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14. 深窓の君と家庭教師

 パチンッと小さく薪が爆ぜた。

 雪の降る朝、暖炉に火が揺らめく。それをじっと見つめるミヒャエルの瞳の中でも、炎の影がゆらゆらと踊っていた。

「フュー」

 暖炉の中で火の粉がふわりと舞った。

 魔法院から帰ってからの数週間でミヒャエルが身につけたものがこれだった。

 目当てのものに属性の乗った魔力を当てる。

 本来であれば大人たちが使っている呪文を自分も唱えたいところだが、1歳にもならない子どもの舌では到底無理なことだった。

 火のイメージで出した魔力を暖炉の火に当てれば火の粉が舞うし、風のイメージで魔力を出せばカーテンが少しだけ揺れる。

 自分の中で魔力を動かすだけだった遊びが、家具を狙って魔力を当てる遊びになり、そこからさらに属性を乗せるところまで至った。

 もちろん、一人でできたことではない。

「よくできました、ミヒャエル。今は波のような魔力でした。次は点のような魔力で」

 ミヒャエルを膝に抱える人物の指導があってのことである。

 膝に乗せたミヒャエルを見つめて、銀髪の紳士、クレメンスは掌に魔力を集め始めた。


 ミヒャエルたちが神殿へ行った僅か1週間後にヴェスパー邸に姿を見せたクレメンスは、その後何日経ってもライナーとマルガレーテとともにヴェスパー邸へと足を運んでいた。

 きちんとした職についていたはずの人物が何日も続けてミヒャエルの前に現れることを気にしてメイドたちの話に耳を澄ませると、なんでも神殿を辞めてミヒャエルの家庭教師という座に収まっていたらしい。

 まだ話すことさえできない子どもの家庭教師にさせられたはずのクレメンスは、ミヒャエルから見た限りでは楽しげに仕事をしていた。


 初めてクレメンスがこの子ども部屋へ足を運んだ時、彼はミヒャエルが魔力を暖炉やら何やらに当てて遊んでいるのを見るや否や、すっ飛んできてミヒャエルの魔力を自分の魔力でかき消した。

 ミヒャエルの知ったことではないが、体の外に魔力を出すのは魔法を使う練習の最初期に行うものであり、早くても5歳ほどの話が通じる年齢になってから初めて勉強するものだった。

 分別のつかない子どもがしていい遊びでは決してない。

 クレメンスが魔力が消されたことに驚いてきょとんと自分を見上げるミヒャエルに懇々とお説教をしたのは、ヴェスパー邸ではちょっとした笑い話になっている。

「良いですか? 魔法というのは易々と使って良いものではありません」

「あう」

「2度とこのようなことはしてはいけません」

「やんや」

「魔法とは我々に豊かさをもたらすものですがその分危険も多いものです」

「うん」

「それはわかりますね」

「あう」

「まだ魔力を扱ったり、魔法を使ったりするのは早いです」

「やんや」

「これを見過ごして君を危険な目に合わせるわけには行きません」

「んー……」

「そう、わかりましたね。大人のいないところではこんなことをしてはいけませんよ」

「おとな!」

 ビシッと指を伸ばしたミヒャエルを見る様子が驚いた雪梟にそっくりだったと、マルガレーテは子ども達が成長したあとも度々夫を揶揄う。


 そんなやり取りがあった手前、クレメンスはミヒャエルに魔法の手解きを拒否するわけにはいかなかった。

 魔法とは魔力を扱うものであると同時に言葉で操るものでもあるため、「言葉」を裏切ることはしないというのがこの国の貴族間では一般的な常識であった。つまり、嘘をつかない、約束を反故にしない。これは一流の魔導士であり生まれながらのクレメンスにも当てはまる。

 ミヒャエルとしては今この場に大人のお前がいるのだから少しくらいいいじゃないかという意図だったが、クレメンスはそのまま家庭教師を続けている。

 元々クレメンスが家庭教師になる予定があったことをミヒャエルは認識していないため、少し申し訳なく感じていたが、いい大人が自分で決めたことであるし、別にいいかと最近では思い始めた。マルガレーテやライナーと過ごす時間は好きだが、クレメンスのマンツーマンレッスンも面白くてたまらないのだ。


「光属性の魔力を手に集めて、こう」

 クレメンスが右の掌を向けると、マントルピースに置かれた木馬の飾りに白い光がスポットライトのように当たった。

「おぉ〜」

 パチパチと無邪気に手を叩くミヒャエルの頭を大きな手が一撫でし、小さな手を取った。

「まずは魔力を集めて」

 ミヒャエルは言われるままに魔力を手に集めた。しかしクレメンスのようにはまとまらず、霞のように手から離れていってしまう。

「あう」

「大丈夫、心を落ち着けて、自分の手をよく見て」

 魔力というのはミヒャエルには陽炎のようなゆらぎとして見えている。ゆらぎが広がりすぎないように、掌にまとめようと前世のわらび餅を思い出している内に、四方八方へ流れていってしまっていた魔力がだんだんと一所に止まっているようになった。

 それでも輪郭はぼやけていて、クレメンスがするようにはならない

「良いですね。では光属性を乗せましょう」

 魔力がまとまってきたところでクレメンスがミヒャエルの手の甲に自分の手を添えた。

 そしてクレメンスの光属性がミヒャエルの魔力に「乗った」。

「魔力を馬に当てて……そうです」

 本来誰かの魔力に自分の魔力を合わせるのは大変難しいことなのだが、クレメンスはそれを魔力が安定しない子どもを相手になんなくやってのけてしまう。

 ところが優秀な能力を惜しげもなく使われているミヒャエルの方は「大人っていうのはなんかすごいことをするもんだなぁ」程度にしか思っていない。無知とは恐ろしいものである。

「さあ、今度は一人で」

 促されて再び手に魔力を集める。魔力がまとまったところで先ほどクレメンスから流された光属性を、今度は自分の内側から呼び起こす。

「他の属性と一緒です。自分の内側を深く探って」

 言葉に導かれるがままにぐるぐると体内に意識を向けて魔力を動かすと、これはと思えるものが湧き上がってくる。

 それをそのまま手を通して体の外に出す。

「そう、そうです! 光ましたよ!」

 ミヒャエルの魔法はクレメンスが手伝った時よりもはるかに弱いが、しっかりと木馬を照らしていた。

 その後クレメンスに「素晴らしい! どんどんうまくなっている!! もっといけます!!」と褒められ続けながら、二人のマンツーマンレッスンは続いていった。




雪梟…架空の生き物。イメージは大きなシマエナガ。

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