2 佐々木の作戦
「園森、あたしらの担任のビデオレター撮ってきたから、見て!」
「ビデオレター?」
そんなもので私が学校に行きたくなるとは思えないけど……。なにこの自信満々の顔……。
佐々木はスマホを操作すると、私に見せてきた。
教室の中が映ってる。麗子と、教師っぽい男の人も映ってる。
『まっつん! 園森にメッセージどうぞ!』
画面が教師に近づいてくる。少し若く見える四十歳くらいのオッサンだね。スーツ姿で、髪がスタイリッシュに跳ねてて、私立高校の教師って感じ。
『園森君に見せるのか?』
『うん、なんかイイ感じのこと言ってよ。先生としてー』
すっごいムチャ振り! いくら学校の先生でも、いい感じのことなんてすぐに思いつかないでしょ!
『園森君、初めまして。君の担任の松永だ』
教師は冷静に話し始めた。冷静過ぎてロボットみたい。よく言えばクール。
『君がこの動画を見ているということは、少なからず君は華堂君か佐々木君に心を開いたということだろう』
『あの、先生。華堂君"か"佐々木君ではなく、華堂君"と"佐々木君ではないでしょうか』
麗子が的確にツッコんだ。
『たしかにその可能性も否定できない』
『否定できない……ですか?』
『口が滑ってしまったな。しかし、まあ、私の率直な考えはその通りだ。園森君が君たち二人に心を開いてくれればそれに越したことはないが、どちらか一人にでも心を開いてくれれば成功だ。彼女にとって学園生活へ近づく大きな一歩となる。だから私はあえて、性格が大きく異なる君たち二人に、説明書を届けてくれるよう頼んだのだ』
『なんであたしも呼ばれたの? 委員長だけでいーじゃん?』
『佐々木君、話を聞いていたかね……。君と華堂君は趣味も特技も異なる点が多いだろう。人が仲良くなる際には”気が合う”という直感的な印象が一つの大きな要因となる。私は園森君に会ったことが無いため、どのような子なのか判断しかねる。そこで、コミュニケーション能力が高く、かつ異なるタイプの君たち二人を選んだのだ』
『あたしらのタイプって何?』
『水タイプと草タイプだ』
『…………』
『すまん、滑った』
教師は気まずい沈黙でも表情一つ変えずに続ける。メンタル強いな。
『簡単に言えば、華堂君は品行方正で安心感がある、佐々木君は人との距離感が近く親しみやすい』
『なるなる、まっつんの言いたいことわかった。あたしにはあたしの役目があるってことね』
『佐々木君、本当に私の意図を理解したのか』
『もち』
佐々木がグッと立てた親指が画面に映った。
『園森が静かな子だったら、あたしが明るく元気づけてあげればいいんでしょ? そんで、園森が不良で学校サボってるだけだったら、委員長がお説教!』
『なるほど、理にかなっていますね、さすが松永先生です。もしも学校を怠惰で休んでいる子でしたら、私が学級委員として注意しないといけませんね』
『…………まあ、それでも構わない』
教師が渋い声で答えた。
いや、教師は逆の組み合わせを想定してたでしょ。
もしも私が気弱な子だったら、優しい麗子に心開くかもしれない。もしも私が不良だったら、ギャルの佐々木と気が合うかもしれない。そういう魂胆でしょ。
実際、気弱な子には麗子みたいな優しい子が合ってる。人を思いやってくれるし、人を傷つけない。気弱な子にとって安心できるタイプ。
逆に佐々木は明るくて、ノリが良くて、サッパリした性格で親しみやすい。学校をサボってるような不良とでもすぐに打ち解けられるタイプ。
今まで私の家に来た子は麗子みたいなタイプが多かった。私のことを気にかけてくれて、優しい言葉をかけてくれて、学校においでと言ってくれた。でも、私が一歩踏み出すには何かが足りなかった。
今回、麗子と佐々木が一緒にうちに来て、初めて私はクラスメイトを部屋に入れた。教師の作戦がたまたま上手くハマったんだと思う。
私は気が小さいけど、周りの人間が大っ嫌いで、反骨精神もある。ただの良い子にも、明るくてノリがいい子にも、心を開かない。私を説得できる子なんていない。はずだった。
でも、麗子と佐々木の二人が来て、予想外のことが起こった。
私は二人を部屋に入れて、二人と会話して、一緒にビデオメッセージを見てる。いつの間にか、私は二人に心を開いてる。
ひょっとしたら自分でも気づかないうちに、私の引きこもり生活が終わろうとしているのかもしれない。そんな予感がする。
『前置きが長くなってしまったが、本題に移ろう。園森君へ送るメッセージだ』
教師がまた語りだした。
『園森君、君に遠隔授業を受けるための機材一式を送ったが、おそらく突然そんなものを渡されても戸惑うだろう。故に、まずは我々の教育方針について伝えておきたい』
教育方針……?
急に堅苦しい話になったね。私立の高校だと特色があるのかな。勉強重視とか、スポーツ重視とか?
『我々は、見守る教育を心掛けている。教師は得てして”教えすぎてしまう生き物”だ。生徒に知識を与え、正しい方向へ導き、成長の手助けをすることに喜びを感じる。そのような人種が教師という職業を選ぶ。故に、生徒が自ら体験し、感じ、気づくべきことまで、教えてしまいがちだ』
ふーん、教師目線だとそういう考え方があるのね。教えるのが好きだなんて、変わってるね。
『故に、我々は見守ることを教育方針として掲げている。我々は君へ学校へ来ることを強制しない。君がどのような成績を取ろうとも、非難はしない。ただし、君が成長できる環境を全力で整える。そして、いつか君が登校したときには、いつでも受け入れられるよう準備をしている』
えーと……つまり、この機械は、”勉強しようと思えばいつでもできる環境を整えた”ってことなのね……。これで勉強しなかったら、私のせいだね……。
『君が登校しないことには、事情があるのだろう。おそらく、我々が君の問題に深く立ち入り、解決してやることはできない。それは君が君自身で解決すべき問題だからだ』
私自信が解決すべき問題……?
私が引きこもってることを、私がどうにかしなきゃいけないの……?
私は運悪く、ルックスとか暗い性格とか色々な弱さを神様から与えられちゃっただけなのに。そんな大変な問題を自分で解決しなきゃいけないなんて、無理だよ。
『人は誰しも躓くことがある。ときには大怪我をすることもある。そんなときは、周りのペースに合わせる必要はない』
あ……。
この人が”見守る”って言ってる意味がわかった。
この考え方は、”弱い人への優しさ”だ。
私みたいな弱い人間は、学校に無理矢理引きずられていっても、きっとまともな学校生活なんて送れない。普通の人と同じことができない。そういうダメな子だから。きっと普通の人の何倍も時間がかかる。
この人はそれを知ってるから、”見守る”って言ってるんだ。
『脚を挫いたなら、治るまで休めばいい。足を引きずってまで歩く必要はない。君が自分の足で歩き出すまで、私達は見守り続ける。それが我々の、この学園の教育方針だ』
そっか……。教師って色々考えてるんだね……。私みたいなダメな子がどうすれば学校に来れるかなんて、答えがない難しい問題なのに、真剣に考えて、向き合ってるんだね。
私なんて、引きこもって一年経った頃から普通の人生を送ることを諦めてたのに。赤の他人がまだ私の人生を諦めてないなんて、ちょっと衝撃かも。
素直に言うと、ちょっと嬉しい。
まぁ、教師の熱意に負けて、お試しに一日くらい学園生活を体験してもいいかな……この謎の機械で。