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5 不良に告白された引きこもり

 昼休み。


「園森さん、一緒にご飯を食べましょう」


 麗子が弁当を持ってディスプレイの前に来た。後ろには知らない女子が三人いる。麗子の友達だけあってみんな清楚な感じ。ルックスもよくて、クラスの正統派一軍女子って感じ。


 麗子だけならともかく、他の三人とご飯食べるなんて、人見知りの私には無理だよ。冒険初心者が一流の戦士三人と修行するようなものじゃん。レベルが足りないよ。


 ……って言いそうになったけど。


『私はリビングで食べてくる。PCのテーブルは食べにくいから』


 咄嗟に思いついたにしては、上手な嘘じゃない? ナイス私。

 実際には部屋の中で適当にご飯食べるんだけどね。こう言ったら麗子は引き下がるしかないでしょ。


「あ、そうですね。失礼しました。パソコンのテーブルではご飯を食べられませんものね」


『うん、それな』


 やっぱり優等生は行儀がいいね。私はパソコンのテーブルでも床でも食べられるけどね。


「では、またお昼ご飯を食べ終わった頃にお声がけしますね」


 麗子はフレンズと弁当の包を持って、自分たちの席に戻っていった。

 これでゆっくり一人でダラダラとご飯食べられるね。


 私は部屋のドアに耳をつけて、廊下に誰もいないことをチェック……OK!

 ドアを開けると、ラップのかかったお皿があった。なんかご飯の上に肉と野菜の混ぜたやつが乗ってる。あんかけがかかってて、中華っぽい感じ?


「もぐもぐもぐ…………まぁまぁ旨い」


 雑な感想を言いながらダラダラとお昼ご飯を食べた。

 食べ終わってからなんとなくディスプレイを眺めていると、教室もみんなご飯を食べ終わって、談笑タイムに入りつつある。ちょうど、麗子たちが歯ブラシを持って教室を出ていく後姿が見えた。佐々木はギャル友としゃべってて、私のカメラが回転してることに気付くと、一瞬こっちにウインクした。リア充っぽい。


 うーん、こうして部屋から客観的に教室をのぞいてみると、みんなよくしゃべってるなぁ。教室ってこんなにうるさいんだね。


「なぁー! **いるかぁ!?」


「え……誰あれ」


「うっわ、五組の皮土かわどじゃん」


「腰パンしすぎて足三十センチくらいに見えるんだけど」


「相変わらずイキッてるねぇ。うちの学校そーいう雰囲気じゃないのに」


「平和な学校だからイキれるんでしょ。本物のヤンキーがいたら手下になりそう」


「シッ! 聞こえちゃうよ!」


 ん……? なんかめちゃくちゃ評判悪い男が教室に来たみたい。

 小物のヤンキーみたいな感じなのかな? ヤンキーはテレビでしか見たことないから、ちょっと興味ある。


「園森さんならそこの席だけど……」


「んぁー? あそこかぁ! サンキューなぁ!」


 え……? 園森って言ったよね? 私に用があって来たの?

 どうしよう、絡まれたらなんて言えばいいんだろう。映画では不良見慣れてるけど、リアル不良の対処はわからないよ。


「おい、園森ってヤツ、お前だな?」


 ポケットに両手を突っ込んだまま、私の机に右足を乗せて、ディスプレイを睨んできた。

 行儀悪っ! ヤンキーだ!


 髪はちょっと黒が見える雑な金髪で、髪型は中途半端な長さでツンツンに尖ってる。ピアスは金色でゴツい。顔は中の下って感じかな。とにかく肌が荒れてる。


 体格は普通の男子と大差ないね。どちらかというと平均以下って感じ。イキってるけど、あんまり強そうには見えない。


『私だけど』


 キーボードに打ち返すと、教室が一瞬静かになった気がした。

 あー、私の周りだけ静かになってて、遠くから見てる野次馬たちはザワザワしてるんだ。教室が変な空気になってるのは、ディスプレイ越しにもわかる。


「お前、今すぐ学校来い。そしたら俺の女にしてやる」


 は? 今なんて言った……?

 俺の女にしてやる……?

 それってつまり、彼女にするってこと? この私を?


 こいつ、頭沸いてるのかな。

 私が男でも、絶対私のことなんか彼女にしないけど。

 次の瞬間。教室がどっとうるさくなった。


皮土かわどが園森さんに告白したぞぉおおおお!」


「ちょっと、ヤバすぎなんだけど!」


「えー何それ!? 何それ!? どーゆうこと!? 二人知り合いなの!?」


「いきなり他のクラスで告白とか、皮土かわど勇者かよ!」


「園森さん、フれ! フるんだ! 美少女の園森さんはそんなヤツと釣り合わないぞ!」


 ん……? 最後にわけわからないこと言ってるやつがいた。私が美少女……? 何かのネタかな?


「うっせぇぞッッッッッッッッ!」


 ダンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!


 皮土かわどが隣の机を拳で叩いた。

 視線は教室の奥。たぶん、フれって言ってた男子を睨んでるんだろう。

 教室が静かになった。


「園森、お前は俺と付き合え。お前は部屋に引きこもってるらしいが、顔は悪くねーって聞いてる。俺の女になれば、学校の誰にもお前を悪く言わせねぇ。俺の隣にいれば、お前は胸を張っていられる。悪くねー話だろ」


 え……は……え……?


 私はパニックになっていた。


 生まれて初めて告白された。一回目は何かの間違いだと思ったけど、二回目はハッキリと告白された。私のことを「顔は悪くない」って言ってるけど、なんでそう思ってるのかわからない。私の知らないところで、私の知らない何かが起こってる。そしてヤンキーの告白の台詞。めちゃくちゃ過ぎて、嫌いじゃない。


 世の中の大半の人間が嫌悪を覚えるような台詞。映画でしか聞いたことがないような台詞。こんなことを堂々と言っちゃう不良は、映画の登場人物なら、見てて面白い。私の好きなキャラクターなんだけど、でも、現実の不良は少し物足りない。私は普段、外国のゴリゴリマッチョの不良とか、入れ墨だらけでピアスだらけの不良とか、本当に怖い不良ばっかり映画で見てるから。


 目の前にいる皮土に、理想と現実のギャップを突き付けられた感じがする。そんなヤツに私は告白されてる。色んな違和感がごちゃまぜになって、目の前の景色がグルグル回る。


 そんな人生初体験がてんこ盛りの告白イベントを、引きこもりの私が上手く処理できるはずもなく……。


『死んで出直してきて』


 ふと気付いたときには、ディスプレイのチャットスペースにそんな文字が書かれていた。

 あー、よくある台詞だなぁ。なんの台詞だっけこれ。

 混乱した頭で考えて…………その文字を私がタイピングしたことに気付く。


 あ、これって告白の返事?


 まるで他人事のように考えてるけど、この文字を打ったのは間違いなく、混乱した私だ。いかにも私が言いそうな台詞だもん……。


 おそるおそるディスプレイの映像を見ると、皮土の顔が真っ赤になって、血管が何本も浮いているような怒りの表情になってる。


 スピーカーの音は消えていて、私の周りにいる生徒全員、口と目を大きく開けて、ディスプレイの文字と皮土をゆっくり交互に見てる。


 あ……やっちゃった?


「な、な、何言ってんだこのクソアマッッッッッッ!!! 喧嘩売ってんのかてめぇッッッッッ!!!!!」


 ガンッッッッッッッッ!


 皮土が私の机を蹴飛ばし、ディスプレイを叩いた。

 マイクを直接擦ったような雑音がスピーカーから聞こえて、モニタに写ってる映像が九十度回転した。

 ディスプレイについてるカメラが外れて机に落ちたみたい。

 教室では騒ぎ声、叫び声、野次馬のはしゃぐ声が入り乱れて、まるでパニック映画だ。


「キャァアアアアアアアアアアアア!」


「誰か止めろっ!」


「おい、落ち着け皮土! フられたくらいで暴れるな!」


「逆になんであの告白でいけると思ったんだ……」


「ッッッッざけんなぁああああああああああああああ! あんなこと言われて黙ってられっかボケがぁああああああああああ!」


「やばい、先生呼んで! 先生! 早く!」


「園森ぶっころす! 園森、ぜってぇええええええええええぶっころすっっ!!!!」


「おい、みんな園森さんを守れ!」


「おお! みんな、皮土を止めろ! 俺は怪我したくないからここで見守ってるけど!」


「皮土、お前の怒りもわからなくもないが、園森さんに手を出すのをやめるんだ!」


「冷静になれ! PC壊したらめっちゃ高いぞ!」


「んなこと知るかぁあああああああああああああっ!!! 園森、ぜってぇええええええ許さねぇええええええええっ!!!!」


 あー…………やっちゃった。


 男子ってキレたらこんな風になるんだ……。

 告白した相手に『死んで出直してきて』って言われたら、怒るのもわかるけどさ……。そこに関しては私も悪かったと思ってるよ……。


 でも一つ言い訳させてほしいんだよね。

 私は悪い意味で『死んで出直してきて』言ったわけじゃなくて、『あなたよりも死んでるゾンビの方が好き』って意味で言ったんだよね……。


 皮土の不良っぽさは嫌いじゃないんだけど、見た目の怖さが物足りないし、生気があって生き生きとイキってるのも苦手だから。告白してきたのがゾンビだったらもっとドキドキしたのになー……なんて、私の願望が溢れ出たら、あの言葉になっちゃったんだよね……。冷静に考えてみると意味不明で、私の気持ちがちゃんと伝わるわけないけど……。悪気はなかったんだよ。


『ごめん』とタイピングしたけど、皮土はもう教室から出ていったみたいだった。


 そして翌日、『美少女の園森さんが皮土に告白されて、クールに撃退した』という噂が学年中に広まっていた。


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