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10 美術女子はサイコパス


「……わたし、なんでこんなことに気付かなかったんだろう」

『どうしたの?』


 さっきまで明るく話してたのに、急にシリアスなトーンになるなんて。


「園森さんてさ、自分で自分のこと『美少女です』って言わないわよね。華堂さんも、佐々木さんも、園森さんがどんなに美少女でも、『自分と同じくらい可愛い』なんて言わないはずよ」


 鳥窓さんは鉛筆を止めて、まるでカメラの先の私を見透かすように、目を見開いた。


「園森さんが美少女だって学年中に広まったのは、なぜ?」


 この子は……わずかな会話をヒントに、真実に辿り着こうとしてる。

 びっくりした……。

 クラスメイト全員を人間観察してきただけあって、人を見る目が鋭い。


「一瞬、同じ中学出身の子から広まったのかと思ったけど、それも違うわよね。園森さんが美少女だって噂になったのは、新学期が始まって一ヶ月経って、園森さんがリモートで授業を受け始めて、三日後だから。園森さんのリモート授業の辺りで何かきっかけがあったんじゃないの?」


 この推理力と洞察力があれば、たとえ私が答えなかったとしても、今日中に細貝に辿り着いて、答えを引き出しそう。

 そんなことを思いながらも、正直に答える。


 実際は私は美少女じゃないこと。誤解された理由。細貝との会話。本当は誤解を解きたいこと。

 話し終えて、理解者が一人増えて、私はスッキリした。

 鳥窓さんは満足げな表情になって、途中まで描いていた絵を破り捨てた。


「そんな事件があったのね。教えてくれてありがと。園森さんへの違和感が無くなったわ。園森さんの全部を理解したなんて言うつもりはないけど、今ならましな絵が描けそう」


『ひょっとして、絵を描くために私のこと知りたがってたの?』


「うん。人間観察は芸術に大切なの」


 それから鳥窓さんは話さなくなって、さっきまでの倍速で鉛筆を動かし始めた。

 人間観察ね……。


 内容は違うけど、私も自分の趣味をそう呼んでたっけ。ゾンビ映画のエキストラ観察。

 やっぱりこの子は私に似てる。似てるけど、対極の部分もある。

 こういう関係性、なんて言うんだっけ……。ライバル? 違うかな。


 そんなことを考えて、私は絵を描いていなかったことに気付いて、慌てて鳥窓さんの絵を描いた。

 約二十五分後。

 私も鳥窓さんも描き終わった。私は普通の人物画を描いても面白くないと思ったから、少しアレンジして、ゾンビっぽくした。

 先に描き終えてた鳥窓さんは、二枚目に取り掛かっていて、それも完成したらしい。


『二枚目は何を描いたの?』


「さて、なんでしょう」


 鳥窓さんは二枚の絵を裏にして、私に見せてきた。


「園森さん、芸術家に必要なのは人間観察ともう一つ。インスピレーションなの」


『インスピレーション……直感てこと?』


「そう、直感で名作が生まれることはよくあるの。じゃあ芸術家はどうやって直感を磨くのかな」


『さあ?』


 直感を磨く方法があるとしたら、人それぞれじゃないかな。有名な作品に触れるとか、旅行に行って綺麗な景色を観るとか、散歩するとか、衝撃的な体験をするとか?


「わたしはね、他人の人生に干渉することが、直感を磨く方法だと思ってるの。わたし一人の人生じゃ足りないから。短い時間でもいいから、他人の人生に関わるの。いい意味でも、悪い意味でも。そして私が関わった人生が、どんな風に影響を受けるか見守るの」


『何を言ってるの……?』


 また、鳥窓さんのサイコパスな一面が出てきた。

 絵を破ったときよりも、ヤバい。

 いい意味でも、悪い意味でも、他人の人生に干渉するって……。

 私みたいに普通の道から外れてる人が、悪い干渉を受けたら、ただでは済まない。


「園森さん、どっちを提出して欲しいか選んで」


『私が選ぶの?』


「うん。この選択は園森さんの今後に影響があるわ。一枚はハズレ。園森さんにとって嬉しくないことが起こる。もう一枚は普通の絵。こっちを引き当てたらつまらないから、ご褒美として、園森さんに有益な情報をあげる」


『普通の絵はわかるけど、ハズレの絵は私に嬉しくないことが起こるの?』


「うん」


 たかが絵に大きな影響があるとは思えないし、私にとって有益な情報が何かも想像がつかないけど、鳥窓さんが嘘を言ってるようには見えない。

 鳥窓さんの観察眼、洞察力、コミュニケーション能力があれば、私の人生に何かしらの影響を与えることはできるのかもしれない。


 私にわかっているのは、一枚の絵は当たりで、もう一枚は外れということだけ。

 当たりがどちらか考えても、答えは出ない。ただの運ゲーだね。インスピレーションで選べってことでしょ。

 右か、左か。


『m』


 右と打とうとした瞬間。ふと閃いた。

 私のPCには当日受講した授業を自動録画する機能がついてる。巻き戻して見れば、どちらが先に描き終えた絵かわかるかもしれない。


『考えるから、ちょっと待って』


 私は授業を巻き戻して、鳥窓さんの手の動きを追った。死角になったところもあるけど、腕の動きでわかる。先に描き終えたのは、鳥窓さんの右手の絵だ。

 次に考えるのは、先に描き終えた絵が当たりか外れか。


 冷静に考えればわかる。

 鳥窓さんは私の人生に影響を与えたいと思ってる。もしも時間内に二枚目を描き終えられなかった場合、先に描き終えた一枚目を提出するのだから、当然、私に影響を与える絵を先に描くに決まってる。


 つまり、右手の絵は危険物。左手が普通の絵。

 さらにこれを裏付けるのは、鳥窓さんが先に描いた絵を何度も破いていたこと。

 何度も破いて描き直した絵と、サラっと一発で描いた絵。どちらが普通の絵か、言うまでもないね。


『左手で持ってる絵』


「……へぇ、意外と運がいいんだね。それとも長い時間考えて、何かヒントを見つけたのかな」


 鳥窓さんは左手の絵を表にした。

 何の変哲もないPCの絵。

 ふぅ……当たりだね……。急に怖い二択を迫られて、普段使わない脳を使っちゃったよ。


「ちなみにもう一枚はコレね」


 鳥窓さんが見せた絵は、実際の人間を模写したとしか思えないくらい、緻密に描かれた美少女だった。

 ツンとした鼻、切れ長の目、無造作な髪のクールな美少女。


『何この絵……?』


「もしも園森さんがこの絵を選んでたら、わたしはこれを提出して、こう言うつもりだったの」


 鳥窓さんは声のボリュームを落とす。


「園森さんの自撮り写真をディスプレイに表示してもらって、それを見て描きました」


 この子、ヤバッ……!

 プロみたいな画力で描かれた絵を見たら、写真を見て描いたという嘘を誰も疑わない。

 もしもクラスメイトに見られたら、私が美少女という噂は二度と消せなくなる。さらに、具体的にどんな外見なのかイメージが固まることで、私への周りの接し方も変わってくる。

 この絵は私が想定していたよりも、ヤバい……。


『鳥窓さんは、芸術のために私の学園生活を犠牲にするつもりだったの?』


「ううん、わたしはただ園森さんを気に入っただけだよ。園森さんがこっちの絵を選んでたとしても、ちゃんと後でリカバリーしてあげるつもりだったよ」


『嘘臭……』


 人生を悪い方向に捻じ曲げて、その後また良い方向に捻じ曲げても、それは元通りじゃないんだよ。そんなこと鳥窓さんもわかってると思うけど。


「わたし嘘は言わないよ。その証拠に、約束通り有益な情報をあげる」


『うん』


 勝利の報酬として、有益な情報はありがたく聞かせてもらおう。


「園森さんに告白した五組の皮土陣具かわどじんぐ。園森さんのことを逆恨みしてるよ」


『え……しつこくない?』


「彼はプライドが高いからね。園森さんにフラれたことより、教室で恥をかかされたことについて怒ってるよ。土日を挟んでもまだ根に持ってたから、怒りを自分の中で消化できないタイプだね。逆にどんどん憎悪を膨らませてるよ」


 タチが悪いね……。ちゃんと謝った方がいいかな。


「で、そんなプライドの高い男子と一番相性が悪い、うちのクラスの女子は誰だと思う?」


『私?』


「ふふっ」


 鳥窓さんは楽しそうに笑った。イエスともノーとも答えてくれない。

 え、私じゃないの? 口下手で男子のプライドを傷つけちゃう私と、プライドの高い皮土。水と油だと思うけど。


「ま、不正解を教えるとは言ってないから、正解だけ教えるね。たぶん、皮土君は近い内に怒りが許容値を超えて、園森さんに絡んでくるから、そのときは男子を頼るといいよ。細貝君が適任だと思う」


 男子に頼るって案は私には思いつかなかった。細貝は隣の席だし、私が美少女って噂を広めた張本人だから、お願いしやすいかも。


『わかった。ありがとう』


「どういたしまして」


 鳥窓さんは偽物の私の絵を細かく破いた。見られたら誤解を生むかもしれなかったから、これで一安心。


「そういえば、園森さんはどんな風にわたしの絵を描いたの? 見せて」


『いいよ。でも期待しないで』


 私は事前にスキャンしてた絵を画面に表示して見せた。

 一応、鳥窓さんだとわかる程度には特徴を捉えてると思う。ただ、ちょっとアレンジを加えてゾンビ化させてるけどね。


「あれ? わたしゾンビになってる?」


『うん。私ゾンビ好きだから』


「ふーん……いい意味で受け取っておくね。でも美術部員として伝えておくと、今回の課題は『模写』だから、見たものをそのまま描かないと減点されちゃうよ」


『鳥窓さんは見てもいない美少女を描いたでしょ』


「あははははっ。確かにその通りね。園森さん、やっぱり面白いなぁ」


 私にとっても鳥窓さんは面白い子だよ。一歩間違えたら危険人物だけど、悪い子ではなさそうだしね。

 新たな出会いを体験してから数日後、私は鳥窓さんの忠告を忘れた頃に思い出すことになった。


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