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8. 乳兄弟と

2021/8/27投稿分②

 母の紹介以降、ミヒャエルの部屋にはメイドの常駐はなくなり、代わりに乳母のマルガレーテとその息子がいるようになった。

「あ、え、きゃーぅ」

 よだれをビショビショにたらしながら声を上げて喜んでいる彼が、ミヒャエルの乳兄弟である。ミヒャエルよりも少し月齢が低いようだった。

 ミヒャエルとしては、正直少しうるさいが、彼が騒ぐとマルガレーテが何事かしゃべるので、言葉の習熟に繋がると思うことにした。

「ライナー、よだれがたくさん出たのね。お口を拭きましょう」

 後から後から出てくる息子のよだれをマルガレーテは甲斐甲斐しく拭っているが、息子の方はどう考えてもよだれを出すのが楽しくてやっている。どれだけ拭ってもマルガレーテの仕事がなくなることはないだろう。

 赤子の体だと自分の体しかおもちゃがない。そのおもちゃを十分に活用しようという思いはミヒャエルにも共感できる。

「ミヒャエル様はいつもとても静かでらっしゃるけれど、もっと泣いたり笑ったりして良いのですよ。まだお子様なのですから」

「えっう」

 マルガレーテの主張もわかるが、ミヒャエルの表情の乏しさは前世からの折り紙付きである。生まれ変わったからと言って急に表情筋の動きが滑らかになるわけではない。

「まぁ、うっ」

「あら、歌を歌ってほしいのですか。星の歌にしましょうか」

 マルガレーテの口から旋律が流れ出す。器楽が得意だったというだけあって、音程が安定している。

 前世では喋らない、意思の疎通ができない赤子と一日中一緒に過ごし世話をし続けることで、大きなストレスを感じる人も多かったようだが、マルガレーテの情緒は安定しているようだった。頻度が少ないとはいえ、勤め先であるミヒャエルの住む家で人としゃべる機会があるからだろうか。

 そしてマルガレーテは喋れない赤子に対してもかなり話しかけるタイプのようだった。ミヒャエルの口ではまだ母音と唇を使って発音する簡単な子音しか出せないが、それだけの情報から、マルガレーテは色々と推測してミヒャエルに話しかけていた。もちろん息子のライナーにもよく話しかけている。

 マルガレーテの歌が中盤に差し掛かると、ライナーがふにゃふにゃと声を上げ始めた。まだ肺が発達していない赤子特有の、猫の鳴き声のような泣き方だ。

 マルガレーテが歌を中断して、ライナーを抱きにいく。そのままマルガレーテは、生まれたての泣いている子どもを静かにさせるための唯一の方法である、横抱きにしての無限ゆらゆらに突入した。

 これを毎日しているマルガレーテのことを思うと何か手伝いたい気持ちになったが、赤子の体ではできることなど何もないので、ミヒャエルは自分が泣き出して彼女の手を煩わせることがないようにだけ気をつけた。赤子の体だと何もしていないのに泣かずにはいられない時があるというのは、転生してから初めて知ったことだ。

 マルガレーテが無限ゆらゆらにかかりきりで暇になってしまったので、ミヒャエルは寝返りの練習をすることにした。

 赤子の行動範囲があまりにも退屈だと感じ始めたミヒャエルは、1人で立って歩くことを最終目標に魔力だけでなく肉体もトレーニングすることにしたのだった。その第一段階が寝返りである。寝返りができなければ、中間目標であるハイハイもできない。

 寝返りの前に0段階として「首が座る」という目標があったのだが、それはミヒャエルの努力ではどうにもならないことだったため、ただ時間に任せていた。最近、首のグニョグニョがましになり、首が座っていると言えるのではないかという段階になったので、この度めでたく寝返りトレーニングを始めることにした。

 ミヒャエルは右と左、それぞれへ転がろうと試み、左に転がる方が望みがありそうだと結論づける。

 右手を伸ばし、勢いをつけて寝返りを打とうとする。しかし、なかなかうまくいかない。何度も挑戦する内に右腕が疲れてきたので、今度は左腕で勢いをつけて右側に転がろうとする。しかしこれもなかなかうまくいかない。

 時折、転がる向きを変えて挑戦を続ける。ライナーはとっくに泣き終わって昼寝の続きを始めているが、それにすらも気がつかずに、寝返りをしようと奮闘している。

 ライナーが短い眠りから再び目覚め「ふにゃ」と泣き始めた時、ミヒャエルはようやく重心を移動させることに成功し、ごろりとうつ伏せになった。

「え、ひゅー」

(なんだ、意外と簡単にできるじゃないか。もっと早く始めても良かったかもしれないな)

 練習を始めたのはミルクの後の昼寝から起きた後、今はもう日差しが弱くなってきた時間帯である。赤子の体力でかれこれ3時間も練習していたことになり、決して簡単なことではなかったはずなのだが、寝返りを打てた喜びが疲れを吹き飛ばしたらしい。

 うつ伏せになれた喜びで、デヘデヘと笑うミヒャエルは、自分には仰向けに戻る体力が残されていないことに、しばらく気づかないのであった。



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