3. 魔法
ミヒャエルの周りは、魔法であふれていた。部屋のオイルランプはマッチを擦ってつけるものではなく、魔法で火種を出して付けられていた。日が暮れる頃になるとメイドたちが家中を回って光を灯していた。
誰かが近くで魔法を使うたびに、ミヒャエルはそよ風を感じるように魔法の気配を感じていた。前世には存在しなかったものだが、今の彼には、魔法とは目が見えるように、音が聞こえるように感じられるものだった。また、魔法を使うときというのは、魔法の光とでも表現すべきものが、彼のぼやけた目にしっかりと映っていた。魔法を感じることは、現在のミヒャエルにとって数少ない娯楽の一つだった。
この魔法としか表現しようの無いものを自分も使えるようになりたい。そして寝そべって過ごすだけの贅沢な退屈から逃れたいというのが、ミヒャエルの目下の願いだった。
しかし、他人が魔法を使ったときの魔力は感じられるのに、ミヒャエル自身の魔力はさっぱり感じられなかった。
もどかしさに喃語を発していると、息がよだれと一緒になって口が泡だらけになってしまった。どうにか口元を拭おうとするが、赤子の体は上手く動かない。いつものことではあったが、なぜかこの日はそんなちっぽけなことが無性に腹立たしかった。
「ん、え、ふぇ」
不快感から、赤子の体は自然と泣き始めてしまう。頭は回らないながらもどこか冷静で、これだけ泣けば近いうちにメイドか何かが来ると判断していた。
遠くからパタパタと音を立ててやってきたメイドがミヒャエルを抱き上げ、あやし始める。それでも泣き止まないでいると、今度は年嵩のメイドがやってきた。ミヒャエルの顔を覗き込み額にそっと手を当てる。冷たい手が泣いて熱を持った顔に心地よかった。
慌てたようにどこかへ去っていくメイドの後ろ姿をぼんやりと見ながら、体をムズムズと走る不快感に大泣きをする。
ここまでくれば、自分の体は何かおかしくなっているとミヒャエルにもわかった。前世のいとこの家で見た、プラスチックのケースに入ったスライムに全身を漬けられたような、嫌な感じがした。
大泣きしていると今度は別の人物がやってきた。涙で曇った視界では男か女かすらもわからない。
その人物が、ミヒャエルに触れると、ふっと、不快感が軽くなったような心地がした。そのまま、全身を這っていた気持ち悪さが、じわじわと引いていった。
不快感が消え人心地ついていると、また、先ほどの人物がミヒャエルの額に触れた。今度はぬるま湯に漬けられたような心地よさが、彼を包んだ。
触れる手の優しさと、何とも言えない温かさに、ミヒャエルは夢の世界へと落ちて行った。
次からボチボチ物語が動き始めると思います。