5. 魔力
不快感から目覚めてから数日が経った。その間で、ミヒャエルは自分でも驚くほどに言葉を覚えた。大人同士がする雑談や仕事の話はわからないままだったが、自分に向けて話されるゆっくりとした言葉なら、かなりわかるようになった。
ミヒャエルのお守りが必ず一人は部屋に控えるようになり、頻繁に何かしらを話しかけるようになったためだ。メイドが部屋に控えて、ミヒャエルのすぐ近くで何かしらの手仕事をしている。
「ミヒャエル様、今日もご機嫌ですね」
「んえぃ」
今日のメイドは縫い物をするらしい。小さめの、オレンジ色のドレスと裁縫道具を持ってきていた。
「これは、昨年の春ごろまでブリジット様が着てらしたものなんです。ウィナフレット様が着られるようにこれから縫い直すんです。フリルがたっぷりで可愛らしいですね」
「あぅ」
「ミヒャエル様はおしゃべりが上手ですね」
見た目が赤子のため、話の合間合間に相槌を打つだけで、メイドはミヒャエルを賢い子だと褒めてくれる。
ここ数日のメイドたちの話によると、ミヒャエルには二人姉がいるらしい。一人はブリジット、もう一人はウィナフレットというらしい。ブリジットという方が年長で、前世でいうところの小学校に上がるほどの年齢らしい。
母親の服装やメイドがいるという事実から予想はできていたことだが、今世ミヒャエルが生まれたのは貴族の家らしい。家人の身なりから、金銭的にそれなりに恵まれている方の貴族だと思われるため、その点はミヒャエルにとって一安心だった。
メイドが仕事始めの雑談を終え、手元の縫い物に集中し始めると、ミヒャエルは途端に退屈の病に蝕まれ始めてしまった。
もっと独り言でも何でもいいから喋っていてほしいと思うが仕方がない。最近できた遊びをすることにした。
ミヒャエルはあの不快感以降、ミヒャエルは自分の中の魔力をようやく感じ取れるようになっていた。それまで体の外にしかなかったものが自分の内側にあるというのは、不思議な感覚だったが、数日で体に馴染んだようで、今では特別に意識をしなければ感じられないほどになってしまった。
退屈の虫に悩まされているミヒャエルにとっては、魔力を探して粘土のようにこねくり回すのは良い遊びになった。いつか魔法を使えるようになった時のいい練習にもなるだろうという、健全な理由もある。
「んーえ」
魔力を動かすということと魔法を使うということは違うのかもしれない。魔力を動かすことは幼いミヒャエルにもなんとかできることだが、前世の有名な魔法学校を舞台とした児童文学でも呪文を伴わない魔法というのはかなり高度な魔法として扱われていた。
魔法について正確な知識は持っていなかったが、今はとりあえず、この体の中の魔力を自由に動かせることを目標に過ごすことにした。
へそのあたりに感じる魔力は溶けたゴムのように粘っていて動かしずらい。
言うことを聞かない魔力をずるずると動かすだけでも、かなり体力と精神力が削られる。魔力を動かす練習を始めてからミヒャエルは、この赤子らしからぬ練習のために恐ろしいほどの疲労で気絶するように眠りについていた。数時間起きて魔力を扱う練習をし、気絶をするように数時間眠り、また起きて数時間魔力を動かすという睡眠のサイクルは赤子のそれと同じだったが、内容はおよそ非常識の極みだった。
ちなみに、世間一般では魔力の扱いを覚え始めるのは貴族などの家柄で早くても5歳から、庶民では7歳頃からである。と言うのも、自分の体内の魔力を感じそれを操作するというのはそれなりの集中力があって初めて出来ることとして知られているからだ。
「あらあら、こんなに汗をかいて」
目を閉じ、極限まで集中していたミヒャエルの額には玉のような汗が浮いている。それに気がついたメイドがミヒャエルの顔を覗き込んだ。
「熱は、ないみたい。赤ちゃんだから代謝がいいのかもしれないわ」
部屋におかれたタオルで汗をさっと拭う。ミヒャエルはメイドをちらりと見て、パッと笑って見せた。
「あーと」
「あらまあ、本当におしゃべりしているみたい」
クスクスと笑ったメイドはミヒャエルの汗を拭き終わると、針仕事に戻って行った。
ミヒャエルくん早くおしゃべり出来るようになってくれ