15. 深窓の君はパンよりもケーキが好き
王都への滞在は雪解けとともに終わる。
大人たちは雪の降る王都で社交と言う名の戦争を終え、子どもたちは雪に閉ざされた屋敷の退屈から解放される時である。
「お、おぼぉ」
「ぃやいぃやい」
そして帰り道の馬車の揺れで体調が壊れる時でもある。
帰り道のほとんどを寝て過ごすことで酷い馬車酔いにはならなかったミヒャエルとは対照的に、ライナーは数週間の移動の間にやつれてしまっていた。
「来年からは……えっふ………護衛と共に、馬で移動にしますぅっぷ」
ライナーともう一人、クレメンスも酷い馬車酔いに苦しんだらしく、貴族の矜持で込み上げてくるものをなんとか抑えながら、行き道のミヒャエルと似たようなことを考えていたらしい。
「そうはいってもね、クレメンス。馬車の方が人からも魔獣からも安全だよ」
「私にとってはその馬車が致命的なのでん、グふぅ」
青ざめたままのクレメンスはハインリヒとの会話もままならない。
そんな見ていてかわいそうになるほどの体調不良者たちが部屋へ引き上げていくのを見送ってから、そういえばクレメンスもマルガレーテやライナーと一緒にこの城に住むのかと気がついた。
マルガレーテは自分の乳母、クレメンスも自分の家庭教師である。
ミヒャエルはなんとなく前世の従姉妹が、職場とアパートが近すぎて病んでいたことを思い出した。
クレメンス達と別れたミヒャエル達家族は、日が沈むまで時間があるということでハインリヒの書斎へ移動した。馬車に乗せてきたものの片付けに終われる使用人達に気を使ったのかもしれない。
「それにしても、もう少し街道を整備して、揺れが少なくできるといいんだが」
メイドが置いていった紅茶とクッキーをつまみながら、たわいもない話を両親がしていると、ふとハインリヒがつぶやいた。
「数ヶ月前に街道近くに出た人喰鬼 で犠牲者が出たとか。これでは工事も難しいでしょうね」
「ああ、そうだねカレン。しかし、わかっていてもやっぱり思ってしまうものだね。私だってクレメンスほど酷くはないがあれにずっと乗っていると頭がクラクラしてくる。君もそうだろう?」
「えぇ、あんまり頭痛が酷いから、いつもよりコルセットを緩めていますもの」
そして少し首を横に振ると、「クッキーでだいぶよくなりましたけど」と付け加えて、ティーカップを持ち上げた。
「あのガタついた道を馬車で走るのは非効率だ。馬への負担が大きいし、移動に時間がかかる。クレメンスの馬で移動したいという気持ちもわかってしまうな」
「ハインリヒ」
「わかっているさ。騎馬での移動で、矢でも射掛けられたら大変だ。馬の足では森狼から逃れるのだってやっとだ」
ハインリヒの疲れた表情に、ミヒャエルは嫌な予測をしてしまった。
もしかしたら、自分が乗馬の技術を身につけても、王都までの道のりを馬車以外で移動させてもらえないかもしれない。
既に成人して子どももいるハインリヒやクレメンスでさえ許されないのだ。子どものミヒャエルが言い出しても、一蹴されてしまうに違いない。
困った、どうしようか。
「魔獣を振り切れるほど足の速い馬もいないではないが」
「誰の手にも入るものではありませんわね」
「足の速い馬の繁殖を待つ間に増える街道での被害と、街道を整備するために起きる被害、どちらの方が少なくて済むかな」
頭上で交わされる大人たちの言葉で、ミヒャエルは閃いた。
馬に乗るのが不安なら、魔獣に乗ればいいじゃない。




