとした矢先に、キャルメリアは消えた。


「彼女がいなくなったいま、寂しいとは思います。けれどこれが、友情を失ったからなのかとも思えるのです」


 もうずっと考え続けている。朝から晩まで、夢の中でも。


「失ったのが友情で簡単に諦めがつくのなら、相談にも来ぬだろう」


 友情に亀裂が入ったのなら、ノウドは話し合おうとするはずだ。決別するのでも、関係を修復するのでも恐れずに。

 それがなぜ二の足を踏むのか。

 途方に暮れた部下には多方面からの助言が必要かもしれない。


「女性側の意見も聞いてみるんだな」


 ウクドリッド団長は一旦退室した。帰ってきたときには、妻のニノンと、一組の夫婦がついてきた。


「ガウワー夫人」


「はい。よいところにいらっしゃいました。遊びに来てくださったカリナさまとロバーツさまもお連れしましたよ」


 カリナは会釈して、シャーロは片手を上げた。これもまた恋愛結婚をした夫婦だ。

 ウクドリッドは愛妻の手を握る。


「迷える若人に愛がなんなのか、教授してやってくれ、我が妻よ」


「あら。恋愛のお悩み?」


「恋愛……と呼べるかどうか。恋とは、それこそ焦がれるようでいて、短慮を起こすものではないのですか。キャルメリア殿とは……その……」


 恋であれば姿を見るだけで舞い上がるもの。話せばその日じゅう幸せになる。すぐにも好きだ愛してると口走ってしまいそうになるのでは。


「スシュッテルトさまは、刺激を求めてらしたのね。それも恋の形のひとつでしょう」


 キャルメリアに対しては、胸の高鳴りもわずかで恋というには物足りない。だからノウドはわからなくなった。


「わたしにとって、愛は『安心』です。

 ウクドリッドは、十年待たせても変わらずわたしを愛してくれていた。きっと不安にさせていたでしょうに、ちっとも変わらず。結婚してからはわたしが安心と感謝を返している番なのです」


 はじめは身分違いで引き裂かれた。ニノンが他家に嫁にいって、子を成せず出戻りしたところを口説いたが、傷心のニノンは聖職者となる道を選んだ。それでもウクドリッドは彼女が頷いてくれるのを待った。

 団長夫婦は美しく微笑み合う。


「私も、それはわかります」


 カリナが同調して、夫の片手をとる。


「私が異世界人だと知る前でも知った後も、シャーロは優しかった。何があっても揺るがず私を好きでいてくれました」


 だから全てを失くすとしても彼の胸に飛び込めた。


「そもそも、結婚したらドキドキなんて減るばかりですし」


 ちょっと悪いことを言ったかな、と夫を振り返るカリナ。彼はその肩を撫でて、気にせず続けて、と促す。


「もちろん、シャーロのことは大好きだし愛してます。でも、恋のような刺激はいつまでも続かない。シャーロといられて幸せだなって、それが増える毎日です」


 シャーロのまなじりが下がる。

 カリナがノウドとキャルメリアを見た時間は短いものだけれども、その範囲で言えることがある。


「教会で手を繋いでいたお二人は、相思相愛に見えましたよ。ノウドさんはキャルメリアさんを大切にしてるんだなってわかったし、キャルメリアさんはそういうノウドさんを信頼してぜんぶ預けてる感じがしました」


「大切にするのは当然です。彼女は女性ですし、俺は騎士ですから」


 シャーロが顔をしかめる。


「それ、街を歩いている全員に言えるか? ひとりで歩いている女の安全を心配していちいち声かけて家まで送るのか? 手を繋いで」


 道に迷っているふうだったり、異常だったら声をかけるだろう。でも、身体的接触などもってのほか。


「しない、それは極論すぎる」


「まぁそうだな。強い感情はなくても、その子といるときのノウドの気分はどうだ?」


「キャルメリア殿といると楽しい。何よりとても穏やかで、落ち着く。この繋がりを失くしたくない。

 だからこそ時間をかけて分かりあって、大事にしたい、と考えてきた」


「なぁ、それが愛じゃだめなのか?」


 わからない、とシャーロが頭を掻く。

 わからない、とノウドは首を振る。


「これは、友情ではないのだろうか?」


「じゃあ、その子から『好きだ』と告白されたら、友人としか思えないからって断るんだな?」


 ノウドが目を見開く。最初がスティーフからの暴露としてキャルメリアの好意を聞かされていたものだから、改めての告白など想定したことがなかった。

 では自分はなんのつもりでいままで彼女と接していた?キャルメリアの好意ありきで自分の行動に説明をつけるとしたら。

 彼女が想いを告げるときは、きっと震えているだろう。ラピスラズリの瞳で「恋人になってほしい」などと伝えられたなら、答えはなんとする。

 胸の奥が熱い。心臓がキリキリと絞られるように痛む。

 顔を覆って俯く。


「……うっ……わぁ……俺、……」


 馬鹿だ。

 初対面で顔をしっかり見なかったのに瞳の色だけは覚えていた理由は。

 不安そうにしていれば微笑みかけ、守ってあげたくなった。

 教会ですがりついてきた手を、もっと握っていたかった。安心させるために手を繋いでいたのに、心地よさを感じていたのはノウドのほうだった。

 それらの感情はとても友情などと呼べたものではない。


 恋をとうに超えた愛を自覚するノウドを、その場にいる全員が優しく見守っていた。


「上手くいくといいな」


 ウクドリッド団長は部下の肩を叩いてそう祈る。

 丁重に無礼を謝って、ノウドはガウワー邸を去った。




 翻ってスティーフの居場所へ向かう。

 ノウドが迫っても、今度は逃げられることはなかった。


「キャルメリア殿を取り戻したい。遅くてもいい、どうか想いを伝える機会をいただきたい」


 スティーフは椅子の上で足を組んでふんぞり返った。


「ではノウド・スシュッテルト。行動で示せ。二週間やろう。自力でキャルメリア・ファン・ホルンを探してこい」


「はっ。しかし『ヴァン』・ホルンでは……」


「名前しか教えない。探し人はキャルメリア・ファン・ホルンだ。今度は間違えるなよ」


 名前の綴りを間違えるなと言いたかったのか、彼女に関する選択を取り違えるなという意味か。

 とにかく飛び出した。

 情報はひとつのみで、彼女が向かった方角もわからずに。

 「名前しか教えない。」それは言い換えれば、名前だけでじゅうぶんな手掛かりであるということ。



I have no clue.

(わからない。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ