17 麗子の家
日曜日、私たちは勉強会をするために麗子の家に集まった。
麗子の家は犬が走り回れるくらいの庭があって、駐車場には高そうな車が四台。予想通りお嬢様って感じだね。
「お二人とも、こちらがわたしの部屋です」
「広いね」
「わー! あたしの部屋と全然違う! あたし、ここなら勉強できそーな気がする!」
佐々木の言う通り、勉強しやすそうな雰囲気が漂ってる。
麗子の部屋は壁沿いに大きな本棚があって、中央には丸テーブルとイス三脚。天井は三メートルくらいの高さで、天窓からの太陽光が入ってきて、心なしか空気も新鮮。
私たちは席に着いて、カバンからテキストや筆記用具を出す。
「園森さん、佐々木さん、定期テストに向けた勉強をするにあたり、お二人の目標をお伺いできますか?」
「目標?」
「ええ、まずは目標を明確にして、それに向けた勉強をするのが効率的だと思うのです」
「あたしは七十……いや、さすがにそれはムリだから、平均点!」
「えっ」
麗子が衝撃を受けたような顔をした。
「あの、佐々木さん。目標というのは必ず達成すべきノルマではないのですよ? 学園に受かっている時点で平均的な学力はあるのですから、目標はもっと高くすべきです」
「わかってねーな、麗子……」
佐々木は神妙な顔になる。
「あたしはピンチに強いだけなんだよ。受験勉強は毎日徹夜して、受験当日はめっちゃ頭が冴えてて、まぐれでギリギリ受かったんだよ」
「本当にそうでしょうか。受験時のテストの結果は公表されていませんよね? ひょっとしたら上位で合格していた可能性もありますよ」
「んなわけねーよ。あたしは模試のときD判定だったんだぜ?」
それで受かったのはすごいね。
「高校に入ってから全然ついていけてねーし。授業で何言ってるかわかんねーもん」
「そうなのですね。では、今日一緒に勉強して、疑問点を解消していきましょう。わからないことがあったら遠慮なく聞いてください」
「サンキュー! 恩に着るぜ!」
佐々木が麗子を頼ったのは初めてかも。麗子は普段の授業でも優等生だし、わからないところは丁寧に教えてくれそうだね。
「では、園森さんの目標はどのくらいでしょうか?」
「んー、四十五点くらい」
「ええっ!? それは平均点を下回っていますよ?」
「だって、私は授業受け始めたの五月からだから。今から平均点取るのはおこがましいよ」
「烏滸がましくはないと思いますが……。たしかに、一か月分の遅れを取り戻すことを考えると、現実的な目標なのかもしれませんね」
「そーいえば、園森って受験勉強はどーしてたの?」
「家でやってたよ」
「園森さんは中学生の頃、学校には通っていなかったとおっしゃっていましたよね。家庭教師の先生がいらっしゃったのでしょうか?」
「いなかったよ」
そもそも、私は麗子と佐々木と会うまでは、他人と話すのが嫌だったからね。家庭教師と二人きりで勉強なんて無理だった。
「園森、授業も受けないで家庭教師にも教わらないで、自力で勉強して高校受かったの?」
「うん。学校通ってなかったから時間いっぱいあったし」
美術とか家庭科とか体育とか、試験にない科目は一切やってないからね。ある意味ズルみたいなものだと思う。
「自宅では一日どのくらい勉強していたのですか?」
「毎日十分以上はやってたよ」
「たったの十分ですか!?」
「それでどうやって高校受かったんだよ! 天才か!?」
「いや、十分『以上』だよ。一時間くらいやることもあったよ」
「それでも少ないですよ」
うんうん、と佐々木も頷いてるけど。
「佐々木は毎日やってた?」
「いや、あたしはギリギリに慌ててやるタイプ」
自覚してるなら毎日やればいいのに。
「ほら、総時間は佐々木とそんなに変わらないよ」
私は佐々木と違って体力がないから、詰め込みは無理。
だから毎日ちょっとずつ、一日一分でもいいくらいの気持ちでやってる。それくらいハードルが低ければ一日もサボらず毎日継続できるからね。
で、一分机に向かったら、自然と集中して時間が経ってることもある。
ダメな日は十分で集中力が切れることもあるけど、それでもやらないよりはずっといいからね。勉強ってそんなものじゃないかな。
「一般的には、勉強の総時間が同じであれば、一日にまとめてやるよりも、複数日に分けた方が記憶は定着しやすいと言いますね」
「あたしの気合の徹夜は無駄だったってこと……?」
佐々木がちょっとショック受けてる。
「いえ、無駄とは言いませんが、効率はあまりよくないかと。短期間で覚えたものは短期間で忘れますから」
「うわぁー! 聞きたくないー!」
「佐々木さんが聞いたのではありませんか!」
「だってー! あたしの勉強方法がダメだったなんて、ショックだよー!」
「それは同情しますが、これから効率のいい方法で頑張ればいいと思いますよ。まだ入学して一か月なのですから、これからまだまだ取り返せます」
佐々木はちょっと涙目になってたけど、ガバっと起き上がって、私に顔を近づけてきた。
「ねぇ、園森! あたしのダメなところ、他にない!?」
「え?」
「園森はあたしと違うやり方してるじゃん! 他にも何かあるっしょ! あたしの欠点、教えて!」
「欠点なんてわかんないよ」
「そんなコト言わないでー! 見捨てないでくれよー!」
「見捨てるとかじゃなくて……」
「一生懸命頑張るからぁー! 悪いところあったら全部直すからぁー!」
フラれそうになってる彼女か。
「欠点とかはわからないけど、質問には答えるよ」
「ホントか!?」
佐々木はキラキラした目で私を見る。
「うん。で、何か聞きたいことある?」
「園森の勉強方法知りたい! 詳しく!」
「私は暗記しかしてないよ。数学も公式だけ暗記した」
数学の応用問題は一人じゃ理解できないものばかりだったから捨てた。
そうするとテストの時間に余裕ができて、基礎問題は2回解けたから、計算ミスはほとんど無かった。それで40点くらい。
「暗記科目でカバーしたということですか?」
「うん。理社は得意だよ」
三年間で覚えることは膨大にあるけど、入試に必要なのはその一部だけ。
私はその一部しか勉強してないから短期間で学園に受かった。
「いーなー。あたし全然覚えられないんだよねー。覚えてもすぐ忘れちゃう」
「忘れるのは普通でしょ」
「え? じゃあどーやって覚えてんの?」
「テキスト一ページずつ暗記して、一冊終わったらほとんど忘れてるから、また繰り返してた」
「なるほど……。あたし、忘れるのが嫌だから、いつもテスト直前にやってたんだよねー。もっとちゃんと毎日やってればよかったなー!」
未来永劫覚えていられるような完璧な暗記なんて不可能だからね。
その瞬間覚えたらオッケーってことにして、サクサク進んだ方がストレスが無くていい。
「なんか勉強のやり方わかったらいけそうな気がしてきた!」
単純か。
「佐々木さんがやる気を出してくれたようで良かったです。では、そろそろ勉強を始めましょうか」
「うん」
「よっしゃー! 気合い入れて覚えるぞー!」
その後、佐々木は驚異的な集中力で、テキストを二十ページくらい暗記してた。その後も私の話を聞いた影響なのか、数学には一切手をつけなかった。
麗子は全教科まんべんなくやって、少しでもわからないことがあると納得がいくまで調べて……テスト範囲に出ないところまで手を伸ばしていた。偉いけど、勉強量の割に成績は良くないんじゃないかな?
私はいつも通り、無理のない範囲で勉強して、集中力が切れたらすぐに休んだ。
そして、二週間後。
麗子は予想通りクラスで上位五位に入ってて、私は目標通り全教科四十五点達成。
そして佐々木は……。
「あたし、日本人やめるわ」
英語で全教科最高の七十点をたたき出し、国語で赤点を取り、私と麗子にそうボヤいていた。
一つ前の話で完結でしたが、麗子佐々木が出る日常の話で終わりたかったので1話増やしました。
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この話、最初から最後まで読んだ人いるのかな…?




