6 クールな美女
翌日、教室は私が不良に告白された話で持ちきりだった。
特に教室の出入り口付近で騒いでる女子がうるさい。他のクラスから詳しい話を聞きにきた生徒にうちのクラスメイトが一から全部話してた。
「そのときの皮土の告白、すっごい俺様な感じだったよ。まじでビックリでしょ!」
「ヤバイじゃん! 何考えてんのアイツ!?」
「でさ、普通そんなのビビるじゃん!? でも園森さん超クールでさぁ、「死んで出直してきて」って言ったの!」
「ええええー!!! 何それ!? カッコ良すぎる!!!」
「園森さんって何者なの? 皮土って見た目怖いじゃん。普通、面と向かってそんなこと言えないよね?」
「わかんないけど、園森さんすっごい美人なんだって。クールな美女なんだよきっと」
「それか、めっちゃ強い彼氏と付き合ってるのかもねー」
「ありそう!! そんな感じする!」
「えー! すっごい気になる!」
……うーん、困った。
なぜか私は「美人」ってことになってるし、昨日の「死んで出直してきて」発言のせいで毒舌キャラになってるし、私のクラスでのイメージがもはや私とは別人になってるんだよね。
美人扱いされてる理由はわからない。告白された理由もわからない。誰か他の子と間違えてるんじゃないのかな……? とか、昨日いろいろ考えたけど答えは出なかった。
「あー! オレも園森さんと付き合いてぇ!」
「やめろ、皮土の二の舞になるぞ。あいつはメンタルブレイクされて再起不能だ」
「お前が逆立ちしても敵う相手じゃない。とっとと帰れ。恋愛検定三級!」
「その検定知らねぇよ! 俺はとにかく美少女と付き合いたいんだ! 美少女なら誰でもいいんだ!」
「サラっと最低なこと言ったぞこいつ」
男子の馬鹿な会話も聞こえてくる。
学校にあるPCのマイクは性能が良くて、教室の音を広範囲に拾ってくれるんだけど、みんな私がその場にいないから聞かれてないと思ってるんだよね……。人の心の声が聞こえる能力者になった気分だよ。
そんな奇妙な体験をしていると、私の隣の席の男子が登校してきた。
今日はなんだか俯いていて、挙動不審な感じ。
昨日は私に「おはよう」の挨拶はしたのに、無言で着席した。よく見るとカバンを机に置く手が落ち着かない感じで動いてるし、私の方をチラチラ見てる。
うーん……気になる。
マウスで画面上の矢印ボタンをクリックして、教室内のカメラを回転させて、男子の真横に向けてみた。
「ひぃっ……!!!」
男子は怯えたように椅子から飛び上がって、カメラの方を見た。
「や、やぁ……園森さん……」
やぁって何? そんな挨拶したことないでしょ。今日のこいつ絶対に変。
『おはよう』
「おはよう……ございます」
敬語!?
男子はカバンを机の横にかけると、私の方を見て、少し迷ってから椅子に座った。
明らかに様子がおかしい……。
私はカメラの向きを教室の正面に戻した。挨拶はしたけど、話すことはないから、これで今日の会話は終わりだと思った。
ところが、
「あのさ、園森さん……」
意外にも男子の方から話しかけてきた。
『何?』
「ごめん、昨日のこと……」
ごめん? 謝られるようなことをされた覚えはないんだけど。昨日、告白してきたのは別の男子だし。この子は告白の場にもいなかった。ただの部外者。
『なんで君が謝るの?』
「皮土が園森さんに告白したのは、実は僕のせいなんだ」
は……? どういうこと!?
『説明して』
私が若干キレ気味でタイピングすると、男子は目を泳がせながら話し始めた。
「いや、その……僕が告白に直接関与したわけじゃないんだけど、園森さんが美少女だって噂が広まったのはきっと僕が原因なんだ。そのことは最初、僕しか知らなかったはずだから」
『意味がわからない。もっと丁寧に話して』
「ごめん! だから、園森さんが美少女だってこと、僕が友達に話しちゃったんだよ……。そしたらその話が思ったより広まっちゃって。それで隣のクラスの皮土の耳にも入ったんだ。つまり、皮土が園森さんに告白したのは、間接的には僕の責任だと思う」
は!? 何を言ってるの!? 私が美少女だって噂を流した!? サラっと言ってるけど、前提がおかしいよ!
『ちょっと待って!? なんで私が美少女ってことになってるの!?』
「え、だって初日に話したとき、園森さんが自分で"ダークディックのヒロインに似てる"って言ってたから、美少女なのかと思って」
そういうことねー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
今までの奇妙な出来事が、すべて一本の線で繋がった。
登校初日、私がアニメヒロインの画像を見て、『そのヒロイン、(根暗で引きこもりなところが)私に似てる!』と言った。
その発言を『園森さんは(見た目が)アニメヒロインに似てる』と誤解されて、私が美少女だという噂が広まって、勘違いした不良が私に告白してきた。
つまり、昨日の告白事件は私が撒いたタネ。自業自得!
私が初日、普通に会話してれば、美少女と誤解されることもなかったし、告白イベントも避けられたし、毒舌のイメージを持たれることもなかったってわけね! 自分のコミュニケーションの下手さにびっくり!
『色々言いたいことはあるけど……まず、私は美少女じゃない』
「え、あー、うん」
『曖昧な相槌の三段活用やめて。本当だから。謙遜とかじゃなくて、本当に一ミリも可愛くないから』
「わかった、園森さんが"自分で自分のことを可愛いと思ってない"のはわかったよ」
自己評価が低いけど本当は美人な子だと思ってるじゃん!
『本当に違うって言ってるでしょ! ぶっ飛ばすよ!?』
「ひぃっ……!? ごめん! わかった。わかったよ。謝るから」
『謝らなくていいから、誤解解いて』
「誤解を解くって言ったって……どうしようもないよ。『園森さんは本当は可愛くない』って噂を流せとでも言うの?」
『うん』
それしかないでしょ。元々君の話から始まったんだから、ちゃんと誤解だって言ってくれないと困る。美少女だと思われたまま学園生活を過ごすなんて、奇妙すぎるもん。
「無理無理無理! 僕がそんなこと言っても噂は消せないよ! むしろ、僕が園森さんの悪口言ってると思われるよ!」
『美少女だっていう噂は流せたでしょ。ならその逆もできるよ』
「できないって! 僕はこの学校のインフルエンサーじゃないんだから、思い通りに噂を広めるなんて無理!」
『無理でも頑張って。あと、私がクールだとか、強い彼氏と付き合ってるとか、他の変な噂も広まりそうだから、それも嘘だってみんなに言って。私はただの根暗だし、彼氏もいないから』
「僕の話聞いてる!? 本当に無理なんだって! 僕にそんな影響力はないんだよ! 謝るから許して! 園森さんが美少女だって言いふらしたことは本当に申し訳ないと思ってるから!」
『ダm』
ダメ……とタイピングしようとした瞬間。
バンッッッッッ!!!!
男子の机を誰かが両手で叩いた。
一瞬、また皮土が来たのかと思ってビックリした。
でも、よく見ると指が細くてマニキュアが塗ってある、女子の手だ。
カメラの角度を変えようかと思った瞬間、カメラにその人物が映り込んだ。
……佐々木だ。
サラサラの金髪、銀色のピアス。カメラで間近で見ると、とんでもなく整った横顔。その表情は一見無表情に見えるけど、目には怒りが満ちている。いつものおバカな佐々木とは違う。
ヤンキーが喧嘩するときのように、佐々木は男子に顔を近づけて、上目遣いに睨みつけた。
男子は何が起きたかわからないという表情で、目と口を限界まで開いて、固まっている。
「細貝。あんたが園森の噂流したって聞こえたんだけど」
普段の佐々木からは想像できないくらい、冷たい声。まるで雪女が人を殺す直前みたいな、静かな迫力。
「う……うん、それは本当に申し訳ないと思ってるよ」
男子が震えながらそう言うと、沈黙が流れた。
佐々木は男子を睨みつけたまま、微動だにしない。その迫力は沈黙の時間に比例して増していく。
私はディスプレイで見ているのに、その迫力に気おされた。
ゴクリ。
唾を飲んだ音が耳の奥に響く。
あ……いつの間にか、教室中が静かになってるんだ。
クラスメイトたち全員の視線がこちらに集まっている。少しでも動いたら殺されるかのように、誰一人として微動だにしない。
きっと夏休みの教室でも、ここまで静かにはならないんじゃないかな……。
そんな緊張の中。
「あたしのダチに迷惑かけんなよ」
佐々木が一言呟き、男子(そういえば細貝って名前だった)が、高速でウンウンと頷いた。
佐々木が細貝から視線を外すと、教室の緊張が溶けた。
「園森、何かあったらあたしに言えよ」
佐々木は私に優しい声で言い残して、自分の席に戻っていった。
細貝はさっきまで氷水に漬けられていた子犬みたいに震えてる。
ふぅ……佐々木が怒ってくれたし、細貝は反省してるみたいだし、これでみんなの誤解も解けたかな?
と思っていたら。
翌日、『園森さんは佐々木さんの親友で、同じくらいクールな美女』という噂が学校中に広まっていた。




