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Before I knew it.

こちらまでいらしてくださりありがとうございます。

完結までの間に軽い性的描写がある作品です。

 聖女がスカエ・クロア王国へ帰国なされた。

 

 魔からの解放を祝して、明日から祭りが始まる。キャルメリアの従兄のスティーフが祝賀のために大通りを練り歩くから見に来ればいいと連絡をくれた。

 スティーフ・ヴァン・ホルン。

 聖女の回国に付き従った騎士のうちのひとり。最後に会ったのは旅に出る前だから、キャルメリアはそれ以来姿を見ていない。


 ーーそっか、もう一年になるんだわ。


 彼の所属する王立第二騎士団の活躍はなんとなく噂できいていたが、あまり詳細にはわからない。いまどこの国にいる、と耳にしたときにはすでにその国を出立していたりする。

 祭り当日、キャルメリアは女性が多い場所を選んでパレードの列を待っていた。男性がいるところより安全だと思われたが、彼女たちの騎士たちを見る目を確認して、選択を間違ったかもと後悔した。

 馬上の騎士は見つけやすいが、人々の熱気がむわりとまとわりつくようだ。


「スティーフ!」


 声はかき消されていただろうに、従兄はこちらを向いた。澄まし顔だったのがにっこりとして片手を上げた。周囲の熱狂的なお姉さん方から嬌声が上がる。見目を整えたスティーフがサービス精神を働かせてウィンクをすれば、キャルメリアの視界は両側から背伸びするお姉さんたちの背中で埋め尽くされてしまう。

 その左右に揺れるわずかな隙間から見えた景色。

 青灰褐色(ブルーダン)の馬に乗った、黒髪の騎士が女性たちを翻弄する同僚に対して苦笑する姿があった。


 キャルメリアの心臓が激しくなる。脈動で悲鳴も耳に入ってこない。

 ぐいぐいと押し退けられて、背中がどこかの壁に当たった。


 場を盛り上げるための花吹雪が散る。

 何も混じらない漆黒の髪が白い儀礼服に際立っていて、





 ーーーーーー。


「キャルメリア、夕ご飯食べないの? お祭りで食べてきちゃったかしら?」


 母の声で自宅にいることに気づいた。何時に帰ってきたのか記憶がない。

 おざなりに夕食を済ませ、湯を浴びて、ベッドで目を閉じればあの黒髪が浮かぶ。

 居ても立っても居られず翌朝にスティーフの家へ突撃した。いつもなら低血圧で寝ぼけて朝からこんなにきびきびと行動できない。




 深夜まで酒を飲んでいたのだろう。もしかしたら寝ていないのかも。とりあえず湯を浴びたといった様子で、だらりと椅子に座るお疲れの従兄殿。


「よく来たな。昨日は祭りを楽しんだか? キャルメリア」


「黒髪の騎士さまのこと教えて」


 スティーフは重い泥のような身を起こして、従妹を眺めた。


「……そこは、『久しぶり』とか『おかえり』じゃないのか?」


「久しぶりおかえり長旅お疲れさま元気でよかったスティーフ。

 黒髪の騎士さまのお名前は?」


「うっわ、詰め込んだな。はいはい無事に帰ってきてやったぞ。

 黒髪って、俺と並走してた奴か」


 パレードにいた第二騎士団の団員で金髪や茶髪にも濃淡はあれど、あれほど見事な黒髪はひとりしかいない。

 従妹の瞳がきらりとする。


「ノウドだな。ノウド・スシュッテルト」


「スシュッテルトさま……」


 噛み砕いて舌に溶かすように呟く。

 さま付けするほどの身分でもないのだが、陶酔している。


「なんだ、惚れたのか」


 冗談だった。からかうつもりだった。

 でも、キャルメリアがいじらしく、それはそれはかわいらしく小さく何度も頷くので、本気度を知るや揶揄する気が削がれた。

 就職もしてなんとか狭いながらも人脈を広げて社会に馴染めているかと思ったが、キャルメリアは子供に戻ってしまったらしい。極度の上がり症で人見知りが治っていないころの従妹はこんな感じだった。

 他人がいるといつもスティーフを盾にして隠れてしまい、大人からは笑われていた。笑われるとさらに身を縮めてスティーフにくっつく。

 スティーフからしたら子供のお守りなど面倒で微笑ましくもなかったが、手のかかる妹だと受け入れていた。


「ノウドのどこらへんがよかったんだ?」


「わかんない。苦笑いに胸がきゅーんってなったの」


「はぁ……」


 ノウドは独身だし、恋人を持ちたいなども聞いたことはなかったが。キャルメリアが交際に漕ぎ着けるほどの男の知り合いはいないだろう。自力で恋人を作ってきたとしたら、彼女の父親が心臓発作に倒れる。スティーフだって悪い男に騙されてるんじゃないかと真っ先に疑う。彼女もとうに十九歳になるというのに。


 人一倍慎重な彼女がストンと恋するなんてこと、これまではなかった。相手は騎士だ。剣を振るっているときでもなく、苦笑いにときめいたというのは理解しかねるが。この勢いに乗せたほうが賢明だろう。なにより相手の男は手近の信頼できる友人なのだから。


「明日ここに来れるなら会わせてやる。俺たちはしばらく休みをもらってるからノウドを呼び出す。外に飲みに出る前にうちで話せるだろ」


 キャルメリアが顔を上げて、目を見開いている。


「いいの?」


 同僚と従妹を取り持つなど、結果を心配すれば気まずくないだろうか。


「当たって砕けるなら早いうちだろ」


 うっ、とキャルメリアは黙り込む。反論したかったが、己の人見知り具合を思うと玉砕することは目に見えていた。彼女の人生で、ほんのり片想いはしても報われることはなかった。

 近くでしっかりとノウドの姿を見れる、あわよくば一言ふたこと話せるだけでもいい。


Before I knew it.

(気づかぬうちに。)


舞台が同じ「擦り傷ですね絆創膏貼っておきます、とは聖女は言いません!」をもしお読みくださった方がいらしたらありがとうございます。

読んでなくても問題ありません。知らずにいらしてくださった方、むしろ興味持っていただけて嬉しいです。

ひねりもなくサクサクと進むお話です。


お話は手元で完結しており、毎日13時に予約投稿を設定しています。

全15話、最後までお付き合いいただけたら幸いです。


ちなみに「擦り傷〜」はこちらです。

https://ncode.syosetu.com/n9077hw/

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