シオン・シルフィードとの模擬戦
俺は国立魔術学院の学生の実力の基準を知らないが、首席で入学をしたアイの実力は基本魔術の訓練に付き合ってもらったのでよく知っている。
目の前のシオンという男の学院での成績など知らないが、少なくとも学院で研鑽を積んだ二年生。アイ以上の実力者であることは間違いないと予測していいだろう。
そう思って戦闘を開始した俺だったのだが、シオンの攻撃を受ける度にその考えは間違っていたと思い知らされた。
アイより少し上の実力なんてものじゃない、勝ち負けの勝負をしているときにこう言っては何だがアイとはレベルが違うように感じる。俺が正体を隠さず本気で仕事時と同じように近接戦をシオンに仕掛ければ勝てるだろうが、それでは気合十分で戦闘を始めたアイのプライドを傷つけかねない。
それにそもそも俺は師匠と共に国の仕事で殺し殺され、命の奪い合いをすることに疲れて年齢相応の暮らしをしてみたいと願ったのでここにいるんだ。緩く過ごしたいのでこういうイベントごとは避けたいまである。尊厳を賭けて戦っているアイには口が裂けてもそんなやる気のない発言はしないがな。
「おい、アイ大丈夫か?あいつ結構やるぞ」
シオンの攻撃はというと俺たちに完璧に負けを認めさせるため手加減をしているのか、それとも余裕があるのかはわからないが風魔術のみしか使ってきていない。そしてその風魔術の精度が異常なレベルだ。
立っていられないほどの強風を吹かせアイの攻撃の機会を潰してきたかと思えば、小さい風を足元で巧みに操り地面に生えている草をアーチ状に結び転ばせようとしてくる。足元に気を配ろうと下を向けば空から地上に向けて吹く風の圧が重力を伴っているかのように押し潰そうとしてくるし、なによりシオン本人の格闘技術が高く、風により体勢を崩されたところに蹴りが絶え間なく飛んできている。
国立魔術学院では魔術を習い、格闘技術は習わないはずなのだがシオンは近接戦を得意なレンジとしているとしか思えなかった。それほどまでに強い、魔術に頼り切らない本当の戦闘を知っている本物だなと俺は経験から思った。
「うん、ちょっと予想をだいぶ超えてきてる。最悪自爆覚悟で大きいの撃つから大丈夫、私が負けてもユウが立っていれば私たちの勝ちだし」
確かに分が悪いとは思ったが、なんともまあ危険な勝ち方をアイはしようとしているんだ……。だが事実状況は非常に厳しい。俺はあまり手を出す気にならず風の魔術や体術を避けることに専念しているが流石に手伝った方が良いかと思えてきた。
しかし俺の魔術は中途半端だ……。基本的な攻撃魔術では習ったばかりで火力が足りない、シオンの風魔術をもってすれば正面から叩き潰されるのが目に見えている。だが軍用魔術のような強いやつを撃ったら色々とバレて普通の学生生活というものが体験できなくなる可能性がある……。うぅむ悩ましい……。
「どうしました?防戦一方では勝てませんよ!」
シオンはそう言うと「風よ、舞え」と唱えている。すると風がまるで岩のような重みをもって俺たちに叩きつけられる。
息が詰まるようだ……。詠唱はしにくいし話すこともままならない。攻撃と防御を同時にする狙いなのだろう。
「ッ……!」
対するアイは手を前にかざし、練習として木人形に放っていたより幾分か威力が落ちてはいるが火球を無詠唱で放ち距離を取っている。
先ほどからアイとシオンは魔術の撃ち合いをしているのだが、何故かアイも火の魔術しか使用していない。アイの強みは魔術を全て高水準で使えることだと思うのだが……、舐められている相手に本気は出せないとかつまらないことを思ってそうだ。そして得てしてそう言った慢心は格上の相手には見破られるものだ。
「おかしなプライドは捨てた方が身のためですよ。訓練ならいざ知らず、実践では何が起こるかわからない。そこの避けているだけのアストレア君にも手伝ってもらっては如何ですか?それにエリクシアさん、貴方の火魔術ももう少し火力を上げてもらって構いません。その程度では火傷一つしませんので」
そう言うとシオンは先ほどよりも更に重たい質量の風をぶつけてきた。当たりどころが悪ければ怪我や気絶は免れない強さになってきている。
「それもそう……ねっ!」
アイはシオンの風を最低限の魔力を身体強化の防御に回し耐えている。そして本命の攻撃をするために手に込める魔力量を爆発的に増やしている。木人形を木端微塵に爆破したあの訓練の時の火球分くらいの魔力はもう溜まっている。
しかしそれを見てもシオンは特に動きを見せない。捌き切る自信があるのだろう。余裕の姿勢を取っている。
「フレア!」
アイはフェイクで右手で練り上げた魔力で火球を放つ。そしてシオンが避けたのを確認すると同時にその場所に重なるように左手でフレアを出した。
攻撃を避けて着地した瞬間に中規模の爆発だ。シオンといえども起き上がれない可能性は高い。ドゴンッと爆発音が響いた場所を見ているが様子がおかしい。爆発した後の煙が渦を巻いているのだ。
「随分と危ない魔術を使えるのですね、私が風土壁を作れなかったら危なかったでしょうね」
シオンは衝撃のタイミングで風の魔術を使い爆発の威力を抑え、そこに地面を利用し土魔術で土壁を作り出し、さらにそれでも自分の下へ来る熱を風で受け流したということだ。
恐ろしく緻密な魔力制御、実力の差は歴然だ。これはもう流石にアイに勝ち目はないかもしれないな……。しかしやりたいことがあると模擬戦前にアイは言っていた、仕方ない……今だけ手伝うか?
「もう底は見えました、そろそろ決着をつけるとしましょう」
そう宣言したシオンは今までずっと纏っていた風を操るのをやめ、右手をこちらにかざす。穏やかだった翠の瞳は勝負を決めるためか、少し細められている。
「心配せずとも大丈夫です、着弾地点は少しずらすので軽い火傷くらいで済みます」
一気にシオンの纏う魔力が密度を増す。「ヘルフレア」と彼は言った。アイの頭上にアイが使うフレアを一回り大きく、込められた魔力量が桁違いに多く威力の増している大きな火球が出現した。
「では、おやすみなさいませ」
シオンは突き出した右手の指を握り込む。アイがやったのと同じようにヘルフレアを爆発させ、その衝撃をもって俺たちを気絶させるつもりだ。
そこにいた誰もが決着だと思っていた。しかしアイだけは違っていた。
アイは俺に目配せをし、シオンに向かって決意のこもった一歩を踏み込んだ。