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20. 試作と試作

 最初の試飲会の感想から、クレメンスはスパイシーで清涼感のあるものを好むと当たりをつけたミヒャエルは、厨房で試作を重ねた。

 本当は唐辛子を入れたかったのだが、厨房では見つけられなかった。料理長に聞こうにも唐辛子を意味する言葉がミヒャエルの語彙にはない。

 致し方なく、「からいの、ちょーだい」で料理長が悩みながら出してきたアニスと月桂葉(ロールベール)を入れることにした。どちらも辛さという点ではミヒャエルの望んでいたレベルではないが、爽やかな香りはクレメンスが好みそうだと思った。また、レモン果汁の代わりにレモンの皮を入れることにした。

 配合や煮込む時間を変えた数種類を再度飲ませて、さらに好みを探った。

 また、同時進行でマルガレーテが好む味も探していった。

 マルガレーテは辛さよりも甘さを好む。よって、最初に作ったよりも蜂蜜を多めに入れて、月桂葉(ロールベール)とシナモン、木苺を入れて試飲してもらった。

 大変美味しいとのことだったのだが、木苺を見た料理長がどこからか林檎を持ってきて入れたがった。

 プロの言うことには耳を傾けておこうということで、林檎を入れたものを改めて試作することにした。

 クレメンスの好む辛さが強めの生姜ジュース、マルガレーテが好む甘さが強めの生姜ジュース。2種類を作り、2人に飲んでもらうのが本日である。

「食べる人のことを考え、食材を選び、丁寧に作る。それが料理人に求められる最も基本的な部分なのです。ええ」

 なんだか料理長が、シロップを煮込みながら感じ入ったように語っていたが、料理人になる予定のないミヒャエルは、ただポコポコと沸く鍋を眺めていた。




「せんせ!」

 元気に談話室へとやってきたミヒャエル達を、今日もクレメンスは機嫌よく迎えた。

「ミヒャエル、また作ってきたのですか?」

 穏やかなクレメンスの言葉にミヒャエルはコクコクと頷く。

「マルナも」

 クレメンスとマルガレーテ、ライナーも座らせて、メイドに今日の生姜シロップジュースを作らせる。最後に詠唱もない指の一振で冷やして、それぞれに差し出す。

 淑女らしいおしとやかさを失わないギリギリの勢いでジュースを飲み、目を輝かせる妻を見ながら、クレメンスもまた、コップに唇をつけた。それだけで生姜の香りと、目の覚めるような、爽やかなスパイスの香りが上ってくる。

 口に含めば、まろい辛みが舌先を包む。嚥下すれば、のどの辺が熱くなる。

 下手な赤ワインよりも、こちらの方が肉料理と合いそうだ。

「とても美味しいです。先日のものよりも甘みがあって、木苺と林檎の酸味が心地好くて、もっともっとと、際限なく求めてしまいそうです」

 乙女のように語る妻にクレメンスは深く同意した。

「味は違いますが、より多くを求めてしまう気持ちは分かります。ハインリヒ様はあのようにおっしゃいましたが、この味でしたら晩餐会でも持て囃されるでしょう」

 マルガレーテの感想はニコニコと聞いていたのに、自分の感想にはあまり嬉しそうな反応を返さないミヒャエルに、クレメンスは己の感覚が気の所為ではないという確信を強めた。

「とても美味しかったですよ、ミヒャエル。気持ちが晴れるようでした」

 その言葉でようやくミヒャエルは満足気に笑んだ。

 クレメンスはそれを、ただ穏やかな気持ちで見ることにした。

 ミヒャエルが、ハインリヒと自分の元へ持ち込んだ、この生姜ジュースなるものは、明らかにクレメンスのために作られたものだ。そのような予想ができるほど、ミヒャエルの行動は分かりやすかった。

 証拠に、ハインリヒの元には最初の1回以来、足を運んですらいない。茶会のための改良はずっと厨房が行い、それをメイドが運んで、ハインリヒやカレンから出た注文を、またメイドが厨房へと運んでいる。

 最初の時にハインリヒも生姜ジュースを口にすることができたのは、ただミヒャエルがそれを作ってクレメンスに飲ませようと思った時に、クレメンスと共に居たからに過ぎない。

 当主であるハインリヒを、クレメンスのおまけのように扱うのは、今後が恐ろしいのでやめてほしい。しかし同時に悔しがるハインリヒを想像して愉快な気持ちにもなってしまう。

 表情が変わるのを堪えていると、不思議そうな表情でミヒャエルが見てきた。

「なんでもありませんよ。ただ、あなたにこのような美味しいものを振舞ってもらえる己の身の幸いを、友人に自慢したくなったのです。これは今までどのようなところでも口にしたことのない味わいですね。ミヒャエルが考えたのですか?」

 その質問にキョトリと目を丸くしたミヒャエルは、2度小さく頷いた。

「りょうりちょに、つくってーしたの」

「鍋を火にかけたのは料理長ですが、材料も分量も、決めたのはミヒャエル様でしたね」

 横から補足を入れる妻に、クレメンスは、やはりと頷いた。

「いつも、私の感想を聞いて、レシピに活かそうとしてくれていたのですね」

 少し照れたように、そしてそれを誤魔化すようにライナーと遊び始めたミヒャエルの子どもらしさに、なんだか安心するような心地がした。

「子どもとは、早く理知的な会話ができるようになれば、世話がなくて良いと思っていたのですが、どうもそうばかりではないようですね」

 子どもたちの耳には届かない声で零された言葉に、妻はただ、呆れたように笑った。


ユニークアクセスが1000人に届きそうで驚いています。

ブックマークや評価をしてくださっている皆様、拙作に足を運んで下さっている皆様、いつもありがとうございます。

これからもゆっくりとですが更新を続けていきます。

温かく見守っていただけると嬉しいです。

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