シオン・シルフィードとの邂逅
入学式は恙無く終了した。
Aクラスの新入生たちの自己紹介などは翌日に行われる予定となっている。なので今日は入学式後に諸々の書類を受け取って解散となった。
今日も魔術の訓練をしようかとアイと午後の予定を話し合いながら学院の門を出ようとしたところで男子生徒に話しかけられた。
「失礼します、アイ・エリクシアさんでお間違いないですよね?少々お話を聞いては頂けないでしょうか?」
どうやら男子生徒は俺の隣を歩いているアイに用があるようだ。知り合いかとアイを見るとアイは首を横に振っている。
「貴方は?」
アイは毅然とした態度で応じている。
「これは重ね重ね失礼を、申し遅れました。私はこの学院で生徒会に所属している二年のシオン・シルフィードと申します。話の内容ですが、入学試験を主席で突破したエリクシアさんには是非生徒会に入って頂きたいと考えていまして、恐れながらその勧誘に参りました」
シオン・シルフィードと名乗ったその男子生徒は貴族を思わせる優雅な立ち姿で、白の髪を清潔に短く切りそろえており、翠の瞳がこちらの胸の内を見透かしているかのような、そんな整然とした青年だった。
なるほどな、試験を首席で突破するような実力者は最初から自分のところで囲っておこうってことか。
「お断りします。私には私のやりたいことがあるので」
アイはそんな勧誘どこ吹く風だ。きっぱりと即答している。
「まあまあそう言わずに、少しでいいんでお話させて下さい。美味しいお茶菓子も生徒会室に用意していますよ」
まさか学院の門の前で強行策には出ないと思うが一応シオンを注意しながらも、俺はアイに小声で耳打ちする。
「なあ、気付いてるか?周りのこと」
アイも目線はシオンからそらさないようにしながら俺に返答する。
「実は何人もの生徒に囲まれてるってこと?人払いが済んでるのかいつの間にか誰もここを通ってないってこと?それともお昼前でユウのお腹が空いてきちゃったってこと?」
冗談を言えるくらい余裕があるのならそこまで現状の雰囲気に気圧されているわけではないのだろう。俺はアイに対応を任せることにした。
「ああ、Aクラス十位の成績で入学したユウ・アストレア君ですよね?貴方は帰って頂いて結構ですので。入学式お疲れさまでした、ゆっくり休んで明日に備えると良いですよ」
俺は一瞬呆けた。だが確かに言われてみればそれもそうだな。俺は呼び止められていなかったし、シオンというこの男から明確な悪意も感じない。アイを一人にしても大丈夫だろうし、本当に帰るか……?と俺が悩み始めるとアイは急に話を百八十度曲げた。
「わかった、話なんて回りくどいことはいい。シルフィード先輩、貴方は力づくでも私を生徒会に入れたい、そういうことでしょう?」
「まあ正直言ってしまうとそうですね。実力のある方には生徒会に是非入って頂きたいと、そういうことです」
「つまり生徒会に入っているシルフィード先輩は実力が伴っているということですよね?ならばここにいるユウと私を相手に模擬戦をしませんか?私たちが負けたら私は生徒会に入ります。反対に私たちが勝利したら金輪際この話は無しということでどうでしょうか?」
俺の意思など存在しないのか、勝手に巻き込まれてしまった。腹が減っているというのもあながち間違いではなかったんだが。まあ仕方ない、乗り掛かった舟か。
「いいですよ、私は二年ですしね。まあまあ対等な賭けが成立しているのではないでしょうか」
それでは話もまとまったところで場所を移しましょうかとシオンは言って学院にある訓練場に俺たちを連れて行った。
学院の訓練場にある結界はブラックルーム以上に強固らしく、どれだけ暴れても魔術を行使した衝撃の余波が学院に響くことはないらしい。そしてもう一つ違うところがブラックルームは個人情報秘匿の為に黒い結界で中が見えないが、訓練場は緊急時の安全面を考えているらしく普通のクリアで透明な結界だということだ。学院のパンフレットで読んだ。
「こういう果し合いというか、決闘というかは普通挑まれた方がルールや場所を決定するのですが、今回お願いしているのは私の方ですしお二人で決めて下さって構いません。お好きな戦闘場所、お好きなルールを決めて下さい」
そういうとシオンは結界のコントロールパネルをこちらに見せる。
アイはどうしようかと俺の目を見る。そして手を顎に当て悩んだ後、戦闘場所は俺と特訓に使っていたいつもの場所に決めたようだ。
「場所は平原、ルールは参ったと言うか戦闘不能と判断された時点で終了でどうでしょうか?」
非常にシンプルでいいルールですねとシオンは言う。俺もそう思う、わかりやすくて良い。これならアイの邪魔をせずに済みそうだ。
「戦闘場所、ルール共に了解しました。約束を反故にされても嫌なので立会人は信用できる生徒会長にお願いするとします」
そうシオンが言うといつのまに訓練場に来ていたのか、青い空のように透き通った長い髪をした女性が立っていた。
先ほど入学式の時に挨拶をしていたのを覚えているので間違いない、確かに彼女は生徒会長と呼ばれていた。俺は仕事柄人の気配には敏感なんだが、まったく気配に気付けなかったな……。
生徒会長は事態を理解しているのか、俺たちに軽く会釈をして微笑み、では始めて下さいと言わんばかりに結界から一歩下がった。
「では、エリクシアさんの生徒会入りを賭けて模擬戦を始めましょうか」
シオンの合図と共に結界が起動し、景色が雄大な自然のある平原に切り替わった。
大怪我だけはしないように注意しないとな、と俺は初めての国立魔術学院の学生との戦闘に気を入れていくのであった。