第6話 ジャンキーと大麻畑
風呂を上がると、長老に遭遇した。
「若いことはすばらしいですなあ」
などと言われて照れる。
何も無かったなどと言っても仕方なさそうなので開き直っていたが、まさか寝室までアリーと同室とは思わなかった。
しかもご丁寧なことに、シングルのベッド2つがピッタリとくっつけられている。
長老に寝室を別にしてくれるように頼もうかと思ったが、長老なりの気遣いかもしれないと考えるとそれも失礼な様な気がしたし、女一人も抱けないチキン野郎、などと思われては俺の股間、いや、沽券に関わるのでそのまま寝ることにした。
案の定ベッドに潜り込むとアリーが俺にくっついてきた。俺の胸元に顔を寄せているので髪から良い匂いがする。
悪い気はしない。しかしだ。おかげでぐっすりと眠ることも出来ぬまま、けたたましい鶏の鳴き声で目覚める羽目となった。
俺に抱きついて眠っているアリーの顔を眺めていると、小さな唸り声を上げてアリーも目を覚ます。
風呂に入って清潔になったアリーは益々美しい。
俺と目が合うなり優しい微笑みを投げかけてくる。久々にざわざわとした感情が胸のあたりを締め付けてくる。
16才に若返った健康な肉体が盛大に股間にテントを張っている。
血流の馬鹿野郎!
照れくさいので勢いよくベッドから起き上がっておはよう!と叫ぶ。
着替えを済ませて、長老の奥さんが作ってくれた朝食を頂く。食事を済ませて長老と一緒にアサの畑へ向かう事になった。
アリーを誘ってみたが、長老の奥さんと共に村の空き家へ向かい、掃除や準備をしたいとのことだった。
ポルケ村の外れの方には膨大な敷地で農業が営まれている。
「畑、広いですね」
「ほっほっ、こんな田舎では農業や林業で生計を立てるしか有りませんからの」
食事を頂いた時からうっすら気づいてはいたが、畑で栽培されている作物は俺がかつて生きていた前の世界とどれも似たようなものばかりだ。
大根や人参、トマト、キャベツなど、どれも見覚えのある作物ばかりだった。もしかしたらちょっと呼び名が違うくらいで、同じなのかもしれない。味は同じだった。
「着きましたぞ、ここがワシのアサ畑です」
そう言うと長老は背の高い植物が栽培されている畑を指差した。甘い香りがぷんぷんと漂っている。五本指の様な葉が風に吹かれてサラサラと音を立てている。完全にマリファナだ。
早速、この中で効き目の強そうなアサを選別する為に鑑定スキルを発動する。
(アサ:薬効【弱】) (アサ:薬効【弱】) (アサ:薬効【強】) (アサ:薬効【中】)と、一本一本のアサの強さが理解できる。
「長老、何本か枝を頂いて大丈夫ですか?」
「ほっほっほ、構いませんよ」
アリーと住むことになった空き家には小さな畑が有るらしい。その畑でより効果の強いマリファナを栽培してやろうと画策していたのだ。
鑑定で見てみる限り、最も効果の強いアサには【強】と表示されている。【強】のアサの雄株と雌株の枝をナイフで切り取り、紙に包む。このアサの生態が地球の大麻と同様であれば、枝が有ればクローンという技法で枝から根を生やす事ができると見ている。
クローンを行い、効果【強】の雌株と雄株をかけ合わせることで、より強い効果の強いアサを生み出す事ができるのでは無いかと考えたのだ。
「ウィリアムさんは目利きですな。ワシの長い経験からして今選ばれた雌株はこの中でもひときわ強力なものと見受けます。どれどれ」
そういうと長老は効果【強】の雌株の匂いを嗅いだ後、花弁をいくつか摘み取った。
「さて、もうよろしいですかな?よろしければ村の中を案内致しますよ、いかがなさいますかな」
「はい、お願いします」
畑を後にして他愛ない会話をしながら長老と共に村の中心部へ戻る。長老の家の正面、村を横断する大通りにたどり着いた。
「昨日は村にたどり着いたばかりで、色々とご存じないでしょう。こんな村ですが、中心部には店もあります」
質素な感じでは有るが、店が数件並んでいる。八百屋、魚屋、肉屋、雑貨屋、服屋、酒屋、服屋、武器屋、薬屋、などなど、生活に必要な店は最低限揃っているようだ。
なんとなく品揃えが気になり雑貨屋に入ろうとしていると、肩を叩かれた。振り向くとアリーと長老の奥さんが立っている。
アリーは流石に昨日着ていたボロボロの服を処分したようだ。
他の村の女性が着ているような、綿や麻などのざっくりとした粗目の生地で作られた服を着ている。ぼさぼさだった髪も綺麗に整えられている。ボロボロでも美少女だったが、身なりを整えるとますます美しい。
「服、いい感じだね」
「ありがとう。可愛いわよね。動きやすいし。私こういうの着るの初めてなの」
そう言うとアリーはスカートの裾をたなびかせてくるっと一回りしてみせた。
冷静に考えると、今日からアリーと生活をともにすることになるのだ。
うら若い美少女とこれから一つ屋根の下で暮らすことになる訳だが、喜ばしい気持ちもありつつ、不安な気持ちも強い。
前世の俺は別に童貞という訳では無いのだが、ある女性と付き合っていた頃に深く傷ついてしまい、それが原因で益々ドラッグにのめり込んでしまったという経緯がある。
アリーから好意を寄せられることは素直に嬉しい反面、一線を超えてしまった後にうまく行かなかったことをついつい想像してしまうのだ。
相手を思う感情が強ければ強いほど、ダメになった時の傷は深い。
いい加減に考えれるタイプなら良かったのだが、俺はそういうタイプではない。
そんなこともあり素直に好意を受け入れる事が出来ないのだ。
そんなことを考えていると、アリーが俺の耳元で囁いた。
「ねえ、ウィリアム。お金持ってる?」
「ああ。えっと、154823ゴールド持ってるみたいだ」
そう言うとアリーは目を丸くした。
「随分とお金持ち。それはそうと、さっき奥様と新居を見に行ってきたんだけど、色々と必要なものがあって。私はお金持ってないし……」
余ったポイントを現金化、という話だったが、どうやら大金を持たされた様だ。
たまには早死にしてみるものである。
「そりゃそうだよね。じゃあ必要な物を買っていこうか」
村長と奥さんに、雑貨屋で買い物することを告げると、二人は先に家に戻っているとのことだった。
雑貨屋に入ると、カウンターには見覚えの有る少女が二人店番をしていた。
「あっ、アリー姉さん!」
カウンターの中で二人の声がハモる。そうだ、アリーと共に奴隷商人に攫われた双子の姉妹、アナとサナだ。
「それにめちゃくちゃ強いお兄さん!」
双子の姉妹は姦しくキャッキャと騒いでいる。女が三つで姦しい。黄色い声が騒がしい。
「ねえ、二人って付き合ってるんですか?」
出会ってまだ二日目。ずいぶんとハイスピードな進行だ。もしかしてこの世界ではそういう早い展開が普通なのだろうか。
突然唐突な質問が繰り出され、焦っているとアリーが言った。
「私達、今日から一緒の家で暮らすの」
こらこら、誤解を招く表現は辞めよう。
しかし案の定それを聞いた双子は目を合わせて黄色い嬌声を上げた。
「結婚式は私達も呼んでね!」
姦しい圧に抵抗できず硬直。
娘たちが騒いでいると、奥から双子の両親であろう中年の夫婦がやってきた。
「こら二人とも、お客さんを困らせちゃいけないでしょ!」
アナとサナの母親と見られる女性が二人を軽く叱りつけると、アリーと俺に向かって深々と礼をした。
「昨日はお二人とも、本当にありがとうございました。お陰様で娘達も何事も無くこうやって元の暮らしに戻る事が出来ました」
そう言って涙ぐんでいる。大きな体躯の父親は母親の横で顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
「いえ、まあなんというか成り行きでうまく行きましたけど、二人に何も無かったみたいで本当に良かったです」
と俺が言うとアリーが続けた。
「おふたりとも頭を上げてください。私、何も出来なかったし……」
「いえいえ、そんな。もし必要な物が有れば言ってくださいね。サービスしますから」
実際のところ、俺もご両親と同様の立場なら同じ様に伝えるだろう。
しかし、物価がいまいち判然としていないうえ、俺が持っている金額はそれなりに多いようなので別にサービスしてもらう必要も無い気がする。
二人をたしなめて店内を物色する。姦しい双子は俺たちについて回り、商品についてアレコレと解説する。
「タオルならこっちの方が上質よ、石鹸は絶対にこっちね。匂いが良いし汚れも綺麗になるし値段も変わらない!」
騒がしいので女性陣と距離をとり、農具のコーナーを一人で眺める。
すると双子の父親がやってきてアレコレと商品について説明してくれた。
「こっちの方が少々高いですが、長く使うならこっちの方が良いですよ。お安くしますので一番良いの持っていって下さい」
俺は農業などについては一歳の無知だ。アナサナの父親は詳しそうなので色々と聞いてみる。そういえば前世にも似たような名前の双子のタレントが居た。
たしか、マリファナとカンナビスだった気がする。
「家の畑で色々と作物を育てようと思ってるんですけど、いかんせん素人で。何があれば良いですかね?」
「そうですね、鍬とスコップ、あと水やりもいりますから如雨露、あとあの空き家の畑は土の状態も怪しいので肥料も有ると良いです。鍬で一回畑を耕した後に肥料を撒いてもう一回鍬で耕して下さい。その後に種を撒いておけば大丈夫です。あっ、ちょっとまってて下さい」
そう言うと双子の父親は本のコーナーに行って一冊を取り出し、俺に手渡した。
「詳しいことはこれに書いてあります。多分俺の説明よりも読んで頂いた方が良いです。これ、プレゼントしますんで!」
そういうと、一通り選んだ商品をカウンターへ運んで行った。
手渡された本は異世界後で書かれているのだろうと思い表紙を見る。確かに異世界後で書かれているようだが[農業入門]と書かれている事がすんなりと理解できた。
アリーの様子を見ると、大きなかごに大量の商品を詰め込んでいる。もう一通り必要なものは揃ったようなので会計してもらうことにした。
カウンターの双子の両親に会計をお願いする。
「合計850ゴールドですが、お二人へのお礼も兼ねて半額にさせて下さい!」
いくらなんでも大赤字なのでは無いだろうか。
「いえいえ、悪いですよ」
そう告げると、アリーが小声で耳元で囁いた。
「好意に甘えておかないと、二人はいつまでも貴方に借りを感じてしまうわ」
確かにそういうことも有るだろう。
いつまでも感謝されていてもこちらも窮屈だ。
今後のことを考えるとここで雑貨屋夫婦の気持ちを有り難く受け取り、俺がこの村の少女たちを助けた事を精算してしまった方が良いのかもしれない。
「じゃあ、ご行為に甘えさせて頂きます。ありがとうございます」
半額の425ゴールドを支払う。支払いは空中に現れたウインドウから行うようだ。
前世の日本のキャッシュレス決済よりもハイテクな支払い方法と、中世ヨーロッパ風の世界観のギャップにくらくらする。
支払いを済ませると脳内でピッという電子音と共に、
『ストレージに格納しますか?』
というメッセージが聞こえる。イエス、と念じるとカウンターの上の商品がふっと消え、異世界の思わぬハイテクさに再び衝撃を受ける。
店を後にするとアナとサナの双子は店から飛び出して手を振っている。
「こんど遊びに行くから!」
アリーも手を振って答える。
「待ってる!」
雑貨屋で色々と商品を購入して解った事があるが、恐らくこの世界における通貨ゴールドの価値は、1ゴールドあたり100円程度なのだろう。円高時のドルくらいと考えれば問題ないようだ。
「全部支払わせちゃってごめんなさい。私もお金持っていればよかったんだけど」
アリーは渋い表情を見せる。
「いや、全然構わないよ。それより一個聞きたい事あるんだけど、この世界でのお金のやりとりって、こうピッとやる感じじゃないか。例えば俺が倒した盗賊が持ってた金ってどこに消えたんだ?」
「私は人やモンスターを殺した事が無いから経験が無いけど、モンスターなんかを倒すと勝手にお金は増えてるみたい。多分倒した盗賊と奴隷商人の所持金はあなたに入ってると思う」
やましい考えがふと頭をよぎる。ということは、何の罪も無い金持ちを殺したとしても同様にお金が入るという事なのだろう。
また、奴隷商人を倒して金を手に入れているのであれば、雑貨屋でのディスカウントを受けるべきでは無かった気がする。むしろその金を被害者に配るべきなのではないか。
「ウインドウを開くと、角のところに収支っていうところがあるでしょ。そこを見てみればお金の動きが解るわ」
ウインドウを開き、収支を探しだし開く。
すると確かに倒した盗賊からいくら入手したかが記載されている。奴隷商人からは約1万ゴールド入手しているようだ。
「げっ、奴隷商人から大体1万ゴールド手に入れてるぞ。なかなかの金額なんだろ?でもさ、奴隷商人なんてやってればもっと資産を持ってそうなものだけど」
「そうね。基本的に銀行なんかに預け入れている資産なんかは殺しても手に入れることは出来ないの。あくまでその時持っている所持金が手に入るって感じよ」
「ところで俺がアリーにお金を渡したい時はどうすれば良いんだ?」
「お互いが合意したらすぐに移動できるわ。やってみる?」
俺はアリーに奴隷商人および盗賊から手にいれた約11800ゴールドを手渡すイメージをする。ピッと音がした後にコインがジャラジャラとこすれる様な現金な効果音が響き、所持金が減っていく表示が見える。
アリーはちょっと驚いた様に目を丸くして俺を見る。
「こんなにもらって良いの?大金よ?」
「ああ、まあそもそも元々結構持ってたみたいだし、被害に有った子や家族達になんらかの形で渡せるならそうしたい。アリーの方が俺よりも上手にそういう事ができそうだしな。それに生活に色々と用入りだろ」
「ありがとう。助かる。でも私を受け入れてくれない割に、ウィリアムは結構私の事、信頼してくれてるみたいね」
言われてみればアリーはなんだか信用できそうな気がする。
特に根拠は無いのだが、繊細そうな見た目とは裏腹に芯がしっかりしているように見えるし、きちんと自分を持っている人間だと感じる。
なによりも、他人に対してもきちんと相手を尊重する姿勢を見せている。
付き合いは短いが、きちんと一本筋が通った性格だと感じるので信用して良いと思ったのだ。
それに金はすぐに稼げそうだし、いまいち金の価値が腑に落ちていないのも事実だ。
例えばゲームで大金を持っていたとして、現実の金と同じ様に大切にするかというとそうでも無い。少なくとも俺はそうだ。誰かに多少くれてやっても痛くも痒くもない。
「そうだね。アリーは信頼できそうだからね。なんとなくだけど」
そう言うとアリーは頬を赤らめて俯いてしまった。
「俺、なんか変な事言った?」
「そうね。うん……。可愛いとか言って、容姿を褒められるよりもずっと嬉しいわ」
確かにアリーの容姿は村の他の娘達と比べても飛び抜けている。白い肌、長く細い手足、希少な猫を思わせる愛らしく美しい顔。
容姿を褒められることに飽き飽きしていても驚きは無い。
そういえば前世で女たらしの友人がよく言っていた。美人は容姿を褒めるな、過剰にチヤホヤすんな。性格を褒めつつ適度に雑に扱え、と。
しばらく歩いていると、アリーが俺の袖を掴んだ。
「新居はあそこ。素敵なところよ」
長老の家ほど大きくは無いが、住居すべてをウサギ小屋と揶揄しなければならない日本の住宅事情と比較すると、相当大きな家だ。5人くらいで住んでも狭いとは全く感じないだろう。
「へえ、随分と立派だな。良いね」
「やっぱり都会から離れると家は大きくなるわよね。都会じゃ土地代が高くてこうは行かないもの」
「アリーは貴族だったんだろ?豪邸に住んでたんじゃないのか?」
「貴族だからといってお城みたいに広い家にみんな住んでいる訳じゃないの。私の実家はこの家よりは少し大きかったけど、男爵家だったからそんなに良い暮らしをしていたわけじゃないの」
なるほど、上流階級には上流階級の事情が有るらしい。日本では平民の下の方だった俺には全くイメージが出来ない世界だ。
きっと俺はよくわからない間抜けな表情をしていたのだろう。察したアリーが俺の腕を掴む。
「嫌でも暮らしていれば色々と解ってくるわ。それよりも、家に入りたくない?」
アリーは上機嫌そうに、古びた錠前を扉の鍵穴に差し込んで回した。
重たい木製のドアの先には、たっぷりと日の当たった広いリビングが広がっている。
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