表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/23

7 ギャルはビンタして欲しい

 土曜日、久しぶりの休日。麗子と佐々木が私の家に来た。


「おっすー! 園森」


「お邪魔します、園森さん。こうしてお家で会うのは久しぶりですね」


「二人とも、なんで来たの?」


 学校で毎日会ってるのに休日まで会いにくるなんて、何が目的なんだろう? 私は久しぶりに学校通って疲れたから、今日はダラダラ過ごそうと思ってたんだけど。


「その……細貝の件でさ、あたしがちょっと余計なことしちゃったかなーって思って。ごめん!」


「あーそれね。別にいいけど」


 一昨日、佐々木が『あたしのダチに迷惑かけんなよ』と言って、私の噂を流してた細貝をビビらせた。佐々木の迫力は鬼みたいで、クラスメイト全員が怯えて、結果、なぜか私にもクールなイメージがついちゃったんだよね。


 たぶん『園森さんと佐々木さんは親友だから、園森さんは佐々木さんみたいなタイプ』ってクラスメイトに思われちゃったんだろう。


 さらに、『園森さんと佐々木さんは親友だから、園森さんは佐々木さんと同等のルックス』って誤解もされた。私が美少女かどうか半信半疑だったクラスメイトたちも、あの事件以来、私を美少女だと信じて疑ってない。


「佐々木さんは机を手で叩いたり、細貝君を睨みつけたり、誤解を生むような行動をしていますからね。園森さんに迷惑をかけないようにすることももちろんですが、佐々木さん自身のイメージのためにも、もっと慎ましい行動を心掛けるべきだと思いますよ」


「くっ……麗子に正論言われるとムカつくけどごめん!」


「そんな謝り方がありますか!? 正論と認めているのなら、素直に受け入れてください!」


「わかった、あたしが悪かったよ。反省してる」


「では、今後怒りを感じたときはどのように行動しますか?」


「怒りをかみ殺して、笑顔でがんばる」


 それは逆に怖いよ。怒りが表情を通り越してる人じゃん。


「いえ、怒りを持ち続けることはストレスになります。感情に蓋をするのではなく、穏やかな心で、目の前の問題に真っすぐ向き合うことが大切ですよ」


 いやいやいや……穏やかな心はどこから湧いてきたの? 怒ってる人が急に穏やかな心になるのは無理でしょ。麗子みたいにもともと怒りが湧かない人ならできるかもしれないけどさ。


「穏やかな心か……」


「はい、穏やかな心です。園森さんも、普段怒ることはありませんよね」


「ん……まあね」


 私の場合、怒るほど人と接してないだけかもしれないけどね。

 佐々木は覚悟を決めたように麗子を見た。


「わかった……あたしは今のままじゃダメだ。麗子、一回あたしを殴ってくれ」


「何をおっしゃっているのですか? 意味がわかりません」


「怒らない練習したいんだよ。だから、試しに一回あたしを殴ってくれ」


「そんなことはしませんよ。わたしは暴力は苦手です」


「あたしを助けると思って、頼む! このままじゃあたしの気が済まないんだよ。園森に迷惑かけちまったからさ。これからは誰にも迷惑かけないように、穏やかな心を手に入れたいんだ」


 佐々木の真剣な表情を見て、麗子はため息をついた。


「………………はぁ、わかりました。本当にいいんですね?」


「もちろん。恩に着るぜ。遠慮しなくていいから、全力で殴ってくれよ」


「仕方ありませんね」


 え、本当に全力で殴るの? お淑やかな麗子が? 佐々木を?


 麗子の腕は細くて非力に見えるけど、文武両道ってクラスで褒められてるのを聞いたことあるから、弱くはないはず。本気で叩いたらけっこう痛いんじゃないかな。顔赤くなっちゃうかも……?


 そんな私の心配をよそに、麗子は佐々木に二歩近づき、大きく手を振りかぶった。

 佐々木は覚悟を決めた目で麗子を見つめる。


 ――ぺち。


 化粧水を肌に染み込ませるくらいの弱い平手打ち。

 麗子、思いっきり手加減したね。


「おい、レイコ! 舐めてんのか! 全力でやれよ!」


「ほら、怒ってます。穏やかな心を練習するのではなかったのですか?」


「なっ……! だって、今のは違うじゃん……」


「『全力できてくれ』とおっしゃっていましたよね。ですから、わたしは佐々木さんが怒りを感じるように全力で考えて、"あえて"軽く叩いたのですよ」


「そんなの卑怯だろー……」


「わたしは強く叩くとは言っていませんからね。それに、怒りはふとしたときに不意打ちで襲ってくるものですよ。事前に来るとわかっている痛みに対しては、怒らなくて当然です。そのくらいの我慢なら幼い子でもできます。不意打ちにとっさに対処できたとき、初めて心が成長したとは言えるのではないでしょうか」


「くっ……悔しい!」


 麗子、すごい……。

 佐々木はたぶん、どんなに強く叩かれても怒らなかったと思う。

 でも、麗子の弱いビンタで佐々木はプチ怒になった。麗子の手のひらの上だね。

 麗子は一息ついてから、


「ふぅ……まったく、穏やかな心を練習したいとおっしゃっていましたのに、数秒後に怒ってしまうだなんて、小鳥さんもびっくりな記憶力ですね」


 最後はわざとらしいくらい演技っぽい口調だった。なにこのメルヘンな挑発……。でも、これって麗子が佐々木にもう一回チャンスをあげたってことだよね。

 麗子はやれやれと首を振って、フッと息を吐く。

 佐々木はピクピクと引きつった笑みを浮かべながら。


「レントゲンがあればなぁ……あたしの穏やかな心……見せてあげたのに……!」


 たぶんそれで見えるのは心じゃなくて心臓だよ。


 ※ ※ ※


「ってことでさー。園森、気晴らしにケーキでも食べに行こうぜー」


 なんで急にそんな話になったの?

 私引きこもりだからね。外出るわけないでしょ。


「ムリ」


「なんで?」


「引きこもりだから」


「えー! じゃあさー、引きこもりやめたら行ける?」


「やめない」


「なんで? 学校通ってるけど全然平気じゃん」


「うーん……」


 たしかに、学校生活はなんとか過ごせてる。レベルアップした今の私なら、二人と一緒にちょっと外に出るくらいならできる気もする。

 でも、そうやって調子に乗って冒険して、何かやらかしちゃうのが私なんだよね。学校生活でもすでに細貝との会話とか告白の返事とかで失敗してるし……。

 やっぱり部屋の中にいるのが安全だよ。


「この間、園森さんはケーキがお好きとおっしゃっていましたよね」


「うん」


「ですが、五年以上食べていないとおっしゃっていましたよね」


 そういえば、二~三日前の休み時間に麗子とそんな話したっけ。

 私のおやつはいつもお母さんが持ってきて、部屋の前に置いてくれる。でも、私はヘッドフォンつけてゾンビゲームやってるときもあるし、徹夜明けで寝てるときもあるから、すぐに食べられないことが多くて。おやつは腐ったり溶けたりしないものになっちゃう。アイスとかかき氷とかケーキとか、すぐ食べないと溶けちゃうスイーツは五年くらい食べてない。


「わたし、近くにケーキの美味しいカフェを知っているんです。ご一緒にいかがですか?」


「うーん……」


 カフェてオシャレっぽくて嫌だなぁ。明るい店、可愛い制服の店員、元気ないらっしゃいませ、オシャレな品名、時間制限のある注文。そういうのが苦手。暗いオッサンがやってるようなカフェがあれば行ってもいいけど、普通のカフェは無理だよ。


「無理。私引きこもりだから」


「園森さん、」


 何かをいいかけた麗子を遮って、佐々木が私に顔を近づけてきた。


「そんなこと言ってたら、いつまでも部屋から出れないだろ。園森は外に出られるって、あたしらは信じてるから誘ってんだ。園森はあたしらと変わんねえ。こんな暗い部屋にずっと引きこもってる奴じゃねえよ」


「……」


 私は二人とは全然違うのに。見た目も、中身も、これまでの人生も。

 薄暗くてジメジメした感じ、それが私の中の私のイメージ。キラキラした佐々木や麗子とは真逆だと思ってたのに。

 私が二人と変わらない? 佐々木にはそう見えてるの……?


「あたしも中学の頃、何度も学校サボってたんだよ。髪の色とか授業態度とかで教師に目つけられて、居心地悪かったからさ」


 佐々木は自分の前髪をくしゃっと掴んで、気まずげに語りだした。

 麗子が「まぁ!」と信じられないような顔してる。


「そんでさ、ある日、同じ学校に通ってたいっこ下の弟が学校で暴れて、停学になってさ。すげー悩んだんだよ。姉として悪いお手本だったんじゃないかって。あたしのせいもあるんじゃないかって。悩んで、学校やめようと思ったんだ」


 佐々木、そんな不良の弟がいたんだ……。キラキラした人生だと勝手に思い込んでたけど、嫌な思い出もあるんだ……。


「でもさ、あたしには、他のクラスにダチがいたんだ。あたしが学校辞めたら、ダチはあたしのことどう思うだろうって考えた」


 友達が学校を辞めたら……。幼稚園以来友達ができてない私には、その気持ちは想像できない。


「逃げたって思うか? 同情してくれるか? いや、違うだろって、私が逆の立場だったら……」


 佐々木は力強い目で私を見た。


「あたしはダチとして力不足だったんだって、自分を責めるよ。あたしと過ごす楽しさは、ダチの悩みに負けちまったんだって、寂しくなる」


 そっか……。学校にいかないってことは、友達と会えなくなるってことだもんね……。友達と過ごす楽しさを捨てて、逃げてしまうくらい、悩みが重かった。普通はそう考えると思うけど。佐々木は逆なんだ。

 悩みに負けちゃう程度の友達だった。

 佐々木はきっと友達にとって大切な存在でいたくて、もしそうでなかったらとても寂しい。そんな性格なんだ。

 だからその裏返しで、佐々木は友達のために考えて行動してる。


「だからあたしは逃げなかった。ダチを捨ててまで逃げるなんてダメだ。そんな寂しい思いはしたくないし、させたくない。そんな終わり方したら、これまでの思い出も全部、ダメになっちゃうだろ?」


 佐々木は私に問いかけてる。

 あぁ、そっか。

 私は始めて、佐々木の気持ちがわかった。

 佐々木にとって私は……本当に友達なんだ。


「園森はもう前に進む準備ができてる。何があってもあたしらが味方になってやる。だから、あたしのわがままかもしれないけどさ、一緒に色んなところ行って遊ぼうぜ」


 佐々木や麗子が私と仲良くしてるのは、一時的な同情か何かだと、心のどこかで思ってた。

 ハイスペックな二人には、可愛い子とか、明るい子とか、私なんかよりずっと良い友達がたくさんいて、私と本当の友達になる理由なんて無いと、勝手に決めつけてた。


 でも、思い返してみると、二人と過ごした数日は楽しかった。

 新しい発見がたくさんあって、価値観は違うのに、居心地がよくて。

 二人も私と同じように感じてくれていたのなら。

 それを友達と呼ぶのは、しっくりくる。


「ありがと……」


 私は佐々木と麗子と目を合わせた。


「私も一緒に、カフェにいく」


 外に出る勇気が出た。今出なきゃ、誘ってくれた麗子にも、説得してくれた佐々木にも、申し訳ないもんね。


「よっしゃ! さすがあたしのダチだ! 震えるくらいケーキ食べようぜ!」


「そんな大量には食べないよ」


「わかってるって、冗談だよー」


 佐々木が肩をポンと叩いた。

 麗子を見ると、大きな目が涙でうるんでる。


「園森さんが久しぶりにお外に出るのですね。わたしも嬉しいです。今日は記念すべき日ですね」


 麗子はカバンを持って、準備万端になった。


「ちょっと待って」


「はい、なんでしょう」


「どした? 園森」


 カフェに行くってことは、アレが必要だよね。ゴールド……じゃなくて、金貨……じゃなくて、お金だ。お金。

 私は部屋のドアを開けた。


「リビングで小銭探してくるから、ちょっと待ってて」


「人の家で宝探しする勇者か」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ