第4話 ジャンキーマリファナを吸う
やはり予想通り木こりタバコはマリファナと同様の性質を持っているらしい。
木こりタバコを吸って数分。時間の流れがゆっくりとしてきた。
喉が乾いたな、と思っていると長老の奥さんがお盆に飲み物を乗せて運んできた。
「お口に合うかわかりませんが…」
そう言ってテーブルに置かれた木製の小さな樽にはワインの様な深い紫色の酒が入っている。それを口に含むと、野性的な酸味と甘み、渋みが口いっぱいに広がる。
「今年の山葡萄のワインは非常に良く出来まして、お口に合えばよいのですが」
「ええ、とっても美味しいです。口の中で山の恵みというか、野性が爆発してますね。とっても美味しいです。いや、ほんとマジで」
そういうと長老はふふふ、と笑いはじめ、しまいには腹を抱えて大笑いし始めた。
「口の中で……、野性が爆発、ふふっ、ウィリアムさんはなんというか、大げさなことをおっしゃいますな!」
木こりタバコはやはりマリファナで間違いない。マリファナを誰かと吸っていると、くだらないことでも笑い転げてしまう事がある。
村長がぶふっ、と笑うと鼻孔から見事な鼻提灯が現れた。
長老の様子をこらえきれずに笑いのスイッチが入ってしまった。
「長老、鼻、鼻……、出てますよ、ふふふ、くっ」
つまらない事で過剰に笑う俺たちを見て、アリーが少しだけ冷たい視線を投げかける。
俺と目が合うと視線をそらして、そっと樽につがれた水を飲む。
ちょっと羽目を外し過ぎている気がして照れくさくなり、ワインをぐいっと飲みこんで深く息を吸いこむ。長老の家は太い木材で作られたいわゆるログハウスなのだが、ふわっと木の匂いがした。
ひとまず、木こりタバコはマリファナと同様のものだという事が解った。
しかし効き目はかつて日本で吸っていたものよりだいぶ落ちる様な気がする。
かつての世界で流通していたマリファナは効き目が強くなるように品種改良されたものだったし、自生しているものは品種改良されたものほどの強さでは無かった。
木こりタバコを吸った感覚からすると、北海道に自生している大麻草、通称道産子と同程度の強さだ。
そんなことを考えていると長老の奥さんが次々とテーブルに料理を並べていく。
「お二人とも、遠慮なさらずに召し上がって下さいな。婆の田舎料理がお口に合うかわかりませんが」
奥さんは礼儀正しくお辞儀をする。
「いえいえ、とても美味しそうです。頂きます」
長老の奥さんの料理は、素材が新鮮なのか自然の旨味があり美味い。
日本で同じ様な料理を食べようとしたら、無農薬の高価な野菜を手に入れる必要があるだろう。
肉は脂身が少なく野性味のある味わいだ。ジビエの様に野趣がある。
魚は新鮮な川魚だろうか。かつて前世の日本でこの様な食事にありつくのは容易ではない。
思えば異世界で始めて食べる食事だし、木こりタバコのキマりも相まって美味い。
横目でアリーを見ると、上品に食べ物を口に運んで咀嚼している。ちらっと目が合うと小声で美味しいわ、と言って微笑んだので頷いた。
アリーはあまり感情表現が豊かな方では無い様なので、いまいち気持ちを汲み取れずにいた。なのでその微笑みに安心する。
「ところで長老、その木こりタバコですが、どういった物なんでしょうか?」
「珍しいものに興味をお持ちで。これは我々のような山の者が吸うタバコなのですが、アサ、という繊維が取れる非常に成長の早い雑草が有りましてな。それの花の部分を乾燥させたタバコなのですよ」
「ほうほう、ところで長老、そのタバコを吸うと法で罰せられたり、といったことはあるのでしょうか?」
そう聞くと長老は不思議そうな顔をした。
「法ですか。特にそういったことは聞いた事が有りませんな。まあ、我々の様な田舎者のちょっとした息抜きですからなあ」
「都会の人は吸わんのですかね?」
「はい、都会の人が吸うというのはほとんど聞いた事がありませんな。木こりタバコ、というだけありまして、山の田舎者が吸うタバコなのですよ」
長老はそういうと、ほっほっほ、と笑いながら長い髭を撫でた。
前言撤回だ。治安はヤバいがこの世界は大当たりだ。まさかマリファナが存在し、かつ合法の世界に転生してくるとは。
かつて、世界中では大麻解禁が続いていたが、日本国民にとっては夢のまた夢だった大麻合法化。
オランダを始めアメリカの多くの州、近場のアジアでは韓国やタイでも大麻の規制がどんどんと緩やかになっているにも関わらず、俺が生きている間に日本は世界に遅れを取っていたのだった。
日本人の生真面目さで果物の糖度を上げると同様に、効果を強める為に品種改良された大麻を生産出来たのならば素晴らしい国益だと思っていたがダメだった。
日本のスモーカー達、喜べ。お前らも死んだらこっちに来られるかもしれないぞ。
「ちなみにそのアサ、という植物ですが、そこいらに生えているものなのでしょうか?」
「もちろんですとも、なんなら明日にでも畑にお連れしましょうか?」
なんという幸運。異世界転生初日でマリファナにありつけた挙げ句、その畑まで見ることができるとは!
「ええ、興味があります。是非!」
長老と雑談をしながら食事をしているが、アリーはさほど会話に混ざることは無い。
馬車での移動中、馬車を操るアリーの隣に座っていたときも緊張感が強かった為、会話らしい会話はしていない。
マリファナを前に大興奮してしまったが、女性を退屈させるのも忍びないのでアリーにいくつか質問をしてみることにした。
「ところでアリーはこの村の出身じゃないんだよな。他の子はこの村の子だったようだけど」
アリーは小さくうなずく。
「そう、私はサイノニアから来たの」
「ほっほっ、やはりアリーさんは都会の方でしたか」
長老がそういうので、サイノニアというアリーの出身地は都会らしい。
「ちょっと実家が色々あって。それであの奴隷商人に捕まって」
「そうか、大変だな。実家に色々とは?」
「うちは弱小貴族だったんだけど、父が事業を失敗して借金が返せなくなって。借金のカタとして、お金を貸した人が私を奴隷にして売るつもりだったって。それで」
異世界の16才美少女、突然のヘビーな独白。重たい告白にバッド入りそうなのでワインをぐいっと飲み干して、長老の奥さんにおかわりをお願いする。
「それは大変でしたなあ……」
「うん、大変だ」
長老と二人で頷いているうちに気になったが、アリーはこの後どうするのだろうか。
そんなことを考えていると長老が切り出した。
「アリーさん、この村で良ければいつまでも居てくださって構いませんからな。空いている家もあります。なんならウィリアムさんも長く居てくださるのであれば、ご一緒に住まわれてはいかがでしょうかな?空き家が今、丁度一件ありまして」
おいおいおい長老、何言ってんだよ。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らすなんて、過ちしか起きない自信しかないぞ。
アリーを見ると、声を殺して泣いている。
まあそれはそうだろう。まだ若いのに奴隷商人に攫われて、両親を頼ることも出来ずにこんな野蛮な世界に放り出されてしまってなんとか助かって。
それでこんな優しい言葉をかけられたら泣けてくるに違いない。
いたたまれなくなり、アリーの背中をさすっているとアリーがこちらを向いて言った。
「ウィリアム、本当にありがとう。私達、あなたに助けてもらえなかったら娼館に行く羽目になってた。長老もお気遣いありがとうございます。お言葉に甘えてしばらくお世話になっても良いですか?」
「ほっほっほ、勿論ですとも。攫われていた娘たちからはアリーさんの励ましや機転が無ければ無事に村に帰ることは叶わなかったと伺っております。冴えない山村の暮らしは退屈かもしれませんが、好きなだけ居てくださって構いません」
長老がそう言うとアリーは目元を押さえて俯いてしまった。声を殺して泣いているようだ。
ただひたすら、ドラッグをキメることばかり考えていた自分の俗物さが少々恥ずかしい。
俺はとっさにテーブルの上においてある木こりタバコをアリーに差し出した。
「ほら、吸えよ。嫌なこと忘れようぜ」