第2話 ジャンキー、チート能力を得る
「で、これからのことなんだけど、あんた死ぬの早すぎたのよ。あんまりこういうところ来ないから知らないでしょうけど、ほんとは地球で生きてる人って125才まで生きることになってるのよね」
へっ?うちのじいちゃんは65才、ばあちゃんは92才で死んだけどな。
挙げ句に俺は29才で逝ったわけだが。
「まあそうよね、そうなるわよね。今の地球で125才まで生きることなんてほとんど無いわよね。だから、寿命の残りは他の世界で過ごす事が通例になってるの。その後は本当に天国に行けるわよ。まあ、あんたなら地獄行きかもしれないけど」
どうやらこの女神、俺の思考を読めるらしい。
「だから、池田祐介、あんたはこれからいわゆる異世界転生しまーす」
出たよ。まじかよ。冗談じゃねえよ。異世界転生なんて、すり減るまで消費されてこれからどんどんオワコン化していく設定じゃないか。
やっぱりこれは幻覚なのだろう。ひどい冗談だ。
LSD6枚、さすがとしか言いようが無い。
「何回も言わせるなよ。これは幻覚じゃあない。あんたみたいなクソの為に残業はしたく無いのよ私。まあ地球でやらかす無能なアンタと規定の寿命の残数からすると、新しい世界は結構楽しくやれるわよ。女神アウロラ様があんたの願い聞き届けてやるから、お願いしてご覧なさい」
どのみち、異世界に行くしか道は残されていないらしい。
この女神アウロラの言い分からすると、いわゆる地球・日本で流行していた異世界転生のそれっぽく、チートな能力を手に入れてから異世界へ転生するらしい。
「じゃあ、まずは肝臓を強くしてほしい。キマリすぎて面倒くさい時とかキマり具合をコントロールできればな、って思ってたんだよな。あとバッド入らない様にメンタルを強くしてもらいたいな」
俺がそう言うと、機械的なナレーションが脳内に響き渡る。
『毒耐性スキル【超級】及び、メンタルコントロールスキル【超級】獲得しました』
ああ、これもテンプレだな。天界でラノベでも流行しているのだろうか。
「あと一個質問。異世界にもドラッグはあるのか?」
「多分有るわよ。御存知の通り、毒と薬は表裏一体だからね。名称だったりルックスが違うこともあるだろうけど、アンタが生きてた地球と非常に似通った世界だからね。あるんじゃない?多分」
「ありがとう、じゃあ次はあっちの世界で薬物を調合したりできる様になりたいな。ついでに植物の薬効とかすぐわかると有難いし、上手に植物をかけ合わせたり出来たらなお良い」
『調合スキル【超級】および、鑑定スキル【超級】、育成スキル【超級】を獲得しました』
「あんた、あっちでも同じ様な生き方するつもりなの?またすぐ死んでも知らないわよ?」
「まあ、たいしてやりたいこともないからな。まあこんなもんで良いか」
「そうは言うけどあんた、まだまだポイント有り余ってるわよ。早死には獲得ポイント多いから、まだまだスキル獲得できるけど。一応仕事だからきっちり使い切って頂戴」
なるほど。そうするとやっぱり厄介事に巻き込まれた時向けに腕力で荒ごとも対処出来た方が良いし、交渉力も必要になってくるな。地球で生きてたときは半グレだの本職だのとよく面倒も起きたしな。あと痛いのは嫌だ。絶対に嫌だ。
「ほんとクズねあんた。了解よ」
『戦闘スキル【超級】及び、交渉スキル【超級】、防御スキル【超級】獲得しました』
「で、まだまだポイント有るんだけどどうする?オススメは魔法とかね。魔法、良いわよ。地球には無かったでしょ?」
「じゃあ、それ。ちなみに魔法はどういう種類が?」
「魔法は地、火、水、風、聖、闇、空間、回復の8つの属性が有るわ。あんたのポイントなら全属性マックスで獲得可能だけど」
「じゃあそれで」
『全属性魔法スキル【超級】及び、魔力増大スキル【超級】獲得しました』
「ああもう、あんたみたいなクズ相手に色々とプレゼントしたくないんだけど、まだ結構ポイントが余ってるわ。どうする?他には経験値の優遇系のスキルなんてオススメだけど。経験値獲得二倍とスキルポイント獲得二倍つけてポイント残数あんまり無しくらいになるけど。あっ、ちなみに残った端数のスキルポイントは現金にして持ってってもらうから」
「じゃあそれで」
『験値獲得【二倍】及び、スキルポイント獲得【二倍】獲得しました』
「他に質問はある?」
アウロラはだるそうにあくびをした。申し訳ないがいくつか質問はさせて貰うことにしよう。
「ちなみにあっちの世界で俺が何か達成するべき事ってあるのか?ほら、魔王を倒したりとかさ」
「ああ、そういうの無いから。好きにしなさい。好き勝手やって魔王と呼ばれてもいいし、とっつかまって牢獄で野垂れ死んでもいいし、勿論魔王をぶっ倒して英雄を目指してもいいし。あっ、忘れてたけど向こうでの装備も超良いやつランダムでもらえるから。これは私もあんたも選べないんだけど、まあ転生者向けのやつは凄いから」
廃課金を生み出す世知辛い制度、ガチャすら天界に浸透しているとは…。
「もう大体わかったでしょ?要するにあんたはあっちの世界でその有り余るスペックつかって俺TUEEEEEEEしてれば良いわけよ。あとは適当にあっちで暮らしてればあんたみたいなゲームなんて当然のデジタルネイティブ世代はなんとかできるわよ」
アウロラがあまりにも面倒くさそうなので申し訳無くなってきた。まあ、要するに好きに生きろ、ということなのだろう。
「了解。もう質問は無いかな」
「そう、じゃあこっち来て」
アウロラに促されて井戸の様な場所に連れて来られた。
「ほら、この井戸に写ってるのがアンタの行く世界」
井戸を覗き込むと、中世ヨーロッパのような世界が広がっているのが見えた。
「じゃあ行ってらっしゃいクズ野郎。素敵な人生を」
アウロラは気だるそうにそう言うと、俺の背中を強く蹴る。
蹴られた俺は体制を崩して井戸の中に落ちて行くのであった。
*****
目を開けると俺は森の中の開けた広場の様な場所で木にもたれかかっていた。こんなところまで異世界テンプレとは恐れ入る。
このあとの展開はテンプレ通りなら自分のステータスチェックをしてみたりするのだろう、ということでステータス等を見るために念じる。
ピッ、という電子音とともに空中にウインドウが開く。テンプレ乙。
一点気がかりなのが、ウインドウには(名前を入力してください)と書いてある。
せっかくの新しい世界での新しい人生だ。ちょっと名前でも変えて心機一転してみるのも良いだろう。
名前を念じると画面には(ウイリアム・ホフマン)と入力された。
決定すると決めたら(本当によろしいでしょうか?)と表示されたので、OKと念じるとウインドウが消えた。
もちろんウイリアム・バロウズとホフマン博士から名前を拝借したのだ。
ウインドウの中で、色々とチェックしなくては。まだレベルは1の様だ。スキル欄に関しては天界で設定した通りのものがズラズラと並んでいるが、全ての能力をすぐに全開で使える訳では無いようだ。
レベルを上げたりポイントを獲得したり、実践を積んでいくことで色々と開放されていくのだろう。
俺はあまりゲームはするタイプでは無かったが、まあおおよその事が想像が付く。
なにせテンプレだ。
ふと、自分の手を見るとなんだか肌にハリとツヤが有るような気がする。
もう一度ウインドウを開くと年齢の欄が有る。年齢:16才と書かれている。
13才若返る事が出来たようだ。
体を見るとなんだかそれなりに高価そうな装備がすでに装備されているようだ。
鑑定でスペックを確認してみるが、表示される数値が高いのか低いのか、比較対象が無いのでよくわからない。
まあアウロラは良いものだと言っていたのでそうなのだろう。
自分なりにこの世界で生きていくための諸々を確認していると、そう遠くない距離から馬のいななきと、人間の怒声が聞こえてきた。
野次馬根性でそちらに向かい、草むらから様子を覗き込む。
すると、馬車が盗賊の様な連中に囲まれている様だ。
馬車の運転手は小太りの高価そうな服を着た中年男だ。
馬車の中に人が乗っているように感じるので鑑定で見てみると、どうやら馬車の中には10代の少女が7名乗っている。
テンプレ通り行くと、俺が盗賊達をぶっ倒して馬車の中の少女達とウハウハなハーレム展開が待っていることだろう。
とりあえずあの盗賊たちを倒せば良いのではないか。
手始めに近場に落ちていた石ころを拾い上げて、いかにもモブでございといった風体の盗賊Dくらいの感じのやつに石ころを投げつける。
俺が想像した5倍くらいの勢いと速度で石が盗賊をめがけて飛んでいく。
パァーン!と鋭い破裂音が響く。
盗賊Dの首から上が爆発し、首から血が吹き出ている。グロテスクな光景だ。
R18指定で宜しく頼みたい。でも今オレは16才だしな、なんて考えていると、盗賊Dの異変に盗賊達が気づいた。と同時に『レベルが2に上がりました。1300のスキルポイントを獲得。投石スキル解放レベル上昇』と無機質な音声が脳内に響き渡る。
「親方!マーロンの野郎が死んでます!どっかに敵が!」
盗賊の頭目と思われる男が叫ぶ。鑑定でその男を見ると(盗賊の頭目:シルベスター)と表示された。やはり盗賊のようだ。
「落ち着け!馬鹿野郎!」
とはいうものの、当の親方の顔は青ざめており、落ち付いている様子はない。
ひとまずこういうのは頭目をぶっ倒してしまえば、他の有象無象は散り散りに逃げていくのでは無いだろうか。
再び拾った石ころを頭目に投げつける。
一流のメジャーリーガーの投手でもいくらなんでもこんな球投げられないだろう。
石ころは禍々しい風切り音を響かせながら頭目の頭に直撃。
再びパァーン!と乾いた破裂音が響き渡る。
青ざめた盗賊達が慌てふためき、盗賊たちの乗る馬も落ち着きなく怯えている。
脳内で再びレベルアップ通知。頭目を倒したからか、先程よりも多くレベルが上昇している。
一応レベルは上げておいた方が良いと思ったので、石ころを次々に盗賊達に投げつける。 馬が怯えて言うことを効かず、逃げることも出来ない盗賊達は格好の石ころの的だ。
「どこにいるんだ!出てこい!」
盗賊たちは顔を真っ青にしながらざわめいている。
着々と石ころを当てて、すべての盗賊を倒した。いや、正確には殺したというべきだろう。
その事実を感じた瞬間、胸のあたりにどす黒いモヤの様なものを感じる。
日本において殺人は大罪だが、こんなゲームの様な世界で悪役モブをいくら倒してもむしろ正義だろう、と強く思い込むと、不思議と心のざわつきが消えた。おそらくこれがメンタルコントロールスキルの効果なのだろう。
深く深呼吸をしてから、馬車に近づき、馬車の小太りな運転手に声をかけに行く。小太りな男はあっけに取られて青ざめた表情を浮かべている。
「あの、大丈夫ですか?なんか襲われてましたけど」
「あっ、あなたが私達を助けてくれたのでしょうか?」
「はい、そうですけど。まあとりあえずやっつけたんで安心して良いんじゃないですかね」
俺がそう言うと、小太りの男はジャケットのポケットからハンカチを取り出し、額を拭いている。
馬車の正面から貨車の中を覗き込むと、鑑定で見た通り少女が7名乗っているが、妙にボロボロな服を着ており、全員に首枷と手枷が付いている。
貨車の中の少女と目が合った瞬間、少女が叫ぶ。
「そいつも殺して!」
小太りの男がびくっと体を震わせて、怯えた視線を俺に向ける。
鑑定。(奴隷商人:ベルナルド・ショーン)と表示された。
日本に居た頃には奴隷にも奴隷商にも出会ったことなど無い。そもそもそんな職業の人間は居なかった。
状況がよく飲み込めないのでぼんやりと奴隷商と少女を何度か見ていると、奴隷商人ベルナルドは隙をついて馬車から飛び降り走り出した。
再び少女が叫ぶ。
「あいつを殺して!」
奴隷商人などという職業がこの世界でどういう立場なのかよくわからない俺としては、長く親しんだ日本国憲法を拠り所に己の行動を決めることにした。
日本国憲法では奴隷は禁じられている。ブラック企業という例外は有ったが。
俺は再びそこらの石ころを拾い上げ、奴隷商人ベルナルドに向かってそれを投げつける。
石ころはベルナルドの背中に直撃。
例のごとく破裂音とともに腹部が吹き飛んで、石ころはそのはるか先まで飛んでいった。
今後はこの世界で気軽に石ころを投げるべきでは無いな、と感じていると貨車から少女たちがぞろぞろと降りてきた。