第8話 ジャンキーは戦闘する
正午過ぎ、気乗りしないアリーを励まして長老宅に向かう。
長老宅の玄関先にはフルアーマーを着込んだ騎士達が数名並んで睨みを効かせている。
俺たちの到着に気づいた長老が家に招き入れる。
「長老、ご迷惑おかけします。もしかしたらもっとご迷惑をおかけするかもしれません」
そう言うと長老が小さな声で囁く。
「いえいえ、ウィリアムさんのお好きな様にして下さい」
そう言うとウインクをした。
長老宅の広間に入ると、すでにヘンリー・マルコシアスと思われる貴族がソファーにふんぞり返っている。
背後には顔色の悪い色白な従者が立っており、入室した俺とアリーを小馬鹿にしたような視線を投げかけたあと、フンと鼻を鳴らした。
着席してヘンリーを一瞥する。
アリーの言う通り家柄以外に良いところがない男なのだろう。他人を尊重する意志など一ミリも無く、尊大な態度だ。
俺はどうしようも無いジャンキーだが、だからこそキメている事が一つ有る。
他人を馬鹿にしないことと人の嫌がる事をしない事だ。
そもそも俺はどうしようも無いジャンキーであるからにして、自分を世界のヒエラルキーの中でも最も最下位だと思っている。
乞食だってジャンキーに比べれば真面目だし、障害を負っている人などを見かけると土下座して謝罪したくなるくらいだ。
生きる事が大変な人もいるのに、俺はヤクをキメ散らかしてふざけていただけなのだから。
と同時に俺が嫌うのはいわゆるヒエラルキー上位に立つ者だ。
なんなんだあいつらは。法律だのなんだのと他人を苦しめて生計を立てる変態サディストの集まりでは無いか。
前世にも政治家だの官僚だの、はた迷惑な連中が多くいた。
接した事もあるが嘘臭くへりくだってくる人間か、自分が特別な人間で有ることを暗に周囲に押し付けてくるはた迷惑な奴しか知らない。
尊大な態度のヘンリーを今一度観察する。
ぶくぶくと膨れ上がった腹、脂肪でたるみきった顎、ドブを一ヶ月煮込んだ様な腐りきった瞳。ダメだ。嫌いな手合だ。
もし三秒も目を合わせたらアリーの美しい瞳が汚れきってしまうだろう。
「どうもウィリアム・ホフマンです」
そう言うとヘンリーがでかい態度をよりでかくして言った。
「貴様か、私のアリアルと暮らしている下賤な男というのは」
私のってなんだよ。
「そうです。俺です」
ヘンリーは咳払いをして続ける。
「話は聞いていると思うが、アリアルは私の妻となる事になった。早々にアリアルを私の元に送り出すように」
アリーを横目で見ると、頷いて拳を握りしめ震えている。
「あのすいません、その件なんですがアリーは嫌だそうです。あと、俺も嫌です。なのでお断りします。スイマセン」
そういうとドブ貴族は一瞬固まったあと、下品な笑い声を上げた。
「はっは、下賤な者は冗談も下賤なのだな。つまらぬ。つまらぬな」
「いえ、冗談じゃありませんよ。僕ら愛し合ってますから」
そう言って俺はアリーの肩を強引に抱き寄せキスをした。舌を入れて、精一杯いやらしくキスをしてそれをヘンリにー見せつける。
アリーは一瞬驚いたようだが、目を閉じて満更でも無い表情を浮かべている。
「きっ、貴様!自分が何をしているのか解っているのか!この公爵家長男ヘンリー・マルコシアスを愚弄するというのか!」
「いえ、愚弄するも何も、俺は正直なんです。昨晩は一晩でアリーを三回抱きました。中に出しましたんで孕んでいるかもしれません。最高ですよ。本当にいい女です。残念でしたね。アリーはもう俺の女なんですよ」
ドブ貴族はプルプルと震えたかと思えば、キーーーーッという奇声を上げて水の入った樽を俺に投げつけた。
額に直撃するが痛くない。樽はテーブルに落ちてカコン、と間抜けな音を立てたあと、内容物がだらしくなくテーブルに広がっていく。
「ということで、ヘンリーさん、諦めて頂けませんか?肩代わりした借金は俺が雁首揃えて返しますから。200万ゴールドでしたっけ」
「そうだ!200万ゴールド、利子も払ったからな、220万ゴールドだ!しかし貴様、生きて帰れると思うな!捕らえろ!」
ドブ貴族が叫ぶと、長老宅の玄関を固めていた騎士たちが重そうな鎧をガタガタと響かせながら広間に入ってくる。
「あの、いいですか。生きて帰れないのはむしろ騎士の皆さんと、ヘンリーさん、あなたかもしれません。俺、結構出来ますよ」
「ふっ、野良犬風情が何を言うか!近衛騎士長のダイナーは元S級冒険者のドラゴン殺し!貴様程度の野良犬が生きて帰れるわけあるまい!」
かかった。俺はスキル交渉術【超級】を発動する。
頭の中でヘンリーの思惑と、俺が進めるべき方向が強くイメージされる。便利だ。
ヘンリーは部下の武力に絶対の自信が有るようだ。よってここで俺を叩き切って全てを終わらせるという非常に単純な考えを持っている。
そこで交渉術スキルが最も効率よく俺の思惑を達成する為の立案は意外性を利用する事だ。
通常ならこの恫喝でほとんどの人間が言いなりになるのだが、そこであえて逆の行動を取るというプラン。
絶対に自信のあるヘンリーは俺の挑発に乗るだろう。
最後はシンプルに武力でヘンリーの部下を叩きのめしてしまえば良いという寸法だ。
「じゃあ、俺がそのダイナーさんと戦って勝ったら、アリーとの結婚は諦めて下さい。約束してください。借金は2ヶ月以内に雁首そろえて返します。いますぐは用意出来ないので猶予を下さい。期日までに借金を返せ無ければアリーの事は諦めます」
「はっはっは、いいだろう、約束しよう!万が一にもあり得ないことだがな!」
「あとすいません。ここじゃ戦えないので、外で良いですかね」
「はっ、逃げようとしても無駄だからな!」
村人達に迷惑がかからないよう、長老宅の近くの森の中の広場に移動する。その間、クソ貴族はブツブツと恨みごとをつぶやいている。
「じゃあ、このあたりでどうでしょう。一応死なないようにやるつもりですけど間違って殺しちゃってもお互い文句は無しって事で。あと危ないんで皆さん下がってて下さい」
「くどい!とっとと始めろ!」
ダイナーという騎士が剣を抜いて構える。身長2メーターは有るだろう。
鎧の下に鍛え抜かれた肉体が包み込まれているのを感じる。さすがに騎士だけあって、盗賊や奴隷商などとは風格が違う。恐らくかなりの強敵だろう。
ダイナーがこちらに突進してくる。
重たい鎧を着ているにも関わらず、軽々と俺の元にたどり着く。
ダイナーが正確に俺の首元に剣を振るう。巨大な両手剣が羽の様に軽々と俺の首を狙う。
カラドボルグで攻撃を受けると鋭い金属音が響き渡ったのち、1メートル程度吹き飛ばされてしまった。
ダイナーはかなりのやり手のようだ。
しかし、俺はいまいち自分の実力を把握しきれていない。過去に盗賊とやりあった事を思い出すと、なんとでもなるのでは無いかという妙な自信が有る。
ひとまずダイナーの盾に向かってカラドボルグを振り下ろす。強い衝撃がダイナーを襲う。しかし、ダイナーの盾は攻撃を防ぎきった様だ。
鑑定スキルで見ると、ダイナーの盾には防御【強】のスキルが付与されているようだ。
俺の攻撃によりダイナーの背後の森が数十メートル裂けてしまったが、ダイナーは10メートル程度吹き飛ばされはしたものの、すぐさま立ち上がり体制を整えると再び剣と盾を構えた。
「やるな小僧。久々に俺も本気を出せるかもしれん。本気で打ってこい!」
ダイナーは余裕そうな笑みを浮かべて手招きをする。
あんまり本気で攻撃すると周囲の環境をズタズタに破壊してしまう可能性がある。村人達に迷惑はかけたくない。
カラドボルグを振り回していると村を壊滅させてしまいそうだ。ということでそこら片に転がっている石を拾う。
スキル:投石【レベル3】を発動する。
先日の盗賊たちを投石で倒した結果スキルレベルは2に上がり、その後ネタとしてスキルポイントを投じてみたので現在のスキルレベルは3だ。
どれくらい威力がましたか試してみたい。
ダイナーの剣に向かって石を投げると、先日の投石攻撃の三倍程度の速度と勢いで石がダイナーに向かっていく。
石が空気とぶつかり、まるで新幹線がトンネルに突入したときの様な強い爆音が響いた。
石はダイナーの剣を直撃し、ダイナーの手から離れた剣がくるくると軌道を描き、ヘンリーの目の前に突き刺さる。
石はダイナーの後方を変わらぬ勢いで飛び続け、やがて遠くの山の山肌の岩にぶつかるとそれを粉々に砕いてしまった。
こんなシーンを前世で見たことがある気がした。たしかド●ゴン●ールだったと思う。
どうせなら山に穴が空くくらい投石を極めてみたい。
俺は全速力で手首を抑えているダイナーの元へ駆け寄り、首元にカラドボルグを突きつける。
ダイナーは両手を上げた。
「降参だ。こんなのやってられるか!小僧、お前どんな怪物だよ。お前に比べりゃドラゴンだって鳩みたいなもんだぜ!?」
俺はヘンリーの方に向かい、ヘンリーの真正面に突き刺さった剣を抜いた。
「さあ、約束ですよ。2ヶ月以内に借金は返します。ということで、これに拇印を押してもらえますか?」
昨晩アリーと共にしたためた念書をヘンリーに突き出す。
アリーの話によると、この世界の拇印には絶対の約束が保証されるとのことだった。
前世日本でも契約の概念は有った。それと同様だ。約束を破った場合は然るべき刑罰を受けることになるのだ。
ヘンリーは青ざめて震えている。ストレージからペンと小さなナイフを取り出してヘンリーに手渡す。
観念したヘンリーは念書にサインを書いて、ナイフで親指をそっと傷つけて拇印を押した。
「ありがとうございます。では、2ヶ月以内にきっちり借金はお返ししますんで」
「くっ…」
ヘンリーは足元の石ころをけると踵を返した。ダイナーが兜を脱いで俺に手をふった。
「小僧!最近怠けていたから今日はやられちまった。またやろうぜ!」
「ご遠慮しておきまーす」
正直かなり力をセーブした。本気を出せばダイナーも挽き肉だろう。そんなのはご遺族に対して申し訳無さ極まりない。
とりあえず当初の目標は達成できた。
何が何でもヘンリーに念書を書かせるという事が目標だった訳だが、残る問題は借金の返済である。
借金をチャラにしようと思えばそうすることも出来た訳だが、借金をわざわざヘンリーに返すというのはアリーの希望だ。
そもそも借金は自分の父親が負ったものであり、本来であれば自分が返済するべきものだという理由だ。
ヘンリーに借りを作るのも絶対に嫌だし、ヘンリーの支払った金で自分が自由になるというのも許せない、というのがアリーの考えだった。
一騎打ちのあと、長老に礼を告げる。長老は上機嫌にサムズアップして言った。
「本当に若さとはすばらしいものですな!私ももう少し若ければ!」
帰宅してソファに座りこみ伸びをしているとアリーが隣に座る。
「ねえ。もう一回」
「何?」
「最後まで言わせないで」
アリーは頬を赤らめている。そうだった、今日俺は強引にアリーにキスをしたのだった。舌を入れて、とびきり卑猥なやつを……。
思い出して悶々としていると、アリーが強引に俺の頭を掴んでキスをした。
柔らかい舌が口内に滑りこみ、甘い唾液が絡んだアリーの舌が俺の舌と絡み合う。
「ねえ、今晩も三回私の事を抱くのかしら。それで最高ですよ、とか言っちゃうの?」
「いや、あれはその、ちょっと勢いが付きすぎてさ。事故だね」
「そうなの?別に嫌じゃないし、むしろちょっと嬉しかったわ」
そういってアリーは俺の額にキスをすると、お風呂を沸かしてくる、といって足早に立ち去ってしまった。
さて、次の課題は借金の返済だ。220万ゴールドは日本円にして2億2000万。
末端価格で覚醒剤20キロ程度。乾燥大麻にして40キロ程度といったところか。
こんなのヤクでも捌かなければ返せる額ではない。しかしだ。ヤクを捌けば意外と簡単なのでは無いだろうか。
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