基本魔術の練習をする(後)
「自分の魔力をベースとして放出する方法の方が簡単だからまずはそれを練習しよっか、そっちの方が魔力が扱いやすくて簡単だと思うし」
「ああ、そうだな。そっちだったら多少形にはなるかもしれん」
じゃあまた例を見せるから見ててね、と言ってアイは右手を伸ばし先ほどと同じ構えを取る。
「炎よ、穿て」
アイの突き出した右手から拳くらいの大きさの火球がフレアで破壊されたのとは別の木人形に放たれた。拳銃の射撃よりは遅いかといった速さで火球は木人形にぶつかると、またもや木人形を爆破した。アイは木人形に恨みでもあるのかというくらいしっかりと爆発した。
「わざわざ言葉付きでやったんだから今度のはちゃんと真似してね?こっちなら多少難しくてもできると思うし」
やっぱりさっきのフレアとかいう魔術は俺を試しただけか、良い性格をしている。ではやってみる、と言って俺は右手を前に出す。そこでふと疑問が頭の中に湧いてきた。
「なあアイ、これって手を相手に向けたり握り拳みたいに構えないのには意味があるのか?」
「ないよ?さっきも言ったけど魔術はイメージだから、指向性とかの想像がつきやすいから手を照準にするために無意識的にやってるんじゃないかな?」
「じゃあこう構えてもいいってことだよな?」
俺は半身に構え右手を突き出したまま人差し指を前に、親指を立て他の指は握り込む。いわゆるごっこ遊びとかで手で作る銃だ。
「なんか物騒な構え方してるけどもちろんそれでもいいよ」
呆れられているような気がするがこれでいい。銃口から弾が出るイメージを強く持つ。言葉もイメージだと言っていたし完全に真似しなくてもいいだろう。
「ファイア」
そう言い俺は人差し指から練り上げた魔力で火球を木人形に向けて放った。放たれた火球はアイのよりだいぶ小さい。親指ほどのサイズしかないんじゃないだろうか?しかしアイのより抜群に弾速が速い。凄まじい速度で木人形に当たり、胸を貫通した。貫通した場所は黒く焼け焦げているが、爆発するほどの火力はなかった。
「ユウ、貴方やっちゃってる」
は?俺が何をやらかしてるんだ。ちゃんと火球は木人形に当たったし、アイのような火力も出ていなかったじゃないか。
「そんなのは基本魔術じゃない、そんな人殺しにのみ使うみたいな魔術を使うと勘繰られる」
なに、そうなのか?俺には他の学生のレベルはわからないがアイが言うならきっとそうなんだろうし、せっかく出来た火の魔術だがこれを使うのはやめておくか……。そういえば火の魔術は一般的には料理だったり環境整備につかうことが多いんだったか?確かにそれならこの魔術は危険すぎるか……。
「もっと普通の火を出そう?ほらちゃんと真似して」
「すまん……。じゃあもう一回やるから見ててくれ」
アイはしっしと手を振っている。早くやれということだろう。
「炎よ、穿て」
今度は完全に見様見真似で試す。突き出して開いた右手からは拳ほどの大きさの火球が出ている。しかしアイのに比べるとだいぶ弱々しい、それに明滅を繰り返している。さらに放たれたはいいが木人形に当たる前に消え失せてしまった。
「すまないアイ、なんかこれ難しいな」
そう俺が頭を下げるとアイは優しく言った。
「いえいえ、ユウが今やったくらいになるのに普通は何か月かかかるから。早い方だよ」
恐らく今までに色んな魔術を見てきてイメージが完成しているからなんだろうね。と説明してくれる。
「多分イメージはできてるけど魔力制御が甘いのかな。そういえば魔力制御なんて基礎中の基礎すぎて言わなかったけど、それも欠けてて当然だよね」
丁度いい練習になるし火の魔術で魔力制御の練習をしようかとアイは言う。
「まず手のひらの上に小さくていいので火を出す、そして魔力を増やし火を大きく、次に魔力を減らし火を小さく、これをある程度自由に制御できるようになるまでやろう」
「了解」
言われた通りに練習して初日の時間は過ぎていった。基本魔術こそ俺は使えないが、治癒魔術であれば使う機会が多く慣れていたため魔力制御はコツを掴むまでそうかからなかった。
それにというか魔術破壊を師匠に叩き込まれた際に副産物で魔力の流れみたいなものは見れるようになっていたため、魔力を使う感覚が出来上がっていたのも大きいのだろう。魔術破壊は魔力の流れをぶった切って使えなくする魔術だからな。直接魔力を打ち込む分難易度は物凄く高いんだ。
その後は二週間かけて火、水、土、風、雷系統の基本魔術五種を習っていった。アイに一般的にはこのくらいの威力だというものを五種全てで習いながら練習した。その頑張りもあって基本五種のうちどの魔術を使っても入学試験でかろうじて平均点くらいは取れるであろうレベルまで基本魔術を使うことができるようになった。
五種全てにおいてアイに「それは普通じゃない」と言われる魔術もできてしまったが……。まあそれはおいおい使うときもあるだろうということで一般使用はしないとアイと約束した。
仕方のないことだが時間が足りなかったため優秀と言われるレベルまで基本魔術を鍛えることは出来なかった。だがまあそれは仕方ない、幸いにも学生としての時間はあるからな。日々精進ということだ。
余談ではあるが、この二週間でアイとはとても仲良くなれた、俺にも友人ができるとはありがたいものだ。仕事のことを完全に隠さなくても良いというのが気楽な関係で過ごしやすかったのだろう。アイも過去に色々あったようで俺を色眼鏡で見ることはなく、むしろ近い距離で接してくれている。
「ユウはコーヒーが好きなんだね、いつもカフェに来ると飲んでるし」
「アイも紅茶が好きなんだな、最初にお願いしたときはアールグレイだっただろう?今はミルクティーを飲んでいるが、今までもダージリンだったりセイロンだったり。紅茶ばかりじゃないか?」
「ここのカフェは嗜好品に力を入れているからね、美味しいの。ユウも気に入ったからブレンドをよく飲んでいるんでしょ?」
「まあな」
こんな何気ない幸せな日常を味わえるだけでも、師匠に頼んで学院に行かせてもらう決心をした甲斐があったってものだな。