2. 前世のことと今のこと
話がひと段落するまでほぼ毎日投稿しそうです。
私の見込みはよく外れます。
あの奇怪な檻で目を覚ましてから数日が経った。
彼は数日の後に、記憶にあるのとは全く別の世界で赤子として生きているということを自覚した。死んだ覚えもないのに前世と表現するのは釈然としないが、「さっきまで」などと呼ぶのも違う気がしたので、仮に「前世」と呼んでみることにした。
前世では彼は女だった。地方から上京して大学に通っていた。実家は取り立てて貧乏でもなければ、取り立てて裕福な家庭でもなかったが、娘の上京と進学の費用を払える程度の貯蓄はあった。
前世でも、これと言った不幸はなかったし、彼女自身が「自分が不幸であると考えない限りは幸福である」と定義していたので、少なくとも彼女にとっては幸福な人生を歩んできた。
大学は違ったが、同じく上京をしている中学生の頃から関係の続いている友人がいた。お互いに大学の授業の関係で午後から暇だという日が被っていたので、たまに会って食事などをしていた。前世の最後の記憶は、その友人と会っているところだった。
友人と会い、そして目が覚めたら檻にいた。
死んだような記憶もなければ、何かただならぬ事に巻き込まれたような記憶もない。
薄情なもので、記憶の中の両親に会いたいとは思わなかった。しかし、不思議なほど友人には会いたかった。
彼は一つ息を吐き、感傷に浸っていた自分を現実へ引き戻した。
どうしたことか、この世界では女ではなく男として生まれてきたらしい。それが自分にとっていいことなのか悪いことなのかはわからないが、少なくとも生まれてきた赤子が男だったら捨てるような社会でないことはわかった。
そして当初檻だと思っていたものは、なんでもないただのベビーベッドだった。赤子のぼやけた視界では詳細はわからないが、ベビーベッドがおかれているこの部屋も、広々としていてなんとなく清潔感のあるなんの変哲も無い部屋だった。そして巨人だと思っていたのはどうやら母親と、侍女やメイドと呼ばれる類の人間であることがわかった。彼が小さすぎて、並の大人が巨人のように見えていただけだった。
ぼやけた視界と、聞き慣れない言語の中で情報を集めた限りでは、彼の名前はミヒャエルというらしかった。前世でもドイツ系の名前として「ミヒャエル」という名前は知っていた。彼の記憶が正しければ、同じ名前のドイツ人の作家がいたはずだった。
それからもう一つ、彼、ミヒャエルにとって自分の名前以上に特筆すべき、大きな発見があった。
この世界にはどうやら魔法があるらしい。