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13 ゾンビ大作戦


 土曜日、私は佐々木と麗子を家に呼んだ。


「皮土を止めたい。お願い、力を貸して」


 今日の夕方、皮土が細貝を蔵木公園でリンチする。私が細貝を頼ったせいでもあるから、細貝が怪我をするような未来は変えたい。


「あの、園森さん。なぜ皮土君を止めるのでしょうか? 皮土君と細貝君は今日、和解するために公園でお話をするのですよね?」


 まじか麗子……。

 あの会話を聞いて、平和的解決をすると思ってるなんて、お嬢様思考すぎるよ。


「皮土は今日、細貝をボコボコにするんだよ」


「ぼこぼことは?」


「殴ったり蹴ったり」


「ええっ!? そんな酷いことはしませんよ。皮土君は二人で落ち着いて話すために、細貝君を公園へ呼んだのだと思います。本人がそう言っていたではありませんか」


「『話がある』っていうのは、喧嘩するときの常套句だよ。麗子、ヤンキードラマとか観たことないの?」


 早口でしゃべったらちょっと息が切れてきた。呼吸しなきゃ。呼吸。


「ヤンキードラマというのは存じませんけど。それはドラマのお話ですよね? 皮土君は『話がある』と言っていたのですから、素直に受け取れば、お話をしたいということだと思いますよ。佐々木さんもそう思いますよね?」


「いや、あたしは百パーセント喧嘩すると思うよ」


「ええっ!?」


「皮土の性格知ってるだろ? 昨日も細貝の胸ぐら掴んでたじゃん。あいつは自分より弱い奴には力を見せつけようとするんだよ」


「掴んでいたのですか? わたしの角度からは見えていなかったのですけれど……」


 皮土は顔を近づけて話してたからね。横からじゃないと見えなかったと思う。


「ま、喧嘩しないならそれでいいじゃん。でも、喧嘩したら止めるってことで。あたしは園森に協力するぜ。レイコもそれでいいだろ?」


「ええ、平和的に解決するのであれば、構いませんよ」


「二人とも、ありがとう」


「当然だって。園森の頼みってのもあるし、細貝は昨日男気を見せたから、あたしもできれば助けてやりたいしなー」


 細貝の勇気ある行動で、佐々木の細貝への印象は百八十度変わったみたい。

 二人が手伝ってくれるなら、今回の作戦は上手くいきそうだね。


「でも、どうやって止めるつもりなんだ? あたしらは力じゃ皮土に勝てねーぞ? 説得しても、止まるかわかんねーし。すぐに止めないと、その前に皮土は手を出しそうだし……」


「私に作戦がある。ゾンビ作戦」


「ゾンビ作戦……?」


 私は二人に作戦の内容を説明した。

 まず、私が佐々木と麗子にゾンビ風メイクをしてもらう。そして、皮土と細貝が公園に着たら、私が二人を不意打ちで脅かす。

 二人はバラバラに逃げるかもしれないし、一緒に逃げて友情が芽生えるかもしれない。どちらにしても喧嘩は止められる。


「集合時間は夕方六時だから、暗くて怖いはず」


「おー、案外上手くいくんじゃね? あたしのメイクテクなら、園森をめっちゃ怖くできると思うし」


「それな」


「ちょ、ちょっと待ってください! その作戦は無理がありますよ!? 二人とも冷静に考えてください!」


「え、何がダメ?」


「全部ですっ! 二人を驚かすという行為が皮土君と細貝君にとって不快なことですし、怖いメイクをした園森さんを見て二人が逃げるとも限りません。新たなトラブルを生む可能性がありますよ! お二人は男子高校生がゾンビに怯えて逃げると思いますか!?」


「うん、思う」


「あたしだったら怖すぎて失神する」


「もうっ!」


 私たちの回答が予想外だったのか、麗子はぷんぷん怒った。


「私、動画で観たことあるけど、肝試しで男子も怖がってたよ」


 某動画サイトの動画で、男子五人組の内、三人が心霊スポットのトンネルに入って、残った二人がこっそりお化けの恰好をして脅かしたら、三人は悲鳴をあげながら全力疾走で逃げた。

 二十歳くらいの男子ですら怖がるなら、高校生の男子も怖がるはず。


「では、別の提案です。お二人にクッキーを焼いて持っていってあげるというのはいかがでしょう」


「へ?」


「クッキーを食べながら、落ち着いてお話すれば、自然と二人の仲は良くなるはずです」


 森の妖精の喧嘩を止める方法かな?

 皮土がリンチをやめて、クッキーむしゃむしゃ食べるところは想像できないよ。


「クッキーなんか渡したら、『馬鹿にしてんのか』ってキレられると思うよー。あいつ女子に上から目線だし」


「ゾンビのメイクで脅かすより良い案ではないでしょうか?」


「んにゃ。レイコは男子のこと知らなすぎなんだよー。あいつらはバカだから、一回キレたら引っ込みつかねーの」


「確かにわたしは男子生徒の気持ちはわからないかもしれませんが、平和的に解決する方法を模索するべきです」


「平和だよ」


「だよ。あたしらが喧嘩するわけじゃねーし。脅かすだけだもん」


 麗子の言うこともわかるけど、クッキーを渡す作戦は私がやったら百パーセント失敗する。クラス一美少女の麗子が渡せば成功する可能性も無くはないけど、万が一皮土がキレた場合、麗子が危険な目に遭う。

 だから、不意打ちで脅かす作戦が、一番リスクが少ないと思う。


「ふぅ……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、わたしにはもうお二人を止められません。ですが、わたしも一緒についていきます。そして、もしも皮土君と細貝君が喧嘩しなかった場合、お二人は何もしないと約束してください」


「うん」


「おっけー。それでいいよ」


 麗子は「はぁ……」とため息をついた。

 私だってこの作戦が完璧だとは思ってないけど、成功率はそこそこあると思う。致命的にダメな作戦だったら、麗子はもっと必死で止めてくれたはずだし、麗子が妥協できる程度の作戦だったって、ポジティブに考えよう。

 私はさっそく佐々木にゾンビメイクをしてもらう。


「じゃあ始めるかー。園森、ゾンビ用の服は先に着ておいた方がいいぞ」


「わかった」


 ギャップがある方が怖いから、麗子からもらった清楚系ファッションに着替える。

 下はチェックのスカート、上は丸襟のシャツ、青のリボン。


「佐々木、メイクできそう?」


「もち! 昨日、動画で予習してきたから、バッチリだぜ!」


 佐々木にメイクされてる間、私はずっと目を閉じてた。ゾンビメイクは目の周りが青紫になってるところがポイントだから、目を開ける暇はなかった。

 顔中をパタパタと何回も上塗りされて、線を引かれて、二十分くらい経つと。


「園森、できたよー」


「……ん」


 目を開けて、佐々木が持ってた手鏡を見せてもらう。


「おぉ……! すごい! 完璧じゃん!」


「まーね! あたしにかかればこんなもんだぜ!」


 動画で観たゾンビ風メイク以上のクオリティだった。肌は冷たそうな白。目の周りは不気味なグラデーションになっていて、腐った肌にしか見えない。目の淵に塗った血みたいなアイラインも迫力がある。


「確かに不気味なメイクですが、冷静にメイクだと見抜かれてしまったら、驚かないと思いますよ」


 麗子はちょっと拗ねてる。


「大丈夫、まだ完成じゃないから」


 ゾンビ風メイクはあくまでも下地。『人外』とはっきりわかるためのアイテムがもう一つある。

 私はタンスの奥から、昔に買ったゾンビ仮装用のコンタクトレンズを取り出した。


「なんですかそれは?」


「ゾンビの目になるアイテムだよ」


 このコンタクトレンズを装着すると、眼球のほとんどが白目で、中央の直径数ミリの点だけが黒目になる。

 初めてのコンタクトレンズに悪戦苦闘しながら、なんとか装着完了。

 佐々木と麗子の方を振り向くと。


「きゃあっ!」


「うああああああああああああああああ!」


 麗子ですら小さな悲鳴をあげて飛び退き、佐々木は絶叫しながら近くの布団に逃げ込んだ。


「そのようなコンタクトレンズがあるのですね……本当に不気味です……」


「園森、ヤバいよそれ。まじで怖い。あんまこっち見ないで」


「うん」


 佐々木の手鏡をあらためて見る。

 映画に出てもおかしくないクオリティ。暗闇で見たら本物のゾンビにしか見えないと思う。

 私の夢が叶った。

 作戦のためのゾンビメイクだったけど、そんなことどうでもよくなるくらい嬉しい。


「やったぁー!」


「うわっ! 急に大きい声出すなよ!」


 自分で化粧したのに、怖がりすぎ。

 写真撮ってもらおうと思ったけど、佐々木はダメだね。


「麗子、写真撮って」


「はい、いいですよ。こうしてゾンビのお顔で写真を撮るなんて、ハロウィンみたいですね」


 麗子のスマホで写真を撮ってもらって、私のパソコンに送ってもらう。


「園森、背景とかアプリで盛ったら、もっと怖くなるんじゃない?」


「それだ!」


 怖さに慣れた佐々木も撮影会に加わった。

 色んなアプリで加工して、怖さを追求する遊びが始まり……。

 私たちは当初の目的を忘れて、気づくと集合時間の一時間前になっていた。

 

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