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1 ついにそのときが来た


「園森さん、お部屋から出たくないというお気持ちはわかりますよ」


 ……え、ちょっと待って。今なんて言った?

 私の気持ちがわかる?

 爽やかな優等生に、ゾンビ系女子の気持ちがわかるっていうの?


 ハァ……。


 ときどきいるんだよね、こういう子。

 自分が優秀なことに気付いてなくて、他の子も自分と同じスペックだと思っちゃう子。


 この子は品行方正で、コミュニケーション能力が高くて、大人ウケがいいタイプでしょ? だから学級委員になれたんだよね。

 普通の女子高生にすらなれない私とは、見えてる景色が違うんだよ。


 私を説得しようとしてるみたいだけど、この子がどんなこと言うか、だいたい予想つく。

 たぶんエピソードトークだね。『私もこんな経験をして大変だったの。だけどこんな風に乗り越えたの。世界はあなたが思っているよりも優しいわ。だから心配しないで』みたいな台詞。


 このパターンは何度も聴いたよ。テンプレートじゃ私の心は動かせないよ。


 ふと廊下が静かになった。


「園森さん、たしかに高校の勉強は大変です。園森さんは一度も学校に来ていませんので、授業についていけるかどうか不安だと思います。けれど、人は努力を重ねることで、立派な人になることができるのです。実は、わたしも昔は勉強は好きではありませんでした。勉強が嫌だと言ってお母さまに泣きついたこともありました。けれど、勉強から逃げ続けることはできないのです。わたしは少しずつ前向きに努力して、勉強を楽しく感じられるようになりました。知らないことを知ること、考えること、努力することは、人にとって大切なことです。私もまだまだ学ぶべきことばかりですけれど、わたしが園森さんのためにできることがありましたら、サポートしますよ」


 ……前言撤回、このパターンは初めてだよ。


 予想外の角度から『園森さん引きこもり問題』に一石を投じてきたね……。


 まさかこの子、私が勉強が嫌で引きこもってると思ってるの? 世の中に嫌なことは勉強以外にないと思ってるの? 逆にあなたの悩みって勉強以外にないの?


 私も『悩みは勉強です』とか言ってみたいわ。『人間関係が……ちょっと苦手で……』とか言うの嫌だわ。人間関係に比べたら勉強なんて屁でもないよ。たぶん本気出せばけっこうできると思うよ私。一応、高校入試は受かってるからね。明日から高校行っても少しはできると思うよ。


「もしも私の気持ちが伝わっていましたら、ドアを開けてくださらないかしら?」


 開けるかーい!


 心の距離一センチも近づいてないよ!

 なんで今ので説得できたと思ったの!?


「園森さん……」


「あのさーレイコ、説得ヘタじゃね?」


 ギャルが代わりにつっこんでくれた。

 ナイスギャル。さっきドア叩いたの許してあげる。


「わたしの説得、下手でしたか? 何がいけなかったのでしょうか……」


「園森は別に勉強がイヤで引きこもってるわけじゃないんじゃね?」


 その通り!


「そうだったのですか……。ひょっとして、佐々木さんは理由をご存知なのですか?」


「まー、本人の前で言うのもあれだけどさー、引きこもりの理由なんて九割方アレじゃん」


「アレ……ですか……」


 少し間が空いた。


「……ペットが死んでしまったとか?」


 おとぎの国のお姫様かな?


 なにそのメルヘンな引きこもり理由。この世の不幸は勉強が大変なこととペットが死んじゃうことしかないのかよ。


 この優等生あざといわ。ここでペットを出してくるとか、あざといわぁ。男子が『世間知らずなこの子を守ってあげなきゃ!』って使命感燃やす系の女子じゃん。


「ペットなわけねーよ。仮にそうならショックだろうけど、引きこもるほどではねーだろ。あたしら高校生だぞ」


「勉強でもペットでもないのなら、一体何が原因なのですか?」


「ダチがいねーとか、クラスのテンションが合わねーとか、学級委員長が気に食わねーとか、そんなところじゃん?」


「学級……なぜわたしが原因に入っているのですか!? わたしは園森さんに嫌われるようなことはしていませんよ! それに、お友達がいないのなら、作ればよろしいのでは!?」


 はい、マリーアントワネットの名言いただきました。

『お友達がいないのなら、作ればいいじゃない』

 それができたら苦労しないわ!


「作れないから苦労してんだろ。あたしだってクラスメイト全員が優等生だったら友達作れる自信ねーもん」


「わたしは佐々木さんとお友達になって差し上げます」


「お断りだ」


「なぜですか!」


「自分で自分を優等生って言う女子はちょっとムリー」


「わたしは言ってませんよ!? 佐々木さんが言ったのでしょう!」


「あれ、そーだっけ?」


 この二人は本当に、なんで一緒に私の家に来たんだろう。

 担任の差し金だとしたら、セオリー無視しすぎだよね。

 最初に貰ったポモケンをセンターに預けて、草むらで捕まえたハトとネズミでストーリー進めるくらいセオリー無視してるよね。


「はぁー。もう諦めて帰るかー。園森絶対ドアあけねーよもう」


「諦めたらだめです。園森さんの学園生活がかかっているんですよ」


 学園生活がかかってる……? なんか大げさな言い方だね。

 ひょっとして『大事なもの』って、私が思ってるよりも大事なものなのかな……。

『授業受けないと退学にしますよ』みたいな手紙とか?


 だとしても、いつかは退学になると思ってたから、別にいいけどね。元々高校なんて行きたくなかったし。

 お母さんに何か月も説得されて、『入試受けないとご飯あげない』って言われて、仕方なく受験して、たまたま受かっちゃっただけだし……。

 もう高校の名前すら忘れちゃった。私立なんとか学園。


 でも、私にとって高校に受かったのは無駄じゃなかったよ。『私は現役高校生』って自分に言い訳できるからね。

 不登校になって、五年以上部屋の中で過ごしたけど、それでも入試を受けて、高校に入って、普通の人と同じことがちょっぴりできた。


 ダメダメな私も、一瞬だけ現役高校生だった。

 そんな風に思うと、自分がちっぽけで嫌になったとき、少しだけ気が楽になるからね。

 明日退学になったとしても、私にとって、一か月間高校生だったことは無駄じゃない。


 なーんて考えてたら、いつの間にか部屋の外が静かになってた。

 私を説得する方法、思い浮かばなくなっちゃったのかな?


 まあ、そうだよね。私の気持ちを百パーセントわかってる私だって、逆の立場だったらかける言葉なんて見つからないもん。

 二人は持ってきた大事な『何か』を部屋の外に置いて、帰るしかないよ。

 そしたら、二人が帰った後に見るよ。


「あの……佐々木さん、ちょっとよろしいですか」


 優等生が声のボリュームを落とした。


「どしたの、レイコ?」


「ドアの鍵のところを見てください」


「ん、これがどうかした?」


「今気付いたのですが……鍵の上の四角い部分が青色になっています。開いているようです」


「まじじゃん」


 え、嘘? 鍵開いてるの? 私、閉めてなかった?


「ひょっとしたら、園森さんがわたしたちの話を聞いて、鍵を開けてくださったのかもしれませんね」


「やったー! さすがあたしらだな!」


 開けてないよ! さっきの二人の会話聞いて開けるわけないでしょ!


 でも、私が鍵を閉め忘れた可能性は高い。家族は勝手に私の部屋に入ってきたりしないから、私は普段、鍵がかかってるかどうかなんて確認してない。


 今のうちにこっそり閉めようかな……。

 でも、そんなことしたら『拒絶してます』って言ってるみたいだよね。

 私、会話も苦手だけど、人と意志疎通すること全般苦手なんだよね。


 だから今さら鍵を閉めて、拒絶の意思を示すのは無理。

 もう祈ることしかできないよ。

 お願い、開けないで……開けないで……。


「入るよーん」


「えっ、佐々木さん。まだ園森さんの了承を得ていません」


 ガチャッ……。


 私の平穏が終わった音がした。


 五年間、他人を入れたことのなかった私の部屋に、眩しすぎるくらい『リア充!』なルックスの二人が入ってきた。


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