第7話 ジャンキーの同棲生活
ポルケ村の暮らしは順調そのものだ。自然豊かでさほどすることもなく、平和そのもの。
俺はアリーから色々とこの世界のレクチャーを受け、大まかにこの世界の事を理解する事が出来た。
特に一番の疑問がスキルのことだ。俺が詳細を聞くと、アリーは俺に一冊の本をくれたのだった。スキルについて書かれている本だ。
その本を読む限り、スキルは俺が想像していた以上に多岐に渡り、長いスキル研究の歴史の中でも全体像を捉える事は難しいらしい。
俺のスキルは全て【超級】となっているが、初級からスタートし鍛えることで中級、上級、超級とレベルアップしていくものらしい。
しかし、鍛錬を積んでも初級から上昇しない場合も有るらしく、謎が多い。
通常スキルは俺の様に広範囲に取得するケースは非常に稀で、スキルを3つ持つ者は非常に珍しく、4つ以上の者など希少中の希少らしい。
また、スキルが発現する条件についても未知が多いと書かれている。
基本的にメインのスキルに対して、スキルを利用するか、スキルポイントを使うことにより伸ばす事が出来るスキルが複数ある。
それは枝分かれしておりスキルツリーと呼ばれるものだ。
例えば俺の戦闘スキルの中には投石というカテゴリーのスキルが有り、先日投石で盗賊を始末したことによりこのスキルが開放され、レベルが上昇している。
他には剣術、斧術など武器に応じたスキルや、中二病っぽくて恥ずかしい名前の必殺技っぽいスキルも複数ある。俺は戦う時に絶対に必殺技を叫ばない事にキメた。
アリーにどんなスキルを持っているのか質問したところ、秘密よ、恥ずかしいもの、と言われ教えてもらえなかった。鑑定で見れないか試してみたのだがよく見えない。
本には、一定以上レアなスキルは鑑定のレベルを上げないと見ることが出来ない、と書かれていた。
他にもスキルの隠蔽を行うことでもやはり鑑定で知る事が出来ないケースも有ることが解った。
しかし、鑑定のスキルは今の所俺が知りたい情報は解るし、他人のスキルを覗き見するのも申し訳無い気がする。
ポイントは他のものに割り振るべきだと考え、育成スキルを中心にスキルポイントを割り振った。
そんな感じで色々とこの世界に馴染むべくアリーの指導を仰いでいるが、ポルケ村の人々は素朴で優しく過ごしやすい。
これだけ自然豊かでマリファナが自生しており、更に法で罰せられないとなるとギスギスした気持ちで過ごすことの方が難しいかもしれない。
大麻喫煙者達は口をそろえて、もし一国の首脳がキメちゃんだったら絶対に戦争は起こさないと言う。
前世日本の近隣にはヤバい独裁者みたいな奴がゴロゴロいたが、連中も大麻を吸えば良いのに、と俺も真剣に想っていた。
それはそうと新居の準備はそれなりに大変だったが、アイテムストレージにすべて収まってしまうので日本の引っ越しに比べて疲れることも無かった。
幸いそれなりに金は有ったので家財道具などを揃えるのにも困らなかった。
多少苦労したといえば掃除くらいのものだ。
昼は農作業とアサの栽培に精を出し、夜はマリファナを吸って温泉に浸かり(ポルケ村における風呂はすべて温泉だった)、アリーとたわいない話をして、異世界生活は想像以上に平和で穏やかだ。
もう、半月は経っただろうか。
過酷な残業も連勤も無い。マリファナは合法。
可愛い女の子が世話を焼いてくれるし、村人からはまるで英雄の様にチヤホヤされる。最高だ。
しかし、そういった事実が問題とも言えるのだ。
あまりにも平和過ぎると、それはそれで退屈するものだという事を俺は始めて知った。
過酷な残業漬けの日々を再び送りたいとは一切思わない。
しかし、人というのは何かそれなりに自分に負担をかけないと退屈なものなのだ。
それに、俺以外の村人は皆、自分の仕事に精を出しており、なんだか自分がダメ人間の洋で尻がムズムズするということもある。俺はジャンキーだったが怠け者では無い。
アッパー系ドラッグを栄養ドリンク剤代わりにテキパキシャキシャキと働く労働者階級なのだ。
成り行きで居着いてしまったこの村だが、俺も己の労働によりこの村に貢献したい。
一種の愛村心とも言える感情が芽生えて来たのを感じる。
昼食後、庭のベンチでアリーと日向ぼっこをしながらそんな事を考えていると、庭の塀の向こうから長老の声がする。
「ウィリアムさん、アリーさん、大変ですじゃ!」
家に村長を招き入れる。
「どうしたんですか長老。何か困りごとですか?」
「実はですな…、サイノニアからある人がやってきまして。えーと、確かヘンリー・マルコシアスという貴族の方です」
村長がそう言うと、アリーがお茶を乗せたお盆を落としてしまった。不安そうな表情で固まっている。
「で、そのヘンリーとか言う人物はなんと?」
「はい、アリーさんのお父上の借金をすべて肩代わりしたので、アリーさんを妻として迎えに上がったと……」
「なるほど。その人は今どこに?」
「もうお帰りになられました。明日の午後また来るので、アリーさんを呼ぶように言われましてな……」
「了解しました。とりあえずアリーは今あんな感じなので、ちょっと話を聞いてみます。なんだかご迷惑おかけしました」
「いえいえ、明日の午後、私の家に来るようにとの仰せでしたので」
そう言うと長老は焦った様子で帰っていく。アリーをソファに座らせ、話を聞く。
「なあアリー、そのヘンリーとか言うやつ、どういう奴なんだ?」
「マルコシアス家は公爵家で、ヘンリーはその家のぼんくら長男よ」
先程のアリーの様子からしても、そのヘンリーとやらの来訪はアリーにとって好ましく無い様だ。
「察するに、アリーはそのヘンリーとか言うやつと、結婚はしたくないみたいだな」
「そうね、家柄以外に取り柄が無くって、嫌味で趣味も性格も悪くて、顔も悪くて、公爵家の長男って事以外に良い部分は全く無い、そんな感じの男なの。絶対にイヤ。それにあの男、私の事をいやらしい目でジロジロ見るのよ。お父様の付き合いで顔を合わせる機会が有ったんだけど、私に執着してきて、しつこいの」
なるほど。耳が痛い。
苦せずしてチート級の能力を手に入れたことだけが取り柄の俺には耳が痛い話だ。
「うん、解った。とにかくアリーはその男と結婚するのはイヤなんだな」
「絶対に……、嫌」
俺も嫌だ。平和な村で共に暮らすしっかり者の美少女がどこぞのアホ貴族の小倅に取っていかれるのは好ましくなさ極まりない。
「解ったよ。で、借金の肩代わりの件だけど、金を払えば全部解決なんじゃないか?親父さんの借金はいくらだったんだ?」
アリーは大きくため息を付く。
「200万ゴールドくらい…、だったと思う」
俺の総資産約14万ゴールドの10倍以上か…。日本円にして約2億円か。覚醒剤末端価格で20キロ程度。
コケインでも10キロ程度。コンドームに詰めて飲み込むのは無理な量。
それだけの金額を用意するのは容易では無いだろう。ヤクでも捌かない限りは。
「よし、なんとかしよう。ていうかなんとかするしか無いよな」
「でも、悪いわ。ただでさえウィルには色々としてもらってるのに。これ以上迷惑はかけられない」
そう言うとアリーは拳を固く握りしめた。
「でも、嫌なんだろ?じゃあなんとかするしかないじゃないか」
アリーがうなずく。
「まあまあ、俺としてもアリーには色々と感謝してるんだよ。今の暮らしは凄く楽しいし、アリーが居なくなるのは寂しいし悲しいからな」
そう言うとアリーは俯いて静かに涙を流した。
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