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3 初登校 ~ここから本編みたいなもの~


 翌朝、ベッドからもぞもぞ出て、昨日の夜に冷水器から汲んでおいたペットボトルの水を飲んだ。

 いつも家族が寝た頃にリビングに行って、翌日の飲み物を確保するようにしてる。顔合わせると気まずいからね。


 うっかり夜の内に確保し忘れたら、お母さんがお昼ご飯持ってきてくれるまで飲み物は手に入らない。今日は授業を受けるつもりだから、ちゃんと準備してたってわけ。私偉いね!


「ふぁあぁあぁ……」


 時計を見ると、朝八時半だ。

 昨日ググったら、高校は普通九時ごろから始まるって書いてあったから、この時間に起きたんだよね。たぶん遅刻はしないはず。


 PCを起動して、アプリをクリックすると、画面中央で待機マークがクルクル回った後、パッと教室が映った。

 人気のない教室。左のステレオからカラカラと窓の開く音が聞こえた。


『あら、パソコンの起動する音がしましたね』


 突然、画面にドアップの美少女が映った。


「ぶふぁぁッ!」


 びっくりして飲みかけてた水を吹き出した。

 よく見ると麗子だ。


 朝から人の顔のドアップを見るなんて、心臓に悪いよ……。ゾンビが画面に飛び込んでくるのは見慣れてるけど、リア充が飛び込んでくるのは見慣れてない。


「画面が点いていますね。ひょっとして、園森さんそこにいらっしゃいますか?」


『うん、いる。麗子が急に画面に入ってきてびっくりした』


 私は軽く咽ながら、タイピングで返事する。口で話すよりも楽だね。会話全部これでいいのに。


「すみません、驚かせてしまいました」


『クラスの他の人は?』


「そろそろ皆さん登校してくる頃だと思いますよ」


 意外とのんびりなんだね。明日からは私もギリギリに登校ログインしよう。


『麗子早いね。いつも?』


「ええ、わたしは車で送り迎えしてもらっているので、皆さんのお邪魔にならないように、校門前が混んでいない時間に登校するようにしているのです」


『お母さんに送り迎えしてもらってるの?』


「いえ、お手伝いさんですよ」


 さらっと言ってるけど、お金持ちじゃん。


『麗子ってお嬢様なの?』


「いえ、私は普通の家庭で育っていますよ。ただ、父と母がお仕事で忙しいので、お手伝いさんにお家のことをお任せしているのです」


 それをお嬢様って言うんだよ。でも、生まれた環境を普通だと思っちゃうのは仕方ないよね。私は私の家が一般家庭だと思ってるけど、麗子にとっては麗子の家が一般家庭なんだろう。


 そんなことを考えながら教室を見ると、昨日見たときよりも机や椅子が綺麗に並んでる気がした。


『麗子、ひょっとして机整えてた?』


「ええ、朝早く来てもすることがなくて暇なのです」


 暇でも教室の整頓をするなんて偉いね。顔だけじゃなくて性格も良いなんて……。


『麗子って礼儀正しくて、優しくて、頭良くて、完璧だよね』


「ふふっ、ありがとうございます。園森さんにそんな風に思ってもらえるなんて嬉しいです」


 麗子はディスプレイに近づいてくると、少し声をひそめた。


「でも、実は私、兄妹の中では落ちこぼれなんですよ」


『落ちこぼれ……? 麗子、兄妹いるの?』


「ええ、兄が二人、姉が一人います。三人とも子供のころから運動も勉強もできて、全く手間のかからない子だったそうです。わたしは要領が悪くて、子供の頃は得意なことが一つもありませんでした。最近、少しずつ勉強はできるようになってきましたが、兄や姉にはまだまだ遠く及びませんね」


 麗子が落ちこぼれなんて、どんなハイスペックな家系なんだろう。完璧に見える麗子にも劣等感を抱く相手がいたなんて。


「こう見えて、わたしは小学校に上がる前まではとても無口な子だったんですよ。友達と呼べる子は一人しかいなくて、その子とすらほとんど会話は無かったんです。あまりにも話さないので、お父様が心配になって、わたしを礼儀作法の教室に通わせたほどです」


 麗子の礼儀正しい話し方は、礼儀作法の教室で培われたんだね。

 礼儀作法を身につけて、会話もできるようになるなんて、麗子はやっぱり器用なんじゃないかな。


「園森さんは小さい頃、どんな子供でしたか?」


 う……。


 私は昔から暗い子だったよ。人と話すのが苦手で、明るい子が苦手だった。

 小学生になってから、小さな出来事がきっかけで、引きこもりになった。


「子供の頃の話はしたくない」


『なぜですか?』


「今より惨めな人生だったからね」


『今だって惨めな人生なんかじゃありませんよ。わたしという友達がいて、今日から学校で授業を受けて、日々成長していくのですから。有意義な人生です』


 麗子は真っすぐで、自信満々で、いつもポジティブだね。

 子供の頃、私の周りに麗子みたいな子が一人でもいたら、私は引きこもってなかったかもしれない。


 でも、私が小学生の頃、周りに味方は一人もいなかった。

 はっきりとした敵がいたわけしゃないけど、私は一人だった。


 周りは普通の子達ばかり。普通に笑って、普通にバカなことをして、子供らしい学校生活を送っているごく普通の子供たち。


 そんな普通の子供たちの間には、普通じゃないことを認めない空気があった。

 暗くて、不気味で、話が通じない変な子は、みんなで指摘して、普通の価値観を教えてあげないといけない。そんな歪んだ正義感があった。


 学園生活は息苦しかった。耐えられないほど辛かったわけじゃないけど、大嫌いだった。そして些細なことがきっかけで、爆発した。


 周りの子達はきっと、誰一人罪悪感を感じてなかったような小さな出来事。

 それが私にとって絶対に許せないことだった。

 あの瞬間、私はクラスメイト全員を敵とみなした。そして、力の無い私は逃げるように引きこもった。


 みんな死ねばいい。

 そんな陳腐な台詞を毎日呟いていた。


 私がゾンビ映画にハマッたのは、間違いなく小学生時代の経験がきっかけだ。

 普通の人間がアリのように死んでいくゾンビ映画に共感した。


 人間が次々とゾンビになって、”異物”だったゾンビが”普通”を侵食していく展開は大好き。

 世の中の人間がみんなゾンビになれば、私はハッピーだ。


 あ……。


 ふと、麗子の後ろに別のクラスメイトを見つけた。

 二人目が登校してきたみたい。麗子に少し似た雰囲気の頭が良さそうな子。黒髪のショートヘアで、黒縁の眼鏡をかけてる。


「華堂さん、大丈夫? ずっと独り言でポジティブなこと言ってるけど、逆に病んでるみたいに見えるよ……」


 麗子が一人で話してたと思われてるね。私がチャットでおしゃべりしてるから。

 麗子は「惨めな人生なんかじゃありませんよ」とか「有意義な人生です」とか言ってたから、独り言だとしたら怖いよね。


「一人じゃありませんよ。園森さんと一緒です」


「え……園森さんって、一度も学校に来てない子じゃなかったっけ……」


 眼鏡の子がドン引きしてる。

 そこにいない引きこもっているはずのクラスメイトの名前出されて、恐怖を感じてる。

 麗子、誤解を解いて……。


「いえ、園森さんは今日はこちらにいらっしゃっていますよ」


「……っ」


 眼鏡の子、言葉を失ってるじゃん。そりゃそうだよね。見た目も性格も完璧な優等生が、教室で一人で会話してると思ったら、引きこもりの子の名前だして、そこにいるとか言ってるんだもん。

 誰がどう見ても病んでる子じゃん。


「華堂さん、私、見えない……園森さんなんて、どこにもいないよ……」


 いや、いるよ? その場にはいないけど、ネットで繋がってるから。


「いえいえ、何をおっしゃっているのですか。園森さんはいますよ」


 麗子が優しく語り掛けるほどに、眼鏡の子の表情が恐怖に染まっていく……。


「昨日も園森さんのお家で一緒におしゃべりしたんですよ。今だってこちらにいらっしゃいます。ほら」


 麗子がディスプレイを掴んで、眼鏡の子の方に向けた。

 そこには私が最後に打った文章が書いてある。



『今より惨めな人生だったからね』



「きゃぁああああああああああああああああああああああああああ!」


 眼鏡の子の悲鳴で、イヤホンが壊れたかと思った。


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