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8 外に行く服がない


 麗子と佐々木と一緒にカフェに行くことになったけど。


「ごめん、やっぱ無理かも」


 一つ重大な問題に気付いちゃったんだよね……。


「どーした園森? やっぱ怖くなったとか?」


「それとも、体調がすぐれないとかでしょうか」


「……服がない」


「えっ、服が無いって言っても、さすがに何かあるだろ?」


「外行く服はないよ」


 五年近く外出てないからね……。部屋着が何着かあるけど、麗子とか佐々木が着てるようなまともな服は持ってない。

 麗子は白のブラウスに深緑のリボンとスカート。佐々木はオーバーサイズのティーシャツにショートデニム。二人とも似合ってるしオシャレなんだよね。


「園森さん、外出用のお洋服がないというのは、どういうことなのでしょう。もしかして、お洋服を全部クリーニングに出してしまったのですか?」


 ねぇ麗子……『お洋服を持ってない人がいるわけありませんわ』ってこと? 『クリーニングに出しているに違いありませんわ』ってこと? これだから世間知らずのお嬢様は困るわ。

 私はまともな服を一着も持ってないだけだよ。


「もともと部屋着しか持ってない」


「……何か事情がおありなのですね。でしたら、私の服でよろしければ、今度着なくなったものを持ってきて差し上げますよ」


 いやいやいや……麗子が着てるような可愛い服、私に似合わないでしょ。


「じゃあ今度あたしのも持ってきてあげる……って、それはいいとして、今日はとりあえず今持ってる服で行くしかないな~」


「まじでボロ雑巾しかないよ」


「そこまで酷くないだろ。タンス見せてくれよ」


「ん」


 まあ、とりあえず見せてみよう。

 一段目に私の服が全部入ってる。穴の開いたスウェットとか、プリントの禿げたティーシャツとか、寝間着とか。


「…………二段目は?」


 佐々木が一段目を見限ったね。

 これしか持ってないんだけどね。まあ見たいなら二段目の下着ゾーンも見せてあげよう。


「……………………」


「……………………」


 小学生の頃から履いてる下着。何の面白みもない白いパンツだけ。見せられてもコメントしようがないよね。


「…………三段目は?」


「……………………」


 映画のブルーレイが入ってる三段目を引き出して見せた。


「服じゃねーじゃん!」


「うん」


 服なんてタンス二段あれば収まるよ。ちなみに四段目はごちゃごちゃした小物。


「え、マジで服これだけ? 今着てるのと合わせて四着だけなの?」


「それな」


「なんで他人事なんだよ」


 他の綺麗な服は全部クリーニングに出しちゃったんだよねー。あのオシャレなワンピとか残しておけばよかったなー。なーんてね。言いたいけどね。まじでこれだけなんだよね。


「他に三着あるのですね。では、佐々木さんがその中から選んで差し上げるというのはいかがでしょうか?」


「麗子、これ見ても同じことが言えるか?」


 佐々木がタンスからトップス三枚を見せると。


「まぁ」


 麗子は呆けた声で言った。

『まぁ』って、どういう気持ち? 他に何かあるでしょ。


「全部穴が空いています」


 だから、それどういう気持ちで言ってるの? なんで普通のことしか言わないの? 英語の和訳なの?


「あ、園森、別にダメってわけじゃねーからな。これはこれでまあ無しではないっつーか、ちょっと外出るだけだし。この中から一番マシ……じゃなくて綺麗なの選ぼうぜ」


 フォローが苦しい。佐々木の笑顔がひきつってる。海底でしゃべってるのかな。


「黒のスウェット、白のパジャマ、オレンジのジャージですね」


 佐々木が取り出した服らしきものを麗子が日本語に訳していく。

 一応、区別がつくんだね。ぱっと見は三着とも布っきれなんだけどね。


「んー、この中で選ぶなら、まあ普通に考えて……」


 佐々木が服を見比べてる。

 普通に考えて一番マシなのはオレンジだよね。私だってそれくらいわかるよ。一番明るい色だからね。

 と思ってオレンジのジャージを手に取ったら。


「それはないよな」


「!?」


 秒で否定された。

 え、なんでだろう……。


「白はパジャマだから論外だし、一番目立たない黒だよなー」


 あー、なるほどね。オシャレかどうかじゃなくて、"服のボロさが目立たない"ってところが評価ポイントなのね。


「了解。着替えるから先に下行ってて」


「オッケー」


「承知致しました。玄関でお待ちしていますね」


 二人が部屋を出て、階段を降りる音が小さくなってから、私は服を着替えた。


「ん…………しょ」


 一瞬で着替え終わった。黒のスウェット上下。ボロボロだけど、そこまで穴は目立たない。

 家族に会わないようにこっそり廊下を抜けて、階段を降りる。

 そのまま玄関で靴を履こうとして、気付いた。


 私の靴ないじゃん。

 よく考えたら当たり前だけど、私の靴、玄関にないわ。

 昔履いてたやつ、どこかに仕舞ってあるかな……と思って探したけど、見つからなかった。

 あったとしてもサイズが小さすぎて、もう履けないかな。

 仕方ない……ブカブカだけど、お父さんの革靴借りよう。これも黒だから服に合ってるはず。


「んしょ」


 いよいよ外に出るときが来たね。昨日までの私は今日外に出るなんて想像してなかったのに、不思議だね。十数年ぶりに外に出る機会が突然訪れるなんて。ちょっと緊張する。

 気合い入れてドア開けよう。三……二……一……ゼロ!


 ガチャンッ。


「………………」


 あ……懐かしい。

 この玄関見たことある。子供のころ毎日見てた玄関……。

 傘立てとか車とか新しくなってるけど、門は昔のままだ。


 今は三時過ぎくらいだけど、久しぶりに外に出てみると、日の光が眩しいね。でも空気は美味しくて、悪い気分じゃない。

 これまで何年も外に出ることに怯えてたのに、こうして一歩外に出てみると、意外と簡単なことだったんだって気づく。


 ……私も一歩成長したってことかな?

 そんなことを考えてると、佐々木がジト目で私の足元を見てた。


「なぁ、園森……なんでスウェットにビジネスシューズなんだ……?」


「黒で合わせた」


「その前にジャンル合わせようぜ」


 私のオシャレセンスは通用しなかったみたいで、家に戻って、佐々木のアドバイスでスニーカーに履き替えた。


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