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13. 深窓の君の振り返り

 ビルとビルの間、自分の前をズンズンと歩いて行く友人の背中を、せかせかと追いかけていた。

 普段よりも軽い足取りで、どこか急ぐように進む友人を見るのは悪くない気分だった。友人の方も何かその先に最高のものが待っているような、それを見るのが楽しみで仕方がないという様子だった。

 路地の行き止まりにあったのは古びた井戸だった。都会のど真ん中にはおよそ似つかわしくない、石が積まれて出来たものだった。

 ところどころ石が欠け、大きな石と石の間を埋めるように苔が生えていた。

 友人といくつか言葉を交わした。

 井戸を覗き込んだ。

 底が見えない、深い、暗い井戸だった。

 背中に体温を感じる。友人の手だ。

 体が頭から、ずるりと穴に引き寄せられる。

 恐怖は無かった。悲しみも無かった。

 ただ、落下というものは浮遊に近いのだと、その生を終える寸前に知った。



 *****



 ミヒャエルには前世から持っているちょっとした特技がある。

 それは、映像記憶や瞬間記憶と呼ばれるものである。

 本を一冊読めば、内容は理解していなくともそこに書かれていたことは一言一句違わず想起することができるし、何ページにどのような汚れがあったのかまで思い出すことができる。

 一度しか行ったことのない場所であっても、その場にいた見知らぬ通行人の靴紐の色まで克明に思い出すことができた。

 家族にもこのことは伝えたことが無かったが、唯一友人だけには伝えた。

 すると友人は大袈裟な笑顔で「私が教科書を忘れたら貸してくれ」とミヒャエルに伝えた。あの時の目尻に寄ったしわも、中途半端に凹んだ笑窪も、ミヒャエルははっきりと思い出せる。

 この世界で目覚めた当初は、友人と井戸に行ったことも忘れていた。それが、星玉瑛(せいぎょくえい)祇壁(ぎへき)で魔法の属性を知った後に、自然と思い出された。

 しかし、思い出したそれすらも、どうしてか陽炎のように揺らいでしまって、しっかりと脳裏に描くことができない。

 ただ、友人と何事か話した後井戸に落ち、再び目を開けると「ミヒャエル・ヴェスパー」になっていた。


 自分がゲームの「ミヒャエル・ヴェスパー」であるという自覚を、ミヒャエルは奇妙なほどに違和感なく受け入れていた。

 生まれ変わったらゲームの登場人物だったとはトンチキな出来事だが、数ヶ月の月日を過ごしたこの世界が自分の頭の中だけで展開される夢の世界だとは到底考えられなかった。

 夢物語のようなトンチキな事態に放り込まれたというのに、ミヒャエルは不思議と深く納得していた。

 しかし、「ミヒャエル・ヴェスパー」として存在していることに納得してる自分がいるのと同時に、ゲームの主人公だった「ミヒャエル・ヴェスパー」と自分とは細かな部分で異なっていると、冷静に分析しようとしているミヒャエルもいた。

 一つはライナーの存在である。

 ゲームの中の「ミヒャエル・ヴェスパー」にも幼馴染の従者が存在していた。しかしその従者の名前は「ライナー・デューラー」ではなかった。

 もう一つは「ミヒャエル・ヴェスパー」の設定と自分自身との齟齬である。「ミヒャエル・ヴェスパー」には幼少期病弱で、魔法学院へ入るまで王都の社交会から離れて育ち、それ故に貴族らしくないところが攻略対象者に好かれるという設定があった。にも関わらず、現在のミヒャエルは健康そのもの。まだ1歳にもなっていなかったが、それでも領地から王都への楽ではない旅ができる程度には丈夫に育っている。

 結果、ミヒャエルは前世でプレイしていたゲームと似た世界を、ただ似ているだけ(・・・・・・)の世界だと思って過ごすことにした。

 ゲームと似た時代設定で、ゲームと似た魔法というものが使える世界。

 そして自分は偶然にもゲームの主人公のデフォルトネームと同じ名前を持ち、似た容姿を持って生まれた。ただ、それだけ。


 容姿も常識も、何もかもが前世と違うがそれはそれ。

 生涯の友だと思った友人もいないがそれもそれ。

 今には今の家族がいて、今には今の友人がいる。

 前世に残してきたものは多いが、今世で得られるものを大切にしよう。

 折角得た2回目の人生をじっくり味わい尽くそうと決めた。


「だーあ!(そんなわけで手始めに魔法で遊び倒すぞぉ!!)」


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