3 引きこもりはやらかす
誤解が解けて、麗子が眼鏡の子(棚理さん)を紹介してくれた。その後少しずつクラスメイトが登校してきて、その度に麗子が私のことを説明してくれた。そして、”リモートで学園に来てる生徒がいる”という噂は朝のホームルーム前にクラス中に広まった。
興味本位で私に話しかけにくる子もいたけど、会話は一往復か二往復くらい。まあ私のコミュニケーション能力なんてこんなもんだからね。返事できてるだけマシ。実際教室にいたら無言で冷や汗だったよ。
その後、授業は難しかったけど、指されることもなく平和に過ぎていった。座ってるのが疲れたら、ベッドで寝転がったりできるのは、このシステムのいいところだね。
学園生活って大変そうだと思ってたけど、意外と順調かも。クラスメイトとの会話は最小限で済んでるし、トラブルもない。高校生はみんな他人に関心がないのかも?
なーんて思ってた三時間目の休み時間。
「そ、園森さん、久しぶりの授業はどうだった!?」
「……」
隣の男子が話しかけてきた。痩せてて背が高くて、ヒョロっとした感じ。眼鏡かけててオタクっぽい。
朝のホームルームから三時間目まで一度も私に話しかけてこなかったのに、急に話し振ってきた。あんまり話すタイプに見えないのに。無理して会話しようとしてる?
『難しかった』
授業の感想なんて聞かれても、これくらいしか答えられないよ。私は同年代の男子と話したことなんて、数えるくらいしかないからね。チャットじゃなかったら声震えてるところだよ。
「どの教科が難しかった?」
『国語』
これは即答できるね。数社国の三教科受けたけど、ダントツで国語が難しかった。先生が早口すぎて、脳が追いつけなかったんだよね。文の構成? の授業みたいだったけど、単語に線引いてる意味がわからないし、話してる内容も難しいし、板書も速すぎるんだよね。
「高棟先生の授業は難しいよね。園森さんじゃなくても皆難しいと思ってるから安心して」
『そーなんだ』
「あの人優秀な人だから、僕らのレベルと合ってないかもしれない。この学園の学力は割と平均くらいだから」
『優秀な人なの?』
「ん、大学の頃ニューヨークに留学して、日本語講師で学費稼いでたんだってさ。国語教師だけど、英語もペラペラらしいよ」
『へー』
ニューヨークに留学してたのに、英語教師じゃなくて国語教師になったんだ。変わった人だね。
「それにちょっと悪い噂もあるしね」
『噂?』
「この学園に来る前は中学校の先生だったらしいんだけど、不良の生徒に厳しくしすぎて、問題になったらしいよ。不良の仲間が職員室に乗り込んで、乱闘の一本手前くらいの騒ぎになってさ、それがきっかけで高棟先生は学校を辞めることになったんだってさ。うちのクラスにその中学出身の人もいるから、有名な話だよ」
『へぇ~』
リアルの世界でも不良と教師の対立とかあるんだね。
私は不良の味方しちゃうなぁ。平和に生きてる人より、『もう人生どうでもいい』って感じで生きてる不良の方が好感持てるんだよね。ゾンビ映画にもよく出てくる。不良が開始数分で死ぬパターンも多いけど、意外とピンチに強くて最後まで生き残るパターンも多い。
「この学校はあんまり不良はいないけど、一度このクラスで凄い怒られてた人もいるんだ。園森さんも気を付けて」
男子が一瞬、チラっと教室の真ん中辺りを見た。
金髪の長身女子が片足だけ体育座りみたいな姿勢で椅子に座って、スマホいじってる。行儀悪くて、教師受け悪そうな感じ。
…………って、佐々木じゃん。
そういえば、授業中に脚組んでて怒られたって言ってたっけ。
佐々木と相性悪そうだもんね。若い男の教師で、国会議員みたいな地味目のカッチリしたスーツ着てて、顔は悪くないのに生徒からは人気無さそうなタイプ。佐々木が『溜めて爆発するタイプ』って言ってたのもわかる気がする。ストレス溜め込んでそうな感じするもん。
「……なんか変な話しちゃったね。他には良い先生もたくさんいるし、心配しなくていいよ。もしも困ったこととかあったら、僕に聞いてくれてもいいし。まあ僕なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ」
『うん』
やっぱりこの男子、ちょっと非リア充っぽい。最後の方とか早口だったし、『俺に頼ってくれ』みたいなセリフ言い慣れてないでしょ。私に気を遣って無理してるの?
「園森さんって、趣味とかあるの?」
まだ会話続けるんだ。まあ、この質問なら答えやすいからいいけど。
『ゾンビ映画』
「僕も観たことあるよ。何が好き?」
『ゾンビシリーズとか、パンデミック・サイトとか、割と何でも』
「色々観てるんだ。ゾンビ映画のどんなとこが好きなの?」
『リア充が死ぬのが楽しい』
「…………いや、怖いこと言うね。死ぬのが楽しいとか言っちゃ駄目だよ」
別に、本当にリア充に死んでほしいと思ってるわけじゃないよ? あくまでも映画の世界の話だからね。
「まあわかるよ。イライラしたときとか、ゾンビ映画観るとスカっとするよね」
『同意』
わかってるじゃん。非リア充とか言ってゴメンね。意外といい奴じゃん。ゾンビ映画好きに悪い奴はいなからね。
ふと、男子がポケットからスマホを取り出した。ブルブル震えてる。
授業開始の時間にアラームセットしてるなんて、すごい真面目だね……。
「いつの間にかこんな時間になってた。そろそろ授業始まるよ」
アラームを止めてるとき、壁紙がチラっと見えたから、ちょっと悪戯心でPCのカメラをズームにして見てみる。
この男子の壁紙はどんなのかな? ゾンビ映画の壁紙だったら嬉しいな。
なーんて思ったけど、アニメっぽいイラストだった。だらしない部屋着の美少女が、暗い部屋で気だるげに遠くを見てる。
アニメイラストの壁紙って、やっぱりオタクじゃん。私と同じ……ではないけど、近い人種だね。面白そうだからちょっとツッコンでみよう。
『それ何のアニメ?』
「え、あ……いや、これはまあ、ダークディックっていうやつ」
すっごい動揺してる。ヲタバレ隠してるタイプだね。
『ふーん』
ダークディック、私もタイトルは聞いたことあるよ。たしか某掲示板で話題になってたやつだね。超天才の探偵女子がコンピュータで仲間に指示出して、事件を解決していく話。私の好みじゃないけど、いわゆる安楽探偵モノだね。ヒロインの探偵は部屋から一歩も出ないけど、ディスプレイで見た映像を頭の中で繋げて、外の世界を鮮明にイメージできる。
部屋から一歩も出ずにパソコン使ってるところは私と一緒だね。くひひひ……。
『その子、私に似てるかも』
「本当に!?」
男子の目がキラキラ輝いてたけど、特に深く考えなかった。
チャイムが鳴って、すぐに理科のおじさん先生が教室に入ってくる。起立、着席、礼の号令がかかって、四時間目の授業が始まる。
「えー、では今日は前回の続きで、教科書の……」
その瞬間、さっきの会話の違和感に気づいた。
『その子、私に似てるかも』
「本当に!?」
あの時の男子のキラキラした目、普通じゃなかった。突然すごく嬉しいことが起きたみたいな目だった。
ちょっと待って……。
全身から汗が噴き出した。
まさか、まさか……。
私の『見た目』がアニメのヒロインに似てるって、勘違いされてない?
よく考えたら私、何が似てるのか詳しく説明してなかった。
『(女子高生なのに部屋から一歩も出ずに一日中PC叩いてるところが)似てる』って意味で言ったんだけど。
ひょっとしたら男子は誤解して、
『そのアニメの美少女、私に似てるね。前髪に隠れててもわかるくらい長い睫毛とか、虚ろな表情が映えるほど大きな目とか、無造作な髪ですらオシャレに見えるほど整った輪郭とか、まるで私だね。私の写真トレースしてない? ホント? じゃあ偶然なのね。でもそれ私そっくり』
みたいに思われたんじゃない?
ちょっと待ってよ。恥ずかしすぎるでしょ。どの顔でアニメヒロインに似てるとか言ってるの。私なんてどんなにデフォルメしても女子トイレのマーク以上の可愛さにはならないでしょ。
察してよ男子。そんなわけないじゃん。リアル引きこもりがアニメヒロインみたいに可愛いわけないじゃん。何その勘違い! 夢見すぎ!
……と思ったけど、よく考えたら私がアニメの内容知ってるって男子に言わなかったせいだよね……。
『そのアニメ知ってるよ、ヒロインがずっと部屋の中にいるんだよね。引き込もりみたい。私に似てるかも』みたいな流れで話せば誤解されなかったのに。
何の前置きもなく『その子、私に似てる』って言ったから、見た目が似てるって誤解されたんだよね……。
もう忘れよう。今日はもうこの男子とは話さない。
明日になればお互い忘れてるでしょ。
そのまま、隣の男子と一言も話さずに一日が過ぎた。
そして翌日、『実は、園森さんは超絶美少女らしい』という噂が、クラス中に広まっていた。