10 鳥窓優香
二日ぶりの学校。今日は初めて美術の授業を受けるんだけど……。
私は絵具を持ってないから、絵画の授業だったら見てるだけかな?
そんな緩い気持ちでPCモニタに向かうと。
「本日は二人一組でペアになって、お互いの顔を模写していただきます。使用できるのは黒の鉛筆だけ。画用紙はA4サイズ。時間は四十分間です」
え、素人の下手な画力で友達の顔を描くの? 描かれる側も自分の顔をじっと見られて恥ずかしいじゃん。
私、今日だけは学校に行ってなくてよかった。この授業を教室で受けてたら地獄だよ……。
教室内もざわざわしてる。
「たとえ未完成でも、作品は授業の最後に集めます。園森さんは描いた絵をスキャナで取り込んで、画像ファイルを送ってください。皆さん時間を意識して描きましょう」
私も参加するの?
私がクラスメイトを描くことはできるけど、クラスメイトが私を描くことはできないよね……?
私の顔は教室のディスプレイには映し出せないからね。
「では、始めてください」
最小限の説明だけで、授業が始まった。
えー……どうしよう。
周りはペアを組み始めたけど、私はどうすればいいのかわからない。
私のPCには一応声を出す機能がついてるけど、教室に向かって話しかけるのは無理。
チャットに『ペアの相方募集』とでも書いておくべき? それとも、佐々木か麗子にメッセージを残して、気づいてくれるのを待つ?
そんなことを考えていると。
私の席に向かい合うようにして、誰かが椅子を置いて座った。
「園森さん、初めまして。わたし鳥窓優香。ペア組んでくれる?」
長身で童顔。声はしっとりしてるけど、話し方は子供っぽい。なんだかアンバランスな子だね。黒髪ロングで、体は細くて、どちらかというと大人しいタイプに見えるけど。
なんで私を誘ったんだろう……?
この子と話したことは一度もないし、この子が佐々木や麗子と話してるところも見たことない。私と接点はないはず。
もちろん、私はペア探しに苦労しそうだったから、組んでくれるなら誰でもありがたいけど。
そんな考えが巡って少し返答が遅れると。
「画力については心配しないで。わたし二歳の頃から絵を描いてるわ。美術一家なの。コンクールで金賞を取ったこともあるわ」
『すごいね』
「まあね。じゃあ返事はオーケー?」
『うん。でも、私の顔はモニタに映せないよ。恥ずかしいから』
「構わないわ。PCを描くから」
それは人物画じゃないよ。授業のお題に沿ってない。そんなもの提出したら先生に怒られるんじゃない……?
そんな質問を打とうとしたら、鳥窓さんが続ける。
「わたし絵を描くと悪い癖が出ることがあってね。人物画を描くには向いてないの。だから園森さんを描こうかなって」
『意味が分からない』
「まー、後々わかるわ。時間が無いから描き始めていい?」
そう言うと、目を見開いて、スケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。シュッシュッと迷いなく線を引く音で、この子が相当絵を描き慣れてるのはわかる。
なんかマイペースな子だな。
「でも、園森さんもよかったでしょ? もしペアが見つからなかったら、先生の顔を描くことになったかもしれないし」
たしかに、そんなことになったら疎外感があるよね。クラスメイトはみんな友達の顔を描いてるのに、私だけ先生を描く。それは最悪の展開だよ。
『そうなる前に佐々木か麗子を呼んだと思うよ』
「へぇ、ギャルの佐々木さんだけじゃなくて、優等生の華堂さんとも友達なのね。真逆の二人と付き合えるってことは、園森さんは誰とでも合わせられる柔軟なタイプなの?」
『全然。ただの根暗』
「自分で言っちゃうの面白いね。園森さんはどうやって二人と友達になったの?」
『カフェ行ったりした』
「それは友達になった後でしょ? 出会ったきっかけは?」
口と手を猛スピードで同時に動かしてる。この子、思ったよりおしゃべりだね。
『二人が家に来て、部屋に入ってきた』
「園森さんが部屋に入れたんじゃなくて、勝手に入ってきたの?」
『うん、鍵がたまたま開いてて』
「へー、じゃあ出会いのきっかけは佐々木さんだったのね」
部屋に勝手に入ってきたのが佐々木だって、よくわかったね。
『正解』
「ふふふ、誰だってわかるわ。優等生の華堂さんが勝手に人の部屋に入るわけないから」
そう言った瞬間。
ビリビリビリッ……!
鳥窓さんは描いていた絵を破った。
まるで日々のルーティーンのように、表情一つ変えず、絵を細かく破いていく。
え……何この子? サイコパス?
『あんなに描いてたのに勿体ない』
「いいの、またすぐ描けるから。ちなみに今のが私の悪い癖ね」
『あー、なるほど』
上手く描けなかったら、絵を破く癖があるんだ。もしも私以外の子とペアを組んでたら、その子の顔を描いている途中で破ってた。描かれてる子は不快になったはず。
『だから私と組んだんだね。PCの絵を破かれてもなんとも思わないから』
「正解、よくわかったね。わたし中学生の頃、他の子の顔描いてるとき同じことしたら、モデルになってた子が泣いちゃったの』
自分の顔を描いた絵をビリビリに破られたら、女子中学生が泣いちゃうのも仕方ないよ……。
この子、ひょっとして私と同じくらい社会不適合者なんじゃない……? 質問攻めみたいなトーク、絵を平然と破く癖、それを直そうとしない我の強さ、普通の人とズレてる。私とタイプは違うけど、近いカテゴリにいる気がする。
「わたしが園森さんと組んだ理由は、もう一つあるんだけどね。そっちが本当の理由」
『もう一つの理由?』
「わたし、園森さんのイメージを掴みきれてないの。実際に会ってないからとか、顔が見えてないからとかじゃなくて。クラスで広まってる園森さんのイメージに違和感があって、本当の園森さんを知りたいの」
この子、鋭いな……。クラスで広まってる私のイメージは、本当の私とはかけ離れてる。鳥窓さんは、私のクラスでの行動や発言に何か違和感を感じたんだね。
「なんで告白してきた男子に『死んで出直してきて』って言ったの?」
あの場でディスプレイを見てたのはほんの数人で、その中に鳥窓さんはいなかった。鳥窓さんが一語一句知ってるってことは、詳細まで広まってるんだね……。
『私はゾンビ映画が好きなの』
「ふむふむ」
『告白されたとき焦って、ゾンビの方が好きって意味で、『死んで出直してきて』って言ったんだよ』
「待って。園森さんは死体と付き合いたいの?」
『うん。でも、動く死体ね。ゾンビはただの死体じゃないよ』
「ゾンビとキスできる?」
『好きなゾンビならできると思うよ』
「わお……。わたしの知らない人種だ」
鳥窓さんは口をぽかーんと開いてる。
普通の人に言ったらドン引きされると思うけど、鳥窓さんの表情に嫌悪感は無くて、ただ驚いてる感じ。
こんなリアクションをする辺り、やっぱり鳥窓さんは私に近い人種だと思う。
「趣味がゾンビ映画の美少女。不良男子にも怖がらずに言いたいことが言える。リモートで授業を受けるくらいシャイなのに、クラスの美少女二人とすぐ友達になれる。やっぱり園森さんって不思議だね」
鳥窓さんも同じくらい不思議だよ。
と打とうと思ったけど、タイピングより口の方が速いので、鳥窓さんが続ける。
「ちなみにわたし、自分をそこそこ美少女だと思ってるの。クラス内で五番目くらいかな。そしたら園森さんが来て、わたしは六番目になっちゃった」
自分で言う……? と思ったけど、鳥窓さんの自己評価はピッタリ合ってると思う。クラス内でちょうど五番目。本当の私はランク外だから、鳥窓さんはまだ五番目のままだけど。
『私も鳥窓さんは五番目だと思うよ』
「でしょ? わたし観察眼には自信があるの。園森さんのことも丸裸にするからね」
『丸裸って……』
自分を可愛いと言ったり、際どい言葉を使ったり、変な発言ばかりしてる。コミュニケーション能力は高いのに、なぜ?
ひょっとして、わざと変なこと言ってる……? だとしたら理由は……。
『ねぇ、鳥窓さん。さっきから変なこと言って、私の反応見ようとしてる?』
「そうだよ。よくわかったね。わたしが変な質問すると、『変な子だな』って反応する人がほとんどなのに、園森さん鋭い。わたしの際どい発言は素じゃなくて、考えて言ってるの」
『さっき、私のイメージを掴みきれてないって言ってたから、私を試してるんだと思った』
「ヒントを出しても、気づく人はこれまでいなかったよ」
際どい質問をしてまで、他人の本質を知りたがるなんて、やっぱり変人だね。
鋭い人って褒められて、悪い気はしないけど。
「ちなみに、華道さんと佐々木さんも気づかなかったわ」
『二人にも質問したの?』
「うん、クラスメイト全員にしたわ。初めて会った人は全員、どんな人なのか詳しく知りたいから」
すごいのは鳥窓さんの方だよ……。コミュニケーション能力お化けだね。
「華堂さんはどんな質問にも細かく丁寧に答えてくれたわ。あんな律儀な子は他にいない。育ちがいいのよきっと」
麗子の評価は私と同じだね。
『佐々木は?』
興味が湧いたので聞いてみる。
「佐々木さんはわたしが変なこと言うと、同じくらいズレたこと言ったり、ツッコんだり、ギャルっぽい返答だったわね。クラスでは不良のイメージを持たれてるけど、話してみたら実はフレンドリーな子ね」
あー、やっぱり佐々木ってクラスだと不良のイメージが強いんだ。私は先に能天気な一面を見たから、能天気なイメージが強いけど。
「佐々木さんは見た目が美人すぎて近づきがたかったけど、一気に親近感が湧いたわ」
と言い終えた瞬間、鳥窓さんは真剣な表情に変わった。




